「天才って、いるのね」
すがるような目で真奈美が霞を見た。
「わたし、まなみんと仲良くなれそう……」
「そうね、かすみん……」
手を取り合う二人がジト目を玲に向ける。
「な、なんだよ! なんで俺? 何か悪いことしたか!」
玲が立場なさそうに言った。
「ところで博士、今回の合格者って何人くらいなんですか?」
難を逃れた雅也が博士に話を振る。
「一次試験で62人中15人だそうです」
「え、こんな試験で40人以上も落ちたの?」
「まてこら! お前が言うな!」
一瞬にやけた真奈美に玲がつっこむ。
「うるさいうるさいうるさい‼ あんたたちには絶対にわかんないわよ、ぎりぎりガールズの気持ちなんて!」
「あれ? 例年だと倍率は2倍程度だったんですよね? ということは、今回の一次試験合格者は二次試験もほとんど通過できるってことですか?」
真奈美たちを無視し、雅也がたずねた。
「あながちそうとも限らないんです。一次試験は足切りの意味が強くて、二次試験で研究員としての力量とコミュニケーションの資質を見る、という感じでしょうか。むしろ年少者が苦労するのが二次試験です。今年は受験者のレベルが低かったのかもしれませんし」
「そうなんですか。ですが、今日の結果を見る限り、わたしとまなみん以外は合格確実な気がしますが」
「しっかりして! かすみんの並外れた洞察力をもってすれば、二次試験なんて楽勝よ!」
そう言って真奈美が霞の肩に手を置いた時、
「……私が一番……危ない……面接とか……苦手……だし」
涼音がつぶやいた。ごもっともな意見に全体の空気がさらに暗くなる。
「涼音ちゃんは5年生かな?」
博士が涼音に優しく語りかけた。
「……はい」
「どうして研究員になりたいのかな?」
「……タイムマシン……タイムマシンを……作らなきゃ……いけないから」
「それは、なぜかな?」
「……なんとなく」
「ふむ」
しばらく考えた後、博士は雅也の方を向いた。
「雅也くんは、玲くんと涼音ちゃん、似ていると思いますか?」
「いえ」
「どういったところが違うと思う?」
「そうですね、涼音ちゃんとはさっき会ったばっかりで、ほとんど話してないんで、よくわからないのですが、ひらめく力が飛び抜けている気がします。ビジョンが見えている、というか。逆に玲はその仮説を立証するのが得意、というか」
「涼音ちゃんはどうですか? 雅也くんの言うこと、あってるかな?」
「……そうかも……しれません」
「ではきっとそうなのでしょう。もちろん玲くんの発想も優れているし、涼音ちゃんだって直感だけで結論を出しているわけではないと思います。でないと一次試験でこんな点数取れませんからね。いずれにせよ、玲くんと涼音ちゃんは良いパートナーになれそうですね」
そう言われてじっと玲を見つめる涼音。しかし玲は明らかに涼音の視線から目をそらしていた。
それに気づいた真奈美は微妙な表情。
「(おじいちゃん! そんなこと言わないでよ! このロックオン視線が怖いのに……って、あれ? この子お茶飲んでないわ)涼音ちゃん、ジュースのほうがいい?」
「……うん」
きょとんとした涼音が、はにかみながらうなずいた。
「(かわいい!)じゃ、じゃあ持ってくるね」
真奈美がお盆を手に立ち上がる。
その変わり身の早さに嫌な予感がした玲が、あわてて言った。
「涼音ちゃん」
「……は……はい」
「まなみんのジュース、いちご味とかだったら、気をつけろ。毒とか入っていたら、飲むなよ」
「そんなもん入れるか! あほー!」
◆◇◆
すぐに真奈美がオレンジジュースを持って応接間に入ってきた。
「はい、どうぞー」
「……ありがとう」
涼音がにこにこしながらジュースを飲むと、ようやく場の雰囲気が和む。
「ところでおじいちゃん、さっきの話なんだけどさ、二次試験、タイムマシンを前提で対策することになったんだけど、どう思う?」
「そうだねえ。良助くんはどうかな?」
「え? オレっすか? たぶんみんな考えたことあると思うけど、仮に将来タイムマシンができるとして、過去にも未来にも行けるようになるんだとしたら、オレらの目の前に未来人が現れても不思議じゃないかなって思うんすよ。って、そんな話じゃない?」
「その通りだよ。もちろん未来人がどういった格好かなんてわからないから、すでに我々は未来人に会ったことがあるのかもしれないけどね。ただ、もう少し科学の視点が必要かな。例えば現時点の科学でタイムマシンを作ることはできるかな?」
「できない。現代の物理学のベースでは不可能だ」
玲が答えた。
「そうだね。じゃあ、なぜタイムマシンが必要か、わかるかな?」
「いや、まったくわかんねーっす。なんでですか?」
「あんたねー、少しは自分で考えなさいよ」
即答した良助を真奈美がなじる。
「でもよ、タイムマシンが開発できたら本当に人類は滅亡しねーのか? 科学技術の進化がそのまま『人類の幸福』につながるわけじゃねーだろ?」
「ああ。だからなぜ人工知能が急ぎでそんなものを開発しようとしているのかも謎なんだ。使用目的も明らかにされていない」
腕を組んだ玲が答える。そのとき横から雅也が口を出した。
「だけどさ、アシュレイの判断で大学がこの研究に力を入れているってことはやっぱり何か、明確な理由があるんだと思うんだよね。以前僕が作ったロボットの経験で言うと、人工知能って合理性のかたまりっていうか、玲とか比較にならないくらいドライな感じだよ?」
「お前な、俺になんか恨みでもあるのか?」
「いや、なんとなくお前とは距離を置いた方が空気読めてるんじゃないかなと思って」
「ううん、あたしらにとってはあんたも確実に敵だから」
「間違いないわね」
寄り添う女性二人が雅也にもジト目を向けた。
「雅也お前、心理学専攻って本当か?」
「………ごめん。僕が悪かった。未来の話をしようよ」
良助に答えながら助けを求めるように博士の顔色をうかがう。
博士は苦笑いしながら言った。
「ただね、未来だけでなく、過去からの手がかりを探すことも重要なんです。過去を失われたままにしてはならない。でなければ、過ちを繰り返すことになってしまう。だから若い研究者に期待が集まっているんです。君たちのような才能を持った――」
「ちょ、ちょっと待ってください博士、僕、いまいちピンとこないんですよ。これまで自分が何かを成し遂げたり何かを発明したりしたわけじゃない。むしろ、昔の人ってすごかったんだな、って思います。だから自分に才能があるとか言われても正直意味がわかんなくて」
「それはそうだろうね。ちょっと待ってね」
そう答えると、博士は一枚の紙を取り出し、涼音に手渡した。
「涼音ちゃん、ここにタイムマシンを描けるかな?」
涼音は紙を受け取ると、持っていたペンで素早く線を引き始める。
ものの3分ほどで、紙の上に曲線的なデザインの機械的な物体、そしてその内部図面が描かれた。
「おいおい、すげえな……」
唖然とする良助。良助だけではなく、みんなの目が涼音に釘付けになる。
「涼音ちゃん、これ、時空を超えられるかな?」
「……足りない……全然」
博士の質問に涼音は首を横に振った。
「君の言う『何かを作る』とか『才能』とかいうのは、こういうことかな? 雅也くん」
「…………」
雅也は声が出なかった。例えば今日も乗った自動タクシーの図面を引け、と言われれば、ロボット工学の知識でそれなりに引けるとは思う。ただ、少なくとも数日はかかるだろうし、実際にそれに乗った経験があるからできるわけだ。
涼音は違った。発想やアプローチ、それ以前の根本的なところからまったく違った。涼音はまだ見たことのないマシンをイメージし、それをあっという間に具体的にデザインにまで落とし込んだのだ。しかも、それが不完全なことをわかっていながら、だ。