目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第111話 感謝してます

そのときの私は言葉にできなくて

だからといってわかりやすい態度ができたわけでもなく

どこか心の奥のほうでは

『甘えてるって思われたくない』

『わがままって言われたくない』

って叫んでいたから

もう どうしようもなくて どうしようもなくて

学校に行きたくないのに

学校に行く

それが当然だしなって思っていたのかどうか

そんなことさえ

よくわからないけれど

とにかく登校している

だから

とにかく登校する

登校するのだから

彼女の家に寄って

一緒に通学路を歩く

一緒に歩くわけだから

自然と手をつなぐ

自然と

幼稚園ではそれで問題になんてならなかったのに

小学校に入学したとたんに

クラスで問題視されることになって

なに どういうこと

それ どうなってるの

私が問いただしたい

問いただしたいのは私のほうなのに

気づけば私が問い詰められて

わけのわからないうちに

席に座ったまま吊し上げられていた

せめてもの救いは

彼女は対象外だったこと

私だけ

それは本当に

せめてもの救いで

本当に救いでした



だから


私は本気で戦うことができたのです



「小学生になるんだねー

 早いねー

 そしたらもう幼稚園のときみたいには

 いかないからねー

 がんばって」


一学年上の幼なじみが

私と彼女の入学祝いに教えてくれたこと


戦え ひるんでも 小声でいいから吠えてやれ


だから


私は本気で震えながら蚊の鳴くような声のまま

戦えました



ほめて



よしよしヾ(・ω・`)


ってしてほしいです



そう思っていたけれど

それをくちにできなかった







ずいぶんと時間が経過してから

昔そういえば遠足で来たことあったよね

って

花見スポットの展望台に出かけたとき

ぶわあって

思い出してしまった

ぜんぶ


思い出したときは

すでにもう大人で

いまさらどうしようとも考えられなくて

ただ ただ ただ ただ


桜の花が舞い散る風の中で

たばねた髪をいじることなく

脚のラインが浮かびあがるピッタリめのデニムで軽快に山を歩く姿に見とれたりして

ときどき目が合う彼女に

私は伝えました

「ありがとう」

なにがどうとか

具体的に言えなかったけど

「ありがとう」

って

「え。なにが?」

と問われても

本当に具体性のかけらもなく

ただひたすら

「ありがとう」


感謝してます




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?