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第14話 同じような質問、繰り返される答

 いったい何度、同じような質問をしただろう。

 繰り返される答が、まったく同じでもかまわない。

 こちらが理解できるまで、繰り返し語ってもらえばいい。

 面倒くさがられるけれども、向こうだってルールを守って付き合ってくれる。それが模擬裁判というものだし、ゆえに学級裁判にのぞむとき心掛けていたのが忍耐にんたいだ。

 難解な問いかけに対して、あらがうだけではない。

 こちらも一方的なくらいに、同じ答を連射する。相手がきても、おかまいなし。

 足を引っ張ろうとする必要なんて、まったくなかった。その点だけは、おれが知り得た法律の専門家たちと意見が異なる。あわよくば、なんて無用。ひたすら事実と真実を、丁寧ていねいに、根気こんきよく、連射だ。もちろん、向こうも強くあろうとする。だから長引く。長引けば長引くほど疲弊ひへいはするが、お互いへの理解が深まっていく。それが友情を育てている季節ならば、理解の深まりが花を咲かせて実りを与えてくれるだろう。けれども模擬裁判においては、お互いが理解を深めることにより、決定的な亀裂きれつを生じさせたり、断絶を招くことがある。だがそれでいい。なあなあでは済まされない世界なのだから。

 きっちり理解しあって、正しく堂々と清らかに、関係をとうではないか。


 「わかったよ」

 おれがそうくちにすると、

 うん、と彼女が、うなづいた。


 「わかった」


 うん。無言で、うなづかれる。


 「そういうことだったんだ…な」


 うんうん。


 「そういうことだったんだね?」


 うん、うんうんう、うん!



 おれたちの会話は、かみあっているのだろうか。

 感覚的につうじ合うのは、とても快感であり、はげしく喜ばしい。ただし、どちらか一方的になりがちなのも現実だ。 空想と空想が牽制けんせいしあいながらも、互いの存在を心地良く受けいれて、どうにかしようとしているのだろうか。あるいは。


 「ね?」アキラが言う「ちょっと歩こう」いつのまにか、おれの隣にいた。


 「ああ」

 原告と被告。どっちが、どっち。そういうんじゃなくて、原告でありつつ被告。

 いたい、きたい、納得したい。

 きたい、知りたい、理解したい。

 その先どうなるにしても、あいまいにしておきたくない。

 だからもう、このいま、目指す場所が決まったのかもしれない。

 あのとき、おれたちが共に戦ったように。親友ではなく戦友として、誰かからの贈り物ではなく、自分たちの手で創りあげた、なにか。

 あのときは創れたけれど、いまはどうだろう。余計なことを考えてしまったようだ、少し不安になる。

 けれども感性が指定されていなかったおかげで、心の隙間すきまが気持ちの余裕に昇華しょうかした。せっかくの知恵と経験が収納に困ってしまう事態かもしれないが、希望が持てる。未完成だからではなく、完成しているがゆえの未着地状態。完璧かんぺきは、ひとかけらのきずを欲しがるものだ。

 むしろあの勝訴こそを、スタート地点と認識しておけばよかった。


 時間を巻き戻せないのだから、いまからどうにかすればいい。それだけのこと。

 ただし、自分だけではなく相手からの合意も必要になる。

 自分が自分を制御できないなんてこと、よくあるさ。自分にてないからこその消化不良だ。だからこそ、自分で自分をなんとかするのは大切だし、それさえできればその後はスムーズになると思う。あくまでも推測だけど。

 自分の制御に向けて努力は役立つし、そんなすべての努力はむくわれる。

 けれども、相手がいる場合には、ありとあらゆ努力が無駄になることも珍しくない。だがそれでいいと思うんだ。努力が無駄になるのは、お互いが相手を他者のままにしておきたいと認識できたからなんだよ。これ以上に距離を詰めたくない、あるいは、かなり近寄りすぎてしまったから少し離れましょう。だからこその水泡すいほうさ。望遠鏡は船の乗客の顔を確認させてくれるが、航路全体の安全確認のためには、しっかり正しく離れて観測する必要がある。宇宙の規模の名のもとで孤独にさいなまれる必要なんてない、宇宙からの視点を意識したうえで、自分が出会いたいと感じる方向へ進めばいい。もの、ひと、こと、あらゆる出会いのなかから、ほんとうに大切にできる言葉を得られるように願いながら。


 「せっかく足、かわかせたのに」と、おれがぼやくと、彼女うしろに手と手を合わせてから、

 「かわかす楽しみができたね」と…ぉゃ?


 おれには笑っているように見えた。

 表情が固まっているのは、筋肉の影響。

 声が単一的だとすれば声帯の状況。

 目は乾いていない。潤っていないわけではなく、必要以上に血を流さないようにしているだけのことだろう。工場にだって休みが必要だ。濾過ろかしている場合じゃないくらい、弱っているのだとしたら。


 いま回復すべきは、どこなのか。

 それがわかれば、そこに集中すればいい。

 彼女の提案だ、歩こう。歩けば、ヒントがわかる気がしてきた。


 「あ、待って」おれは呼びかける。

 足元に注意しながら、ふたたび湖水地帯を進む。湿地に足のはこびを奪われないようにしながら。

 急いでいるようには見えない彼女だが、気づくと動きが早くて行動的。おれは彼女の手を取る。ほぼ無反応で無抵抗に手と手がつながり、しかしわずかながら、反応がかえってくるのがわかった。


 なあんだ、ちゃんと体温たいおんあるじゃん。

 はからずも、よみがえる記憶。あのとき、どこかのタイミングで手をつないだことがあったようだ。そのときは、とても冷たかったんだ。

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