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第151話 アタラし異世界

ときどき不審そうに見られたけれど

その経験でさえラッキーになる

いまでは誰に遠慮することもなく

夕暮れの街角で地階へつづく階段

音も立てずにおりていける


タイル張りのビル

はるか上空に消え残るマリンブルー

やたらと月が大きく見えたことがある

あれはそういう現象だったのか

それともある種の錯覚なのか


いつも扉は冷たくて重くて

たまらなく自由自在に感じられた


こんな時間が

これからも続けばいい

そう願った

いや ちがうな

こんな時間が

ずっと続くと思ってしまった

こんなふうに過ごすことこそが

ついに手に入れることができた新しい世界なんだ

そう感じてしまった


これっぽっちも疑わなかった

というのが正直なところ


いつもの道

いつもの顔ぶれ

あたらしい世界


いつもの店

いつもの卓

アタラし異世界



得るための代償が巨大すぎて

手放しで喜べるはずなかった

あたりまえだよ

今度こそ気をつけるんだ

今度こそ間違えないよ


鏡に向かって笑顔をつくる研究をしてきたけれど

いまでは凛々しさを追求している

このほうが受けがいい

でも

それって

自分なのか?

そんなことを考える余裕もないくらい

きっと

おれは おれを 満喫しはじめていて

おれは おれを どうにか許したくて

手を変え品を代え

自分で自分のご機嫌を取り始めた


鐘が鳴り渡る

夜にこそ咲く花の香り

いつも水に氷

アタラし異世界


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