「かすみんたち、もう来てるかなぁ?」
二次試験当日の朝、タクシーの中から大学が見えると、真奈美がつぶやいた。横に座る涼音は出発前、緊張のせいか青い顔をしていたが、真奈美が助手席から手を握ってやると、だいぶ落ち着いたようだ。後部座席の玲と雅也はそれぞれ自分の端末で好きなサウンドを聞いている。そんな四人を乗せたタクシーは、そのまま大学に到着した。
「おはよう! 昨日はよく眠れた?」
タクシーを降りるとすぐに、霞に声をかけられた。
「全然寝られなかったよー」
目をこすりながら真奈美が答える。
「おいおい、頼むぜ? みんなそろって合格しないとな」
良助が心配して言った。
「わかってる。そっちこそ足ひっぱらないでよね!」
「じゃあ、行くぞ!」
玲が言うと、六人は構内に入っていった。
◆◇◆
教室で静かに待つ受験生たち。自分たち以外は全員高校生に見えた。
人数を数えると、全員で15人。定刻の3分前に試験官が入ってきた。
『これより本日の二次試験の説明を行います。まず、本日の流れですが、この場で三人ずつのチームを作ってもらいます。チームが決まりましたら、メンバーを登録し、それぞれのチームごとに分かれて座ってください』
この流れは玲たちにとって想定内だった。1次試験合格者が15名ということは、欠員が出なければ1チーム三人編成か五人編成が自然。そのため、五人編成の場合は玲一人が別のチームに入り、三人編成であれば「玲、霞、涼音」「雅也、良助、真奈美」で分かれることに決めていた。
ほかの受験者たちも想定していたのか、スムーズに組み分けが決まる。全員のチーム登録が終わると、試験官が受験生に元の席に着席するよう指示した。
『ではこれより二次試験を始めます。まずは小論文。制限時間は20分です』
その言葉と同時に、各自の机に問題が浮かび上がった。
問:次の質問について自分の意見を述べなさい。
『世界を変えることはできますか?』
(タイムマシンじゃない!)
六人に緊張が走る。しかしすぐに気持ちを切り替えると、数分経過したところで各々入力ペンを使い始めた。
――ピピッ♪ ピピッ♪
『次にディスカッションの準備に入ります。準備時間は10分。その後、チームごとに発表してもらいますので、発表者も決めておいてください』
15名の受験生たちがよどみなく動き、5つのチームに分かれた。
「左回りに答案を交換していくぞ。読み終えたら次に回せ」
玲の指示で霞と涼音が答案を回し読みする。同じように雅也も真奈美と良助の答案を交換し、各自読み込んでいく。この流れもある程度想定済みだった。
――ピピッ♪ ピピッ♪
「それでは各チームの発表に入ります。発表者はチームメンバー全員の答案を参考にし、要約して説明してください」
各チーム1名、計5名の発表者が公表される。玲のチームは霞が、雅也のチームは真奈美が立ち上がり、ヘッドセットをかけてマイクに発表内容を録音した。
5チームの録音が終わったところで、試験官が告げる。
「それでは、ディスカッションに移ります。各チームの要約内容をお聞きください」
◆◇◆
チームA「世界を変えることはできない。現在のアシュレイを中心とした組織体型の根幹は今後も変更の余地はなく、人間個々の意志が抗えるものではない。確かに人類の研究の成果は人工知能の判断に影響を与えるが、あくまで過去からの想定内の正常進化と呼べるものであり、『世界を変える』と呼ぶには至らないものと考える。すべては人工知能システムの想定の
チームB「世界を変えることはできる。現在の人口推移が続けばわれわれ人類は滅亡を迎えることが予測されるが、これは人間の生殖行為の減少が原因であることは明白である。また、人間一人が利用可能な物質資源量は30年前と比べて100倍以上に達しているが、これは個人の幸福を満たすレベルを大幅に超過している。そのため、資源の配分バランスを見直すことで、個人の幸福の追求と子孫の繁栄を矛盾なく両立する世界に変化させることが可能である」
チームC「世界を変えることはできる。ここ数年における現実世界の学術研究と仮想世界のクリエイティビティの相関性の発見により、すでに二重社会の目覚ましい進化を見て取ることができるが、これは人類のライフスタイルの変化のみならず現実世界の充実をさらに発展させる余地が見込める分野であり、十分な可能性を内包するものである」
チームD「世界を変えることはできる。現在、人口の大幅な減少が世界的な課題であるが、教育レベルはここ数年で飛躍的に向上し、優秀な若い研究者が排出されることが想定される。また、20世紀末から21世紀初頭において人工過密による人類生存の危機が問題となった時代があったが、現代における課題は真逆であり、これは人類が自らの意志で世界を変えてきた証明と言える」
チームE「世界を変えることはできない。人類は過去30年、大幅な人口減少を食い止めることができず、優秀な研究者の排出にも歯止めがかかっており、今後の研究成果の頭打ちを迎えることが想定されている。現時点で確立されている物理学を超える発見は望めず、タイムマシン開発の見込みもたたない。よって世界を変えることはできない」
◆◇◆
玲のチームはD、雅也のチームはBだった。玲の作戦で、仮に意見が分かれそうな議題が出された場合は、ポジティブな結論を書くよう決めていたため、六人全員が方向性を揃えることができていた。霞と真奈美が発表者になったのは、一次試験の点数を考慮される可能性を踏まえ、二人のアピールポイントを増やすため。
問題はここからだった。チームAとチームB、チームDとチームEの論点が真っ向から対立しており、経験値の少ない若年者にきつい流れになっていた。