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第106話 ひめくり

橋を渡ると幼稚園

まだ遠くからのバスは着いていない

私は彼女と手をつないだまま

ふと

その横顔を眺めて

昨日のことを問いたくなる


靴を下駄箱にしまって

よれよれの上履きを取り出す

私のほうが動作が早かったので

ふと

なにげなく

いつものように

そう

それがさも自然なことのように

いつもどおりの行動として


階段に寝転がった


別の女の子が先に渡る

寝転がっている私をじゃまそうに

いつもの眺めだった

玉虫色に変化する小さな生地きじたちは

水玉模様

花がら

きわめて天然色だったり

あわくパステルカラーだったり

大好きな眺めだった


すると模様もなくて

まっしろなのが見えて

その直後

私を見下ろす彼女の視線が

いつもとちがう

なにかちがう

かな?

って思った次の瞬間

自分の脇腹に激痛がはしった


けほっ


せきこむような息を吐くと

くちには戻らなかったが

ちょっとだけ

鼻のおくのほうに

なにかが戻った

ついさっきの朝食


なにが起きたかわからず

かといっていつもとちがうことがわかって

いったいどうして痛いんだろうと

手で押さえ

ときに さすって

ふと

園庭えんていの桜の近くに歩いていくと


「あのさ」

幼なじみが私の背中に呼びかけてきた


ひょっとしてこの痛み

きみが蹴ったからなんじゃないのか?

やっと気づいた

それならそれで

ゴメンって言ってもらえる…のかな

と思った私に届いた言葉は


「もうああいうのやめて」


思わず聞き返した「やめてって、なにを」

黙ったまま目を合わせようとしない彼女に続けて問う「ああいうのってなに」


その桜は駅や公園の桜とちがい

花が満開に咲き誇りながら

みどり色の葉っぱもたっぷり茂らせている

風の気配がなくても揺れ

陽射しが感じられなくてもきらめいていた

「ほかの子のパンツああやってさっきみたいに見るの、もうやめて」


なにか怒っている

なにを怒っている…のか

それはすぐにわかった

わかったけれど

なにをいまさら

なんでオマエにそんなこと

言い返したかったけれど

頭のなか

なぜか現れた


へび


私は息を吸う

鼻がピッと音を鳴らした

なに? って顔で彼女が見る

私は彼女の目をじっと見て告げた


「だったら、おれが見たいって言ったらちゃんと見せてよ」


視線をそらさずに彼女が言いかけている

なにか

まちがいない

これは怒られるまえぶれだ

そう思ったとたん

おれが目をそらしてしまう

視線は彼女の足元のほうへ

そのとき見えたのは

ぎゅってスカートのすそをつかんでいる両手

ふわっとひるがえりそうな涼し気な風の気配


「いいよ。わかった。そのかわり」

そのかわり?

おれが顔をあげると

「わたしのだけだからね」

ぎゅっと その握る指先に込められる

ちから?

「もう、わたしのしか見ちゃだめだから」

ピタリと空気の流れが静まって

遠くから誰かが誰かを呼ぶ声がした



もう わたしのしか 

私の頭が彼女の声を記憶して切り取ってリピート再生されている

そんな声ふりはらいたくて

幼稚園からの帰り道

私は

「ごめんね」

そう告げてから

つないだ手に

ちからを込めた

ちょっとだけ強く


すると

いつもの強気な感じではなく

むしろちょっとだけ

おびえているような感じで

指先がパタついた


「じゃ」

門扉もんぴに手をかけた彼女の肩あたりに声をかける

あんなにかたそうだったスカートがふわり

まるで絵本で見た天女てんにょ羽衣はごろもみたいに

やわらかそう

軽そう

そのまま見えない風に飛ばされていってしまいそう

それはダメ

おれが思った次の瞬間

くるっと振り向かれて

「またあとで」

ぶっきらぼうに言われた

「うん」と返事をしたけれど

声に出ていたかどうかわからない

玄関ガチャっと重々しく音をたてたとき

もう一度こっちを向いて

なにか

言おうとしている?

でも言わない

なら

私が

思ったのとほぼ同時

「じゃ」

と彼女が見えないボールを投げてきた





私は他の女の子のスカートをのぞいたりめくったりしなくなったし

誰がどんなのを今日は?

なんて気にもとめなくなった


ひめくりカレンダーをパラパラパラ

ピッて

前の日のを

うまく破けると気持ちよくて

なぜか ふと

とおい約束なのか契約なのか誓いなのか戯言たわごとなのか

もう二度と戻ることもない場所

もう決して見ることのできない領域

あれは あれで おしまいだよ

それは それで それがいいって

思い出しかけると声に出して言ってしまうんだ


「じゃっ」





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