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第5話

 『夏が好き』と意識するようになったのは、高校生になってからだと思う。

 少なくとも、小学生の頃は好き嫌いの対象ではなかった。

 夏は夏休み、夏休みと言えば夏期講習。そういイメージが強かったから、どちらかというと敗北感に近い。いや、夏期講習が灰色の日々だとしても、五分五分にさせる別の思い出がある。おさななじみたちとの記憶だ。おさななじみたちと過ごした時間は、決して長いとは言えないけれども、いつまでたってもキラキラしている気がする。そんな、きらめきをうわべだけ横取りして、ひょっこり現在の自分に横滑りさせてしまう。だから、ほら、いつもいつでもきらきらさ。


 われながら、むなしい。

 だが悪くない。

 むなしいのに、むなしさを味わうことができなかった日々だってあるのだから。

 それと比較すれば、今は最高だよ。今、うん、今?


 あれ……おれ、逃げ出して来てるんだよな?

 笑いたくなるけれども、ぜんぜん笑えない。


 ああ、そうだよ、そうだよ、そうなんだよ。おれは逃げ出してきたんだ。

 敵から逃げたわけではないし、嫌悪からの逃亡とも異なる。

 言葉で構築するならば、いつもとちがう方向へ歩き続けた。てくてくと、歩き続けて、静かに逃げている。穏やかに怯えている。どうせバレルよ。わかってる、わかってるさ。


 けど。


 今どうしても逃げ出さなければならなかったんだ!

 と、おれは無口に語気を強めて、脳内でだけ饒舌になっていく。

 よくもまあ、ぺらぺらと、ひとりごと。

 誰にも届かないし、誰にも聞いてもらえない。せめて声に出せば、聞いてもらえる可能性が高くなるだろう。だが疑問だ、そんなに聞いてもらいたいことか?


 しょせん、ただの、ひとりごと。

 それも声をともなわずに、頭なのか心なのか、限られた空間でだけ威勢よく放たれる無意味なエネルギー。


 それにしてもフナムシすごいな。わらわらと、わらわらと。

 一斉に、あるいは個別に。集合的でもあるし、個別的でもある。まったく動きを予想できないことが、さらに気分を害してきやがる。

 もしもフナムシがいないのなら、おれは夏の海岸線を気持ちよく堪能できただろうか。

 否。それは、ない。結局おれにとっての『夏が好き』と同様に、おれはイメージばかり思い描いて生きている。現実を生きているけれども、現実を受け入れたくなくて頭の中に勝手なイメージばかり浮かびあがらせている。つまりイメージは現実ではない。異界だ。空想を越えて、妄想に及ばず、言うに事欠いてしまうほど飼いならされてしまっている情けない自分自身そのものを、まるでなかったかのように。そのくせ、己を万能にして有能な、多才なマルチタレントのように?

 ばかな。ありえない。なにさまだよ、おれ。


 おれは、おれ。それ以上でもないしそれ以下でもない。ちがうか。


 ふと、海岸線に降りていく傾斜が急勾配であることに気づく。歩くスピードが自然と加速する。いいぞ、よくわかんないけど気持ちいい。潮風が全身を湿らせていくのがわかった。

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