白さの眩しいセーラー服は半袖で、襟はキリッとした印象を与える。
紺色のスカートはプリーツが細かめで、歩くたびに少し揺れている。
歩き方にも個人差があるからだろう、同じ制服でもスカートの揺れ方が異なる。
まわりの子たちよりもスカートが短く見えるのは、彼女の身長による視覚効果だろう。
頭ひとつ、高い。
じろじろ見ているつもりはないが、意識したとたんに観察していることになるのだろう。
おれの脳内ひとりごとが声に出ているわけじゃないが、まるでこの思いに釣られたみたいに彼女の目線がこちらに来た。
おれは予期せぬ出来事に戸惑う。もちろん他意もなく見ていただけ。
聞こえてくる会話なんて、車のクラクションみたいなもの。
ただ眺めていた。
意味などない。それなのに、
そんなおれの意識の動きに合わせるかのように、ゆっくり、しかし着実に、彼女の目線が周囲を射る。
レーザー照射のごとく、ゆっくりだけれど確実になにかを求めているような…
で、おれと目が合った。
別に…視線の交差なんて、よくあること。
一瞬よりも短く、次の瞬間に離れてしまう。
決して
だがどうしてなのか、あんなにゆっくり流れるような麗しい動きがピタッ。
嘘だろ!! 止まるなよ?
目線が停止。じっ。
視線の静止とは、とかく不自然な。
おれには視線を外すチャンスがあったけれど、なぜだろう、よからぬことを一瞬だけ考えてしまったんだ。
いま、目を逸らしたら負け。
だって、それまで見ていたことがバレるから。
いや、そんなことないか。
バレる?
なにが。
気にしすぎだよな、おれ。
もしかしたら、おれが目線を固定してしまったのかもしれない。
おれの固定が他人の一時停止をうながし、合わせるように
そう自覚した時には手遅れだった。
女の子たちが会話をしながら階段を下りて来てロビーを通過していく、それだけのことだったのに。
よくある景色、誰も特別に認識などせずに存在する過程、ほんの人間模様。
それなのに。
すーっと自然に通過していく彼女たちの中で、あきらかに違和感を発揮する女の子。
おれと目が合ったまま、つーっと。
歩く、変わらぬ速度、ゆっくり、だが確実に出口に向かって。
おれは気づくのが遅かった、彼女いつのまにか背中越しの目線になっていて、まるで振り向いたみたいな格好になっていて、
あ。やば。
おれが思ったのと、ほぼ同時。口元が笑って見えた。
あまりにも速く、一瞬というより刹那の宇宙時間なのに、スローモーションでカタカタカタカタ映像コマ送りのような感触。見られた。気づかれた。いや、でも。
さっさと目を逸らせばいいものを、おれは視線で彼女たちを見送る格好になった。
見送るというより、その中の一人の女の子、その子と目を合わせたまま。おかしい。なにかが、おかしい。
こうなってしまっては、しかたがない。
『やあ、こんにちは、おつかれさま』
と念じる。
届け、届くな、いやまあどうせ伝わらない妄想域での思いにすぎない。
彼女たちが本当に出口から屋外へ出て、いかなる残像も消えた今あらためて冷静になって少し考えている。ふたたび、ひとりきり。この時間この空間この感覚、いつものようでいて、いつもとちがう。おれは別にさっきの彼女に興味があるわけじゃない。
だろう?
海百合女子の制服が好きか。好きだが特別というほどでもない。あえていうなら、おれはスカートがおおいかくしている腰の辺りからプリーツが揺れ動いて魅力的に見えてしまう太ももに見とれていたかった。
そう、そうだとも。おれは太ももを見ていたかった。
短いスカートだからこそのシルエットの麗しさ、その潔いまでの肉感的な生命力の強さを目で堪能していたかった。
それだけだ。
それだけなのに、なぜか、つい。
特定の一人の女子を気にしてしまい、彼女の顔を見ているうちに思った、あ、来る、来る来る、視線、来る、来ちゃう、このままだと目が合うかもしれない、って視線を望遠鏡のように固定したままスローモーションの、とりこ。
見ているの、ばれた。見られた。
だからって別に…
いや、
いや、そんなつもり、これっぽっちもないし。
いや、向こうは、そうは思ってないかもよ?
なにしろ、ずっと、こっち見てた。
いや、それにしたって妙だ。
なあ、おれは女の子のミニスカートが好きで、ふとももがたまらなくて、それでだな?
だったらどうして、いつも街角で見ていてクラクラしすることもなく、フツウにしていられる。
駅前の噴水広場で静かに
そこにいる彼女たちを、とりたてて気にし過ぎることなどなかった。
いつもの景色を、たまにはボウッと眺めたりしていたとしても、ごく自然さも当然つまり天然のまま。
さっきのは、ちがう。
不自然だった。おれは、そう思う。
組み合わせ?
女の子、短いスカート、ふともも、こまかなプリーツ、ふくらはぎをおおう靴下の生地、光沢を放つ靴その
あの目線。
あの口元。
そっか。おれは彼女と仲良くなりたいんだな。
嫌われたくない、だからといって『好き』アピールで言い寄られたくもない、この自分でも意味不明で測定不可能な距離感。でもいま、わかった。
近づきたい。
できれば、仲良く。
予備校のロビーは、たいてい静寂。
この校舎が生徒たちで賑わうのは模試のときだけだろう。
普段は本当に誰もいないんじゃないかっていうくらいに、サイレンスがいっぱい。
だからこそ、女の子たちが会話しながらっていうのが珍しくて、思わず見てしまったし、無意識ながら会話も耳に届いてきた。いや、じゅうぶんに意識していたかな。
見上げる天井は高くて、高い位置にある窓からは青空に混じって新緑の葉が揺れ動いて見えている。ヤマボウシの枝は、やわらかそうに動くから。おれも出口へ、もう本当に誰もいない。
ずいぶん、ひがのびたなー。
そんなに暗い環境ではなかったはずだが、予備校の校舎から屋外へ出れば眩しく感じる。ふと、さりげなさを意識しながら周囲を観察したが、海百合女子の生徒たちの姿はもうどこにも見当たらなかった。
で。彼女、どんな髪型。どんなアクセサリー。どんな唇。どんなふう?
思い出せるのに、いまいちピントが合わない。ええと、と脳内ひとりごとのように映像を再確認するけれど、思い出そうとすればするほど記憶は薄れていった。
もしも街角ですれちがっても、おれは『あのときの彼女だ』と認識できないと思う。
誰かに視線を奪われるって、ケースバイケース。
おれの場合は、そのときの群がりや、ガラス越しに見える陽射しの傾斜角度とか、服装、髪型、なによりも体の動きそのもの、なにげなく操られたみたいな指先や、靴の上下。
いちおう確認しておこう。
以前どこかで会ったことがある?
とかないよな。
中学のとき文化祭でしゃべったことがある?
とかなら向こうも覚えてないだろう。
それにしてもずいぶん、ひがのびた。
葉っぱの動きで風がわかる。初夏の風?
耳をすませば、こんなに離れている距離でも駅前の雑踏が聞こえてきそうだ。
記憶は描き変えられて、さっきの彼女がこっちを振り向いてあの微笑み。
サイレンスがいっぱいだからこそ、ざわめいている。