部活があるから塾はムリだよ
理論的に説明したが
「心配するな。
ごきげんそうな父が笑顔で言う
いちおう確認しておくけれど
受験が終わったからもう
(塾には)
「いかなくていいんだよね?」
おれは問いただす
あいかわらず父はゴキゲンそうに
「おぅ、あたりまえじゃないかそんなの」
そう言って
おれの頭に手のひらポンして
「またずいぶん短くなったな」
そう言いながら髪をつかんで引っぱった
いてぇよ
抵抗する余裕がなくて
吐き捨てるように声を出したが
「なあに、ほれ、こうすればアレだ、すぐに髪なんか伸びるぞ?」
と
本人は弱めなつもりかもしれないが
つかんで引っぱられるのは痛かった
夕食後にパンフレットを黙って渡されると
駅前に開校したばかりの塾の案内
無言で『どういうつもりだよ?』と反論したら
「おまえには大手の予備校より、そういう小さなほうが合ってるかもしれないな」
おれの目を見ずに父が語った
いちおう そっか
おれのことを考えたうえで
おれがどういう人間なのか考えたうえでのチョイス
世間によくある評判じゃなくて
広告で見かける売り文句でもなく
父なりにデータを集めて導き出した最適解なのだろう
いくつもりなどない
ないけれど
どんなところなのか見てみようと
学校帰り制服のまま立ち寄ってみた
今夜あらためて反論する展開のために敵情視察だ
ビル外で地階へ向かう幅広めの階段
看板ではなく手書き文字のポスター
歩く音ひびかない
「あ」
「あ?」
「あぇ?」
「あー」
すぐにはわからなかったけれど
早めに気づくことができた
そろいもそろって同じ文字の声の投げ合い
小学校の同級生たち
地元のセーラー服
私立のセーラー服
私立のブレザータイプ
彼女たちの制服姿が
おれの記憶のなにかを塗り替えたよ
「ひょっとしてココかようの?」
とブレザーの子が訊くから
「うん」
と即答した
「わたしたちもだよ」
と地元公立のセーラー服が言う
「そっか、よろだよ? ココのこと、よく知ってる?」
おれが尋ねたら
ブレザーが肩で「ほら」とツンして
された私立セーラーは目を見開いて
「おぁ、ん、ん、」と声を整えた?
「うん?」おれが返事をしてみると
「部活のあとでも、かよえるんだよ?」
と
お?
すると
「うちはゴールデンウィークあけから開講なんだよ!」
また別人のような声
おれが驚いた顔をしたのかもしれない
「ね?」とブレザー「この子、放送部なんだってよ」
「お。いい声だよね」
つい そのまんましか言えなかった
「でしょでしょ、なんか色っぽいよね?」
ブレザーが私立セーラーの肩をもみほぐしながら言った
聞き覚えのある声とちがうし
他人行儀のようにも感じられたし
いきなり距離を詰められたような親密感も備わっていて
おれがもともと持っていた本音が急速冷凍されてしまった
照れるふうでもなく
得意がる感じもなく
さらりとやってのけただけに
瞬間だった
夕食のとき父は物静かで
商店街のパン屋での話を少ししたきり黙っている
「おれ、あそこ、かようよ」
感情をこめずぶっきらぼうぎみに言い放つと
「そうか」
やけに うれしそうに
けれど なにか計算めいて
想定どおりだぜ みたいな
策士顔だった