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第15話

 太陽がゆがんでいるように感じる。

 巨大な炎を宇宙に向けて舞いあがらせて、黒点は不規則に踊っているのがわかる。

 見えないからこそ、伝わってくる動き。裸眼らがんには過酷すぎる陽射しだが、まだランチタイムには早すぎて及ばない。ちらり隣を見ればアキラが穏やかにペタリペタペタ足音を薄めながら歩いている。砂浜までの舗装路面は、どういうわけか乾いていた。時刻は潮さえ変えるのだろう、ここに着いたばかりのときは、あんなに濡れていたのに。全体的に白い印象の砂浜だが、波打ち際の砂鉄らしき黒さが際立っている。磁石を埋め込めれば、大漁まちがいなしだろう。白い泡のふちどりが曲線を描いて、押す、引く、波にも表情があるんだな。

 「ふ」とアキラが声をらし、それはそれは長い髪をかきあげた、ところでその髪は天然なのか調理されたのか、おれが知っている黒髪ストレートとはずいぶんちがう。むしろ別人だと言われてもおかしくないし、いまからでも遅くない。だが、この角度で胸を眺めれば彼女に間違いないことがわかる。どんな筋肉が支えているのだろう、おれは自分の不勉強が少しくやしい。こんなにも間近で、なにもまとわない姿を見たことがないだなんて、むしろ現実こそ不自然だったのかもしれない。幼なじみと入浴したときだって、それは服も水着も身につけていなかったけれども、タオルや石けんの泡が隠すところをおおい隠していたものだ。ふたつのふさが揺れる、その軽そうながらも重力を感じさせる動きが、まぎれもなく生きている証拠だろう。おれは思う、ここはまぎれもなく生きている世界だと。夢なのか幻なのかと自問したいところだが、そんなことはどうでもいい。いつ消えるとも知れない目の前の現実を、いまあるすべてと解釈してしまおう。舗装路面にも起伏があって、ところどころ突起状。足裏が刺激されて痛い、刺さるわけではないけれども、うっかり足を引きずろうものなら切り傷となってしまいそうだ。海岸での切り傷はけたいところだ。ゆえに、ゆっくり、着実に一歩一歩で進んでいく。彼女ペタリペタリという歩き方は、実ににかなっている動作だった。ゆっくり歩いているから、ふわっとした空気が舞いあがってくることがある。夏草の匂いがする。思わず見渡せば、磯だらけの場所に生い茂っている気配が実にこれまた濃厚のうこうだった。

 あまり見たことのない葉っぱだな、

 「あれ、なんていうの?」

 おれは質問した。


 「あれ?」アキラがこっちを見ずに答える「どれ」水平線のほうを眺めてから、ぐるり、磯チラリ視線を投げたようにも感じられたが、その目はおれの体を射程にいれたようだ、「たぶんあれね、あれは、あれ、イソギクよ」と言いながらおれの茎と球根をじっと見ているように見える。

 歩いていると、ぶらんとしそうになるが、このスピードならば問題ない。風は強くないけれど肌に感じる。するとピタっ、彼女の素肌がおれの素肌に当たった。

 服を着ているときは、こんなこと気づかなかった。一緒に歩いていると、予想外な当たり方をすることがたしかにある。その偶然を避けるためにも、おれは女子と歩くときは、よく手をつなぐようにしていた。その姿を見て、あることないこと、ないことばかりを話すひとも少なくない。だが他人の余計なお節介など気にしない。なにしろ、本当に厄介なのは、ちゃんと仲良くしたいと思っている隣のひとから誤解されたり、おれの動きが原因で不愉快な思いをさせてしまうことだ。ちなみに、おれは自然な振る舞いをしていると、かなり腕の動きが大きいようで、手をつないでいないと、うっかり相手の胸元あたりに当たってしまうことがある。ぷにで済むなら痛くないだろうが、あきらかに『いてぇょこの、なにすんだょ』って顔をされたことがあるので、やはり気をつけるに越したことないだろう。女子の乳房はとても魅力的で、眺めていても触れていてもそれはそれは優しい気持ちになれるのだけれど、ちゃんと懇切こんせつ丁寧ていねいに接しようと心掛けていなければきわめて危険だ。制服のブラウスも、ハイビスカスのブラジャーも、ふわりやさしく肌を包んでいるからこそ、おれみたいに大きな動作で予告なく当たってしまうと眠りを覚ますようなもの、どんなにゴキゲンで陽気にふるまっているときでさえ、憤怒ふんぬ鈍器どんき降臨こうりんさせる。よくよく見ればこぶしだとして、その骨格がもたらす痛みは容赦ようしゃない。容赦ようしゃないよ、容赦ようしゃないんだ、ほんとうに…だからさっきアキラがおれの足をりまくったときの、その痛みのなさと薄すぎるちから加減かげんが苦しかった。どうしてそんなに、覇気はきを失ってしまったのだろう。

 どんなときでも、今が一番。それは、わかる。いつも、そう思ってる。けど、いまは悲しくなってしまっている。どこからどう見ても、おれには、あの頃あの時あの場所の彼女のほうが、ちゃんと生きているように感じられてしまう。急いで脳内で訂正した。なんてことを考えてるんだおまえは、失礼だぞと。

 「そんなことないよ、いいよ別に、ほんとうのことだから」

 アキラが突然そんなことを声にして、しかもジッとおれを見あげてきた。

 「なにが」おれはく。

 「いま、あきら、とても失礼なことを考えていた」

 それは本気なのか冗談なのか、おれには区別がつかない。だから、

 「ごめんなさい」と謝った。

 「うん、よし、ゆるす」とアキラが言う、さらに続けて「せめてものおびを要求するぞ?」と。

 ザザザーザザ、ザッザザザ波打ち際の音だけが耳元に迫る。


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