目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第2話

 頭の中に地図がある。

 行ったことのない場所でも、ある程度の想像が可能だ。

 もともと地図を見るのが好きだからだろうし、なにげなく眺めただけでも覚えておくことができるという才能ゆえかもしれない。ただし、どんな地図でもというわけじゃない。あくまでも、おれが選ぶ、それが重要ポイント。『これ覚えて、それ記憶して』と一方的に渡されても要求に答えられない。それに、覚えておきたいと願ったことでもキレイさっぱり忘れていることだって少なくないはずだ。覚えておくことができるのは、めぐりあわせというか、とにかく自分で選ぶことが不可能な領域だろう。


 さて、いま歩いているこの道は?


 予備校の場所を確認するために調べた地図。いままで出かけたことのない街だ。最寄駅は知っている、下車したこともある。駅前ロータリーのバス停から友達の家を訪ねるときに利用した。ロータリーから広がる複数の商店街は探索のままだった。


 夏期講習の初日、予備校帰りに駅までの道をゆっくり眺めながら放浪を楽しんだ。商店街ではない裏路地というのかな。裏路地という言い方は妥当ではないのかもしれない。夏期講習の2日目に歩いた時には看板を読む余裕があった。おそらく夜、どんなに早くても夕刻からの営業開始と思われる店。おれが立ち寄れそうな喫茶店もあったけれど、まったく興味は湧かなかった。


 で。この道は地図に載っていた道でいいのだろうか。だんだんと心細くなる。舗装されていたが夏草の生い茂りっぷりがハンパなくて、おそらく人通りそのものが少ないんじゃないか。


 まあ、いい。このまま進もう。予備校は通り過ぎたし、なにより今日はもう休むつもりで意志を固めた。自分で自分がわからなくなりそうな気もしたけれど、想像以上に冷静だった。


 なあんだ、サボるって、こんなにも迅速な決断と冷静な判断で実行されるんだな?


 想像と異なる景色になりつつあったが、不思議どんどん気持ちは昂ぶってきている。つまり興奮状態。おもしろい、実に愉快だ。愉快すぎて笑いたくなるほどだよ。ぜんぜん笑えないけれど。


 道の先に密林が見える。どうやら未舗装の山道に続いていきそう。たしか、おれの記憶では山頂へ続くコースのはず。山頂に行けば、複数の登山道に出られるからどこへ行くか選ぶことになるだろう。折り返して戻ってきてもいいし、そのまま突き進んでもかまわない。ちなみに山を越えれば、海岸だ。海岸線にはバス路線が走っているし、海を臨む丘陵地には住宅街があったはず。バス停もあるし、郵便局もあった気がする。郵便局に立ち寄れば、つかのまの涼しさを得られるはずだ。不自然にならないようにハガキを何枚か買うとしようか。いまなら暑中見舞いのハガキが発売中だし、そういえば今年まだ暑中見舞いを書いていなかったよ。


 いつも、毎年めぐる夏といえば暑中見舞いを書くことから始まっていた。梅雨空の下で灼熱の夏空を想像しながら書いたものだ。


 さあ、境界線に着くよ。いよいよ山道だ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?