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第10話 それにしても人が少ないのはなぜだろうか

 それにしても人が少ない

 こんな場所に来たがる理由?

 誰かと楽しむコースにしては寂しく

 ひとりの鍛錬には向かない平坦さ

 それでも誰かがいるような気がして

 いつも周囲を見回している


 それにしても風がべたつく

 一瞬だけ涼しくて心地いい

 ちょっとでも静止すれば

 ぶわっと噴き出す汗の気配だ

 なんだか誰かがいるような気がして

 ふと後ろを振り向いてしまう


 陽射しの傾きが早い

 まだ夏の名残がいっぱいなのに

 差し込む角度がこんなだよ

 おれはずっと気づかないできた

 サングラスが必要なのは

 夏よりも冬だよ


 ほら どんどん まるで真正面から射られるみたいだ


 まぶしい


 まぶしくて


 目を細めてしまうと

 崖から落ちてしまうからね

 紫外線に生身をさらして

 瞳孔が無防備に傷ついても

 岩に当たって骨が砕け散るよりはマシだと思った


 のぞきこむ淵からの足元に上昇気流で

 ぶわあ ぶわあ ぶわあ

 と髪もシャツもバタバタする



 実を言うと目的なんかなくて

 ふらっと足の向くままに来た

 なんだか居心地がよかったから

 たびたび訪れるようになっただけ


 予備校の授業を細かくまとめた

 単語カードがポケットにあって

 ありきたりの景色に飽きるたびに

 ぱらぱらとめくって唱えている


 無謀だ

 無謀で無謀すぎる賭けなんだよ

 親の期待は形がないまま重く背中にのしかかる

 そんな親にも兄弟姉妹がいるからね

 みんなが集まる祝いの日とか

 こんな親にもまた親がいて

 これまた考え方が正反対だ


 どっちが正しいか考えるのは愚かだろう

 どっちも正しいと確信して向き合っている

 実際どうにか冷静に耳を傾ければ

 それなりに根拠や理由が明確だ

 それなのに根拠や理由を語らず


 いいから従いなさい

 言うことをきけ


 お互いに一点張りで譲り合おうとしないから

 つまんないことで言い合いになる

 そうとしか思えなくて

 またここに来た



 たぶん おれは 第三者

 どちらの話もちゃんと聞ける

 どちらの言い分も理解できる

 どちらの立場になっても平気

 けど


 おれは おれ どちらにも加担したくないんだ


 あいまいな態度で誤魔化しているのは

 どうにす今を切り抜けたいから

 まずはあの家を出よう

 法律的にも社会的にも同義的にも道徳的にも科学的にも

 無理難題にも抜け穴があるかもしれない

 どんなに針穴だとしても

 見つけたら火薬をつっこんでやる

 火種なんて簡単さ

 おれの心が燃えている



 ありがとうございます

 見た目も中身も無能のかたまり

 そんな私を育ててくれて

 こんな世界に生まれたことも

 まだ期待できるなにかがあるような気がして

 どうにか今を切り抜けて

 あらためて

 ありがとう

 ってバイバイするんだ


 その日のために

 おれは展望台の階段を登る

 すぐに降りることになるけれど

 一段一段靴音ひびかせて

 下りることがわかっているのに

 登る


 あの一瞬のために


 あの一瞬さえ味わえればいい



 登りきったら少し広くて

 ぎいっと揺れた感触もあるけど

 崩れたりしない

 おれは崩れたりしない

 絶対におれは崩れたりしない


 と


 根拠もなく無意味に叫ぶけど

 はたから見たら無口な少年さ


 ありったけの願いと祈りを込めて叫んだけれど

 誰かが見ていたら静かな光景さ




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