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第140話

そのフロアは無人であったにもかかわらず

大勢の気配に満ちていて

どこからともなく会話も聞こえていました


「ギャラリーかな、ここ」


そうかもしれないね

頭の中だけで反応すると彼女は不満げ


「こういうの、なんていうんだっけ」


さあ?

写真のようにも

絵画のようにも

彫刻にも見える

くわしく知らないけれど

いつものクセで


「アートだね」


自信たっぷりに答えて見せた


「アート」とつぶやく彼女の閉じたくちびるが語る

そんなこと言われなくてもわかるんですけど

そんなこと言われなくてもわかるんですよ

そのうえで訊いてるの

なんていうんだっけ こういうの って


「アートだよ、うん」



ちなみに調べたことがあるんだ

アートとは

芸術とは

文学とは

いろいろわかって

だいたいわかった

でもね

かんじんなことは

シンプルすぎて

わからなくなりそうだった

だから試してみることにしたんだ



おれの思い

おれの声

断定系


まちがえていく

まちがえてみる

そのうえで

学んでいくよ


ちょっとづつ


成功したら喜んでいいし

失敗したなら学べばいいんだ

これまで出会った大人は誰も教えてくれなかったけれど

子供のおれが

大人になったおれに

とても簡単に言うんだよ



言葉にしたくなったときこそ

ちょっとだけ黙ってごらん

声で聞きたいからこそ

胸に手をあててみよう


なぜか 聞こえる

なぜか 伝わる

なぜか わからずに

なぜか わかる



「どう思う?」

彼女はどんな反応を期待しているのか

彼女がどんな感想を所持していようと

おれはおれのまま おれでいいかな?


「いい」


「いい?」


「とくに、それ」


「どれ?」


「これ」


ぺらぺらぺらぺら よくもまあ しゃべったもんだ

いったいどこから出てくるのだろう


たぶん

おれの中からだけど

おれではないな

たぶん

この

得体の知れないなにかが

おれに忍び込んできて

こうだよ

こうだよ

こうだよ

と説教じみてつきあげてくる


反対意見のときなら黙っていられる

でも もし おれもそう思う そんなとき



ぺらぺらぺらぺら

言葉があふれてくるんだ



語りたくても語れないけど

自然と語れてしまうことがある


人見知りと言われるけれど

きみとは延々としゃべっていられる



陽射しあふれる地下

こっちが本当の地上

いゃどっちも地上か



まだあるよ

まだあるね


目と目で意見ぶつかりあわせて

どうするどうする言い合った

無口な二人が歩くと靴音

おれは隠したいと思った

誰にも聞かれたくないし

察知されたくもないから

無口なままでいたいんだ

もうしばらく

次のフロア

あの階段をおりるまで




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