「……南区小学校5年……大岡
ツインテールの女の子は良助と霞の間にちょこんと座ってそれだけ言うと、目線を落とし、ストローでジュースを吸った。5年生ということは霞や良助とは2歳差なのだが、無表情ながらもあまりに幼い顔立ちで、大人びた二人の間にいると、若い両親と娘、という感じに見えなくもない。
「なーんだ、やっぱまだ子供じゃない」
正面に座る真奈美がまじまじと見ながら言った。
「こらこら」
「お前もだろーが!」
横の雅也と玲から再びつっこみが入る。
「あなたたち本当に仲がいいのね。あらためまして、わたし高橋霞といいます。地理地学専攻の西山中学1年生よ。よろしくね」
涼音の緊張を気にかけるように霞が自己紹介を続けた。
「オレは篠原良助。わけあって西山小6年で化学専攻だ」
「あ、あたしは木村真奈美。女学院初等部6年、生物専攻です。よろしくお願いします」
「大杉玲。南区小学校6年。物理専攻。よろしく」
そのとき、涼音の目が上向き、玲を見た。同じ学校、同じ専攻ということに反応したのだろうか?
「僕は田中雅也。玲と同じ南区小学校6年。物理学専攻です。よろしくお願いします」
すると涼音の目が雅也に向けられた。間に座っていた真奈美は自分を無視されたように感じたのか、不機嫌そうだ。
それに気づかないかのように霞が続ける。
「これからみんなと二次試験までやっていくつもりだけど、最初に言っておくわ。涼音ちゃん、二次試験を受けるつもり、なかったんだって」
「えっ?」
「じゃあ、なんで今日の試験受けたんだ?」
雅也と玲が驚いた。
「もともと試験の目的はわかってはいたんだけど、共同研究となると、やっていく自信がなかったらしいの。それに、一次試験に合格しても二次試験でチームを組めないし、辞退するつもりだったんだって」
みんなの目が、黙ってジュースをすする涼音に向く。
「それでね、二次試験が集団実技面接、ということはみんな知っていると思うの。その対策なんだけど――」
「……タイムマシン」
突然、涼音が顔を上げて言った。
「「「えっ?」」」
みんなの視線が集まる。
「……だと……思う」
そう答えながら、涼音はまたうつむいた。
「なんでそう思うのかな?」
真奈美が感情を押し殺し気味に聞く。
「……なんとなく」
うつむいたまま涼音は答えた。
微妙な空気が漂う。
「えーっと、玲はどう思う?」
雰囲気に耐えられなくなった雅也が助けを求めた。
「俺もタイムマシンの線は外せないと思う」
「なんでだ?」
向かいに座る良助に、玲は腕を組んで答えた。
「まず集団実技面接というものを想像するに、課題の条件として、どの自然科学的な思考からでもアプローチできる必要がある、ということ。次に、研究職試験という観点からみて、社会問題にまったく関係のない内容を出す理由がない、ということ。最後に、タイムマシンにアプローチできていれば、仮にほかの問題が出たとしても潰しがきくはずだからだ」
涼音は上目づかいで玲をじーっと見つめながら聞いていた。
そのまま再び空気が固まりそうになったとき、
「やっぱりあなたたちに声をかけて、正解だったわ」
そう言って霞が微笑んだ。
「じゃ、じゃあさ、これからこの六人で勉強会しない? あたしたち三人、これまでも、うちで勉強会してたの。おじいちゃんもいるし」
触発された真奈美が言い返す。
「おじいちゃん?」
「そ。うちのおじいちゃん。昔、仮想世界を作ったのよ」
腕を組み、目の前の霞に向かって鼻息荒く答える真奈美。
「ひょっとして木村敦博士か?」
「あれ、あんた詳しいわね。そうよ」
「ええええっ?」
そう言って良助がのけぞる。
「博士ってそんなに有名人なの?」
雅也が意外そうに聞いた。
「お前知らないのか? 現代史で習っただろ?」
「それは中学で習うのよ。あなたに教えたのはわたしでしょ?」
「あ、そうだっけ?」
霞に言われ、良助が周りから白い目で見られる。
「じゃ、みんな異論ないわね? 決まりってことで」
真奈美が前に座る三人に向かって決を採る。
「問題ないわ」
「オレもだ」
涼音もこくっとうなずいた。
◆◇◆
大学の自動タクシー乗り場にはちょうど二台のタクシーが停まっていた。
前のタクシーの後部座席に良助と霞が乗りこむ。
助手席には涼音が座り、その横で真奈美が自宅の住所を目的地に設定していた。
「よしっ、と。じゃ、後でね~」
そう言って外に出てドアを閉めると、三人を乗せたタクシーは走り始めた。
真奈美は二台目のタクシーの助手席に乗り込むと、同じように目的地を読み込ませる。
後部座席では玲と雅也が座って待っていた。
「なんだかんだで僕ら、まなみんに振り回されっぱなしだよね」
「はいはい、つべこべ言わない。あんたたちもそのうち気づくわよ。女の子に構ってもらえるうちが花ってことに」
設定しながら雅也の
「でもこれから女の子っていうか、女性が三人だぞ?」
その玲の言葉に真奈美はビクッとした。
「霞さんは雰囲気あるよな。大人びてるっていうか『女の
「住所入力オッケーイ! しゅっぱーつ!」
雅也の話をそらすかのように真奈美が言うと、タクシーが動き出した。
「なんだ? そのテンション」
「いやあ、テスト終わって気が抜けたっていうかー、開放感に浸ってんのよ」
茶化す玲にそう答えながら、真奈美は内心、気が気ではなかった。
(まずい、どう考えても霞さんは強敵だわ! まさしく年頃の男の子の好みど真ん中っていうか、美人かつ聡明、清楚、非の打ちどころがないもの。あの容姿にあの上品な色気にあのウイスパーボイス、そしてあの筋肉ゴリラとのギャップは完璧すぎるわよ。それにあの涼音ちゃん、お子ちゃまだとばかり思っていたら、目力かなりあるし、かわいいし、あの子が玲と雅也を狙っているとしたら――)
「デックってさー、優しくて気さくな感じだけど、何やらかしたんだろうね?」
「え? あんな筋肉ゴリラ、あたし興味ないわよ」
雅也の何気ない言葉にも無意識に反応して答える真奈美。
(あの涼音ちゃんの目は絶対にターゲットロックオンの目よ。っていうか、全然想定外の展開じゃない! 霞さんのペースに乗せられるのが怖くてついついおじいちゃんをだしにうちで勉強会設定しちゃったけど、どうしよ、自信なくなってきちゃった……やばいよやばいよ……)
「おい、お前なんか顔色悪いぞ?」
気遣って玲が聞いた。
「えっ? いや、なんでもないわ。なんでもないの。想定内よ」
「?」
(よくよく考えたら、チームなんか断ってもよかったのよ、今までの状態で両手に花でそのまま行けばよかったのに、あたしってバカバカ……)
「今日はやめといたほうが良かったんじゃないか?」
真奈美の顔の引きつり具合を見て、もう一度玲がたずねた。
「いやいやいや、ダメダメダメダメ、今日じゃないと、せっかく、せっかくなんだし……み、みんな一緒じゃないと……」
「?」
(今が最後のチャンス。三人でいられる最後のチャンスなの……でないとバラ色のキャンパスライフが……今のうちになんとかしなくちゃ……ってどうするの? むりよ、むりむり)
「……お前……なんか無理してないか?」
どんどん青ざめていく真奈美の顔に玲はだんだん怖くなってきた。
「むむむむりむりむりむりむりじゃない、むむむむむりむりじゃないわっ!」
「ま、まなみん、都合悪ければ、僕たち帰る……けど?」
異常に気づいて言った雅也に振り向くと、半泣きで叫んだ。
「おねがーい! 二人とも、どこにも行かないでーっ!」
「「ヒイッ!」」