目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第108話 いい目覚めだった

小学校に入学して私は問題視されるようになっていた

とにかくトラブルが絶えないということで

担任が保護者あてに文書を作成し

読んだという署名を求めてくる

おれは学校で渡されて

親に見せるしかないのだけれど


「つまりどういうことなんだ?」

父は冷静に質問を繰り返した




小学校には複数の幼稚園から入学してくる

さまざまな環境なのだろう

父は

「宗教のことも知っておいたほうがいいだろうな」

と説明してくれた


自由や博愛や平等や

優しさと厳しさのちがい

それと

表裏一体のものとか

家庭の躾けと

学校の教育と

道徳と正義感と先祖代々の知恵と

ありとあらゆる角度から説明を受けた


理解できなかったか?

そのときは難しかったかもしれないし

ちゃんと覚えているとは言えないけれど

説明されたという「体験」そのものが

なにかこう

骨や筋肉のように

私の精神の糧になっているんじゃないかな

大人になってから冷静に振り返れる



いちばん問題視されたことが

初めての学級裁判にとりあげられ

私の学年で初めて

というより

私の通う小学校でも初めて

当然ながら

私にとって初めてであり

保護者である父と母にとっても初めてで


「でもまあ、とはいえ、子どものことだから」

「裁判といっても、な? こんなの模擬裁判だろ。正式なものじゃない」


と、うまく、やんわりされたふしもあるけれど

そもそも「正式」も「模擬」も区別がつかない私には


学級裁判にかけられたことが

とてつもない恐怖そのものだった


夏休みが終わり

宿題の提出も済んで

さあ

いよいよ また学校が始まるよ

そのタイミングで


ひとりの女子が「先生」と

「どうしたの」と担任

するとガタリとイスが音をたて

その女子が高らかな宣誓のように


「つぎの道徳の時間に裁判をお願いします」



それがまさか自分のことだとは想像すらできくなくて

実際に誰がどんな理由で訴えられたのかを知ったのは

担任から渡された一通の封筒

茶色だった

「ちゃんとご両親に渡すのよ」

と言われて

言われたとおりにして

それで



「つまりどういうことなんだ。

 いったい、なにがあったっていうんだよ」


父の疑問は当然だろうし

かれても困るのが母であろう

私は なんにも知らない状態

そもそも聞かされてもいない


でも

封筒の中身はコレだぞと父が見せてくれた一枚の紙には


まぎれもなく私の名前

そのことで?

という内容


「心当たりあるのか」

そう問われれば

あるも 

ないも

それ

まぎれもなく おれのことだ

おれのことだけれど


うん

とは 

うなづけなかった



・特定の生徒とばかり仲良くしている

・特定の生徒としか会話をしようとしない

・特定の女子と親密である

・特定の


そんなこんなの十二項目が手書きされていて

その書体というか文字の雰囲気が

右肩上がりで勇ましい


「特定の…って、それは変なことでもなんでもないだろ。

 友だちと仲良くしている…だけのことなんじゃないのかよ?」

父は誰に訴えるでもなく

かといって

ひとりごとというのでもなく

母に向かって

母は「知らないわよ」と

次に私を見て

「いったいこれのどこがどう悪いっていうんだよ」と紙をペシッ

どこかあきれたような表情だった


「みんなと仲良くしなさい」おれはつぶやいた「って言われたことは、ある」


「なんだそれ」父は私をにらんだ

「知らないよ」

「みんなと仲良くしなさいだと?

 それはそうだろう、そうするのがいいし理想的だ。だがな?」

私は言葉に詰まる

すると父が続けて言い放った

「みんなと仲良くしなさいという教育と、ここに書かれていることがどうして、どうしてどうして、どうして。どうしてなんだよ。いけないこと? なにがだ。誰かと仲良くすることがか。みんなと仲良くすることと、誰かと仲がいいこと。それがどうして、どうなったら、ここに書かれているようなことになるっていうんだよ」


ばかばかしい

父はそう言って紙を母に押しつける

母が

「お茶にしましょうか」

笑わずに

けれども

優しそうな声で言った



胸が苦しいことは苦しかったけれど

「いいからもう寝なさい」

と言われて布団に入ると

そのまま眠れた


いい目覚めだった



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?