私の名前はステファニー・ベルモンド。
名門の由緒正しい伯爵家の、いわゆる御令嬢という存在だ。
ホワイトブロンドの長い髪に、まるで宝石のような緑の大きな瞳。
自分で言うのも何だけれど、なかなかの美人だと思う。
騒がしいことを好まず、群れるのが嫌い。
1人、静かに読書をして過ごす時間をこよなく愛している。
当然親しい友人もおらず、学園内では「クールビューティー」などと呼ばれている。
他にも、もう一つ私の呼び名があったようだけど……そんなのはどうでも良いことだった――
****
いつものように中庭で昼食を頂いた私は、図書室で大好きな読書をしていた。
日差しがよく差し込む窓際の席、ここが私の特等席。
今読んでいるのは、恋愛小説。
夢中になってページをめくって読んでいると、不意に視界が暗くなった。
「?」
不思議に思って顔を上げると、見知らぬ3人の女子生徒が私を取り囲んでいる。
「ごきげんよう。ステファニーさん」
見知らぬ赤毛の女子生徒が声をかけてきた。
「ごきげんよう。……どなたかしら?」
「あなたは私のことを知らないようだけど、私はよーく知ってるわよ?」
赤毛の女子生徒は敵意のある視線を向けてくる。
彼女の取り巻きのような女子生徒たちも同様の視線だ。
「……そう。私に何か用でもあるの?」
「あるに決まってるじゃない」
「だから話しかけているんでしょう?」
2人の取り巻きが聞えよがしにヒソヒソと話している。
「大事な話があって来たのよ。どれだけ捜し回ったと思ってるの?」
赤毛の女子生徒は腕組みするとふんぞり返った。
「ふ〜ん」
彼女が捜し回ろうが、私には関係のない話。再び本に目を落とすとヒステリックな声があがる。
「何勝手に本を読んでいるのよ! 話を聞きなさいよ!」
「分かったわ」
本に栞を挟んでページを閉じ……。
「はぁ〜……」
大きなため息をついた。
「信じられない!」
「ため息をついたわ!」
取り巻き女子生徒が再び騒ぐ。
「ちょ、ちょおっと!! 聞えよがしに大きなため息をつくのはやめてもらえないかしら!?」
地団駄を踏む赤毛の少女の背後から図書室司書の女性が「ゴホン」と咳払いする。
そう、図書室では私語は慎まなければならないのだ。
「……ここは場所が悪いわ、外へ行きましょう」
バツが悪いと思ったのか、赤毛の女子生徒が小声で提案してきた。
「嫌よ」
「は! 即答!? 少しは考える素振りでもしたらどうなの!」
注意されないように再び小声で文句を言ってくる。
「何故あなたの都合に振り回されなければならないのよ。用件なら手短に、ここ
で1分以内に済ませて頂戴」
図書室にかけられた時計をチラリと見れば、貴重な昼休みは残り時間が後20分しかない。
折角面白いところだったのに……これ以上読書の時間を邪魔されるのはごめんだ。
「本当に気に食わない態度を取ってくれるわね」
彼女の目が釣り上がる。
「外見だけでなく、性格もキツイのね」
「だから友人もいないのよ」
取り巻き2人の声が耳障りで仕方ない。私は彼女たちを一瞥すると無視し、赤毛の女子生徒に尋ねた。
「その前に、まずはあなたの名前を教えて頂けないかしら?」
失礼なこの赤毛女子生徒はまだ名前すら名乗っていない。
「いいわ、恋敵の名前を知っておきたいってわけね?」
フフンと鼻をならす赤毛女。
聞き間違いだろうか? 今。恋敵って言わなかった?
「まぁいいわ。こっちだって、あなたの為に貴重な休み時間を取られたくはないものね。私の名前はシビル・ワンダー。単刀直入に言わせてもらうわ。ステファニー・ベルモンドさん!! サイラス様から手を引きなさい!! あの方は私の将来の夫になる方なのですから!」
ビシッと赤毛の女子生徒は私を指さしてきた。
「サイラス……?」
私は首を傾げる。
「ええ、そう。サイラス・レパート様よ」
「誰かしら?」
聞き覚えのない名前だ。
「何ですって!? とぼけないで頂戴!」
シビルは赤毛を逆立てんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「そうよそうよ!」
「あの方を知らない人がいるはずないわ!」
相変わらず騒がしい取り巻き女子。
「本当よ、嘘なんかつかないわ」
一体彼がどうしたというのだろう?
「嘘よ! あの方を知らない人間いるなんて、もはやこの学園のモグリに違いないわ! だって、サイラス様はこの学園の女子生徒たちの憧れの存在なのよ!」
先程から、図書室司書の女性がこちらをチラチラ見ている。彼女たちのせいで図書室に出禁されたら、たまったものではない。
とりあえず、適当に話を合わせることにしよう。
「知らないものは知らないもの。……まぁいいわ。この際100歩譲って、私がサイラス様を知っていたとする。それで手を引くとは一体どういうことなのかしら?」
「ふふん、やっと認めることにしたのね。私は彼が好きなの。だから正式に交際を申し込んで婚約まで持っていこうと考えていたのよ」
「そうなの」
交際から、婚約に持っていくとは……あまりにも飛躍的と言うか……無謀に感じる。
「なのに……彼は言ったのよ。僕は、ステファニー・ベルモンドと交際しているから、君とは付き合えないって!」
ビシッと私を指差すシビル。
「え?」
何それ? 初耳なんですけど。それどころかサイラスとかいう人物の顔すら知らないのに?
「あの〜……ひょっとして勘違いしているんじゃないのかしら? 少なくとも私はサイラスとかいう人のことは全く知らないから付き合いようも無いでしょう」
「何ですって! たった今、サイラス様を知っていると言ったのは何処の誰なの!?」
「ま! この場になって開き直ったわ!」
「さすが、悪女!」
悪女? 一体誰が悪女だというのだ?
「はぁ〜……」
私は大きくため息をつくと髪をかきあげて続けた。
「ちゃんと人の話を聞いていたのかしら? 百歩譲って知っていたとする、と言ったでしょう? 本当にそのサイラスとかいう人物が私を名指ししてきたわけ?」
「ええ、そうよ! とにかく別れて頂戴! 私はね、この学園に入学したときから彼を狙っていたんだから!」
するとそこへ、ツカツカと図書館司書の女性が近づいてきた。
「はい。そこのあなた達。もう約束の1分はとっくに過ぎましたよ? 人の読書の時間を邪魔するものではありません。さっさと出ておいきなさい」
「ええ!? そんな! まだ話は終わっていないのに!?」
「そうですよ!」
「その通りです!」
シビルに取り巻き女子生徒たちが文句を言うも、強引に司書の女性に追い出されてしまった。
「……ふぅ。やっと静かになったわ……」
けれど、サイラスとかいう人物が気になる。一体どういうつもりで私を名指ししてきたのだろう?
昼休み終了までは、後15分は残っている。多分、あの様子だとサイラスは同学年だろう。
「こうなったら、直接本人に会いに行くしか無いわね」
教室を訪ねて回ればすぐにでも分かるはずだ。
椅子から立ち上がり本を棚に戻すと、静けさを取り戻した図書室を後にした。
この学園は、星組・月組・空組・花組の4組に分かれている。
ちなみに私は、星組に所属している。
「まずは月組から捜してみようかしら」
図書室を出た私は月組へ向かった――
「え? サイラス・レパート?」
教室の入り口付近にいた男子生徒が首をひねる。
「そうよ、聞いたこと無いかしら。有名人のようなのだけど」
「う〜ん。この組には、いないよ」
「そうなの。なら他の組にいるのかしら?」
試しに教室の中を覗いてみると、あちこちでは昼寝をしている生徒達の姿が見えた。
「……昼寝をしている生徒が多いわね」
「それはそうだよ。お昼の後は眠くなるだろう? ふわぁああ〜」
あろうことか、私の前で大欠伸をする彼。
「あなたも眠そうね」
「うん。昼寝しそびれちゃって。でも眠くてたまらないよ」
「今からなら寝ないほうがいいわよ。起きれなくなったら大変でしょう?」
「……そうだね。頑張って起きているよ」
男子生徒は欠伸を噛み殺しながら返事をした。
「それじゃ、もう行くわ。ありがとう」
「うん。じゃあね」
男子生徒に手を振ると、私は空組へ向かった。
「え? どういうことよ……」
この組では、あろうことか全員が昼寝をしている。
「信じられないわ、これじゃサイラスがいるかどうかも分からないじゃない」
残りの昼休みは後10分もない。
「急いで花組に行かなくちゃ!」
全員眠りこけている空組の教室を後にし、私は最後のクラスの花組へ向かった。
「いたわ! 起きている生徒が!」
花組では半分程の生徒たちが起きていた。そして、その中の1人の男子生徒に私は注目した。
机に向かって座るのは明るい色の金の髪の男子生徒。彼の周りには女子生徒たちが集まって楽しげに話をしている。
そしてその様子をつまらなそうに見ている数人の男子生徒たち。
『サイラス様はこの学園の女子生徒たちの憧れの存在なのよ!』
シビルの言葉を思い出す。
「ひょっとすると、彼がサイラスかもしれないわね」
教室に入り、まっすぐに女子生徒達に囲まれている彼の元へ向かうと周囲の女子生徒たちがすぐに私に気付いた。
「あ! 変わり者女じゃないの!」
「有名な悪女だわ!」
「一体この組に何しにきたのよ!」
キャンキャン子犬のようにまくしたてる女子生徒。またしても「悪女」呼ばわりされるもそれを無視し、私は男子生徒の前で足を止めた。
「あ、あの……」
金の髪に、マリンブルーの瞳の男子生徒は困った様子で私の顔を見上げた。
「ひょっとして、あなたがサイラス・レパートかしら?」
「そ、そうだけど……」
私に対して気まずいのか、俯いて返事をする。
「私が誰なのか分かるわよね?」
「う、うん……わかるよ。ステファニー・ベルモンドだよね?」
「正解。それなら話が早いわ。ちょっと外で話しましょう?」
私はサイラスの右手を引っ張った。
「ええ!? い、今から!? だって、もうすぐ昼休みが終わるよ!」
慌てるサイラスをかばうかのように女子生徒たちが騒ぐ。
「そうよ! サイラス様を何処に連れてくのよ!」
「何処にも行かせないんだから!」
「あのね、私と彼はお付き合いしていることになっているの。あなた達にとやかく言われる筋合い無いわ」
「ええ!」
「ほ、本当ですか!」
「この悪女とお付き合いしているんですか!?」
女子生徒たちは情けない声を上げる。どうでもいいけど、何故また悪女と呼ばれるのだろう?
「ごめん! 皆! 僕、行かなくちゃ!」
サイラスは私に手を掴まれたまま立ち上がる。
「そうね、分かればいいわ」
私はにっこり笑みを浮かべると、サイラスと手を繋いだまま教室を出て行った。
サイラスの手を引っ張って来た私は、中庭にやってきた。
「あのベンチに座って話をしましょう」
有無を言わさない、強い口調でサイラスに話しかけた。
「うん……いいよ」
そこでサイラスと一緒にベンチに来るとストンと座り、彼を見上げた。
「何してるの? 座りなさいよ」
「う、うん」
サイラスが隣に座ると、早速私は彼に尋ねることにした。
「さて、サイラス様。実は今日図書室で読書をしていたところ、シビルという赤い髪の女子生徒が私のところにやってきたの」
「え!? シビルが!?」
「ええ、そうよ。そして驚くべきことを言われたわ。シビルはサイラス様に交際を申し込んだそうね? けれどあなたは、『僕は、ステファニー・ベルモンドと交際しているから、君とは付き合えない』と答えたそうだけど、一体これはどういうことなのかしら? 私はあなたのこと、今日初めて知ったのよ?」
「……ごめん」
呟くようにサイラスが謝った。
「あのね、私は別に謝って欲しくて言ってるわけじゃないの。一体コレはどういうことなのか、理由を聞かせてとお願いしているのよ」
「僕は、シビルのことが苦手なんだ。交際を申し込まれたけど、どうしても付き合う気持ちになれなくて……」
「だから、私を利用したというのね? 私と交際していることにして、シビルの誘いを断ったのね?」
「……うん、本当にごめん……」
申し訳無さそうに項垂れる彼はかなり落ち込んでいる様子だ。コレではまるで私が虐めているように周囲から思われるだろう。
「だけどどうして私の名前を出したりしたの? 一度も私達は同じクラスになったことないじゃない。他の人にお願いして交際しているふりでもすれば良かったのに」
「それは……君が有名人だったから、咄嗟に名前を言ってしまったんだ」
「私が有名人?」
「え? そうだよ。自分が有名人なの知らないの?」
この学園の女子生徒たちの憧れの存在と言われている彼が目を見開く。
「知らなかったわ」
そんな話は初耳だ。確かに、一部の生徒たちからは『クールビューティー』なんて言われているけれども他の組の人たちにまで知れ渡っているとは……。
うん? ちょっと待って。そう言えばシビル達は私のことを「悪女」と言っていた。
そのことと関係あるのだろうか?
「ねぇ、私はシビルに『悪女』と言われてしまったの。ひょっとしてそれで私は有名なの?」
悪女と呼ばれる心当たりなどまるきりない。彼に聞けば分かるだろうか?
「え? 悪女と言われたの? う〜ん……僕はそんな話、聞いたことが無いよ。君が有名なのは、どんな男子生徒に交際を申し込まれても全部断ってきたという話だよ。綺麗で冷たいステファニー……って。それで一部の女子生徒たちが……え? な、何? その顔。ひょっとして……怒ってる?」
サイラスは眉間を寄せた私の顔を見て、怯えた様子を見せる。
「いいえ、別に怒っているわけじゃないわ。ただ、すこ〜し不愉快なだけよ」
そうか、私が悪女と呼ばれている理由がなんとなく分かった気がする。つまり、女子生徒たちは私が男子生徒たちから交際を申し込まれても、全て断っているのが面白くないというわけだ。
色々な男子生徒をとっかえひっかえしているなら、「悪女」と呼ばれてもしかたない。けれど、こんなことくらいで「悪女」と呼ばれるなんて……。
「くだらないわ」
思わず心の声が口をついて出てしまう。
「え? 今、何て言ったの?」
「いいえ、何も言ってないわ。ところで、サイラス。シビルと交際するつもりは全く無いの?」
「当然だよ! 僕にだって都合があるもの」
「ふ〜ん……どんな都合があるかは、別にどうでもいいけど……ならいいわ」
「え? いいって何が?」
「シビルがあなたとの交際を諦めるまで、私達お付き合いしているフリをしましょう?」
「え!? ほ、本当!? それじゃ、僕たち今から恋人同士ってことでいいの!?」
満面の笑みを浮かべるサイラス。余程シビルのことがいやなのだろう。
「ええ。私達、今から偽の恋人同士よ? よろしく、サイラス様」
私も彼に笑い返す。
取り巻きを連れてきて、悪女呼ばわりするシビル。きっと彼女が私の悪評を広めたに違いない。
だったら、お望み通り少しだけ悪女になってあげましょう――
**
私達は手を繋いでサイラスの教室に戻ると昼休みはとっくに終了しており、花組では写生の時間に入っていた。
「まぁ! サイラスさん。一体何処に行ってたのですか? 休み時間が終わったのに教室に戻ってこなかったので心配していたのですよ?」
花組の先生は慌てたように私達に駆け寄ってきた。
「先生、遅れてすみませんでした」
ペコリと頭を下げて先生に謝るサイラス。
「時間はちゃんと守るようにしてくださいね。ところで、あなたは……?」
女の先生はサイラスと手を繋いでいる私を見て怪訝そうに首を傾げる。
「はい、私はステファニー・ベルモンドです。今までサイラス様と夢中でお話をしていたので、遅れてしまいました。申し訳ございません」
「え……? そ、そうだったのですか? まぁ、仲が良いのはいいことですが……時間は守ってくださいね。先生方も心配しますから」
「はい、気をつけます。ありがとうございました」
私は満面の笑顔を先生に向けながら、花組の教室を見渡した。
生徒たちは写生もそっちのけで、私とサイラスを見つめている。男子生徒達は顔を赤らめて私を見ているし、女子生徒は……。
あ、いたいた。シビルとその取り巻き女子生徒が悔しそうに私を睨みつけている。
まぁ、それは当然かも知れない。だって今も私はサイラスの右手をしっかり握りしめているのだから。
「ステファニーさん? 自分のクラスへ戻らないのですか?」
先生がいつまでも教室に戻らない私に尋ねてきた。
「いえ、今戻ります」
返事をすると、私は両手でサイラスの手を包みこむ。
「え? ステファニー?」
たじろぐサイラスに私は笑顔を向けた。
「サイラス様、放課後迎えに来てくださいね? 待っていますから」
「う、うん。もちろん迎えに行くよ」
赤くなりながら頷くサイラス。うん、彼も中々演技派じゃない。
すると……。
「何ですって!! サイラス様! その女と一緒に帰るのですか!」
シビルが痺れを切らして立ち上がった。
「ええ、だって私達交際してるから当然でしょう?」
花組の人たちの前できっぱり言い切ると、途端に生徒たちから一斉に驚きの声が上がる。
「ええ!」
「ほ、本当に!?」
「すっげー!!」
「そんな〜!!」
「皆さん! 今は写生の時間ですよ!!」
先生は大騒ぎになった生徒たちを必死に宥めている。
うん、うん。これだけ騒ぎになれば私とサイラスが交際していることは、あっという間に知れ渡るだろう。
「ステファニー! 大騒ぎになっちゃったっよ!」
サイラスはすっかり慌てている。
「そうみたいね。いいことじゃない。それじゃ、私は自分の教室に戻るわ。また放課後会いましょう」
「え? まさかこのまま行っちゃうの!?」
困りきった様子のサイラスに手を振ると、大騒ぎになっている花組を後にした――
****
「全く……サイラスやシビルたちのせいで、貴重な休み時間が終わってしまったわ」
ペタペタ廊下を歩いていると、自分のクラスから生徒たちの歌声が聞こえてきた。
「そう言えば、今は音楽の時間だったわね……」
だったら今更教室に戻らなくても、私がいないことに気づかれないだろう。
何しろ私は「クールビューティ」
騒がしいことを好まず、群れるのが嫌いで親しい友人はいないのだから。
「図書室に戻って、読書でもしていましょう」
図書館司書と私はとても親しい仲。
きっと彼女なら私がクラスを抜け出して図書室に来ても、問い詰めることはしないだろう。
その場を引き返すと、私は軽い足取りで図書室へ向った。
そっと図書室の扉を開けると、カウンターに向って座る司書の女性と目があった。
「あら、やはり来たのね? ステファニーさん」
「はい、来てしまいました。先程読書を邪魔されてしまったので」
「どうぞ、中にお入りなさい」
手招きされて、図書室の中に入ると司書の女性がカウンターの上に本を置いた。
「あ、その本は……」
「ええ、先程ステファニーさんが読んでいた本ですよ。多分来るだろうと思って本棚から抜き取っておきました」
「本当ですか? ありがとうございます」
早速司書さんから本を受け取ると、いつものお気に入りの席に座って午後の日程が終わるまで読書を続けた――
****
校舎に終了チャイムが鳴り響く頃、私はこっそり星組のクラスへ戻ってきた。
皆が帰り支度をして騒がしくしている。
そこでドサクサに紛れて自分の席に戻って、何食わぬ顔で私も帰り支度を始めた。
その様子をクラスメイト達が遠巻きに見ているが、話しかけてくる素振りはない。
だって、私は「クールビューティー」と呼ばれる存在。
騒がしいことを好まず、群れるのが嫌い。
そんな私をクラスメイト達は理解しているのだ。
先生だって、本当は私がいないことに気づいているし何処にいるのかも分かっている。
けれど、私が普通の生徒たちとは様子が違うので咎めることも出来ずにいる。
「……素敵な環境だわ」
思わずポツリと呟いた時、突然教室が騒がしくなった。
「キャア! サイラス様だわ!」
「星組にようこそ!」
「何の御用ですか?」
女子生徒たちのキャアキャア騒ぐ声に取り囲まれたサイラスの姿がある。そしてその様子を面白くなさそうに見つめる男子生徒たち。
「ふ〜ん……サイラスはこの組でも人気があるのね」
そのとき。
サイラスは私に気づいたのか、笑顔で手を振ってきた。
「ステファニー! 言われた通り迎えに来たよ!」
すると、教室はさらに一層騒がしくなる。
「ええ!? ステファニーさんの迎え!?」
「信じられない!」
「そ、そんなバカな……」
「嘘だ……」
女子生徒も男子生徒も、かなり驚いている。
まぁ、こうなることを想定して私はサイラスに教室まで迎えに来てもらうようにお願いしたのだけれど。
「ありがとう、サイラス様」
私はにっこり笑って、リュックを背負うとサイラスの元へ向った。
「失礼」
私がサイラスに近づくと、群がっていた女子生徒たちがササッと避けて道をあける。
「お待たせしました」
「う、うん」
戸惑いながら返事をするサイラスの手を、これみよがしに皆の前で繋ぐとキャアキャアと黄色い悲鳴が上がる。
「さ、帰りましょう」
「そ……そうだね」
私はわざとらしく、サイラスにピッタリ寄り添うと教室を後にした。
クラスメイト達の視線を背後に受けながら……。
「ここまで来ればいいわね」
校舎を出て、生徒たちの姿が見えなくなった所で私はパッと離れて彼を見た。
「……ねぇ? どうしたの?」
何とサイラスは顔を真っ赤にさせているではないか。
「だ、だって……ステファニーが……僕にくっついてくるから……」
「まさか、それで照れてしまったの?」
すると黙ってコクリと頷く。
「全く……自分から私と交際しているってシビルに言ったのに、そんなに照れてどうするの? それでは恋人同士のフリが出来ないじゃない」
「だ、だって……そんなこと言われても……」
ますます赤くなるサイラス。
まさか、これほどシャイだとは思わなかった。
「仕方ないわねぇ。そんなんじゃ、シビルに嘘がバレてしまうじゃない。こうなったら、特訓するしかないわね」
「え? 特訓? 特訓て何?」
サイラスは目をパチパチさせた。
「もちろん、恋人同士に見える特訓よ」
「だけど特訓なんて……どうやってするの?」
「そんなの決まっているじゃない。デートよ!」
「ええええっ!? デ、デ、デートッ!?」
余程驚いたのか、サイラスが後ずさる。
「そう、デートよ。明日はお休みだから、早速デートをしましょう!」
私はビシッとサイラスを指さした。
「そ、そんな……デートなんて……」
サイラスは真っ赤になって私をチラチラ見る。
「恋人同士はデートをするのは当然でしょう? そうやって2人の関係を深めていくのだから。それとも、シビルと交際する?」
「ええ!? そ、それはイヤだな……。僕、どうしても彼女は苦手なんだよ」
「だけど、私なら良いというわけね?」
「……うん」
ますます顔を赤らめて頷くサイラス。
「だったら、明日はデートをするわよ。というわけで、迎えに行くからお屋敷の場所を教えて頂戴」
「わ、分かったよ……」
こうして半ば強引に明日のデートの約束を取り付けた私は、迎えの馬車に乗って帰宅した――
****
「ただいま、帰りました。お母様」
帰宅した私は、真っ先に母の元へ向った。
「お帰りなさい、私の可愛い天使」
レース編みの手を止めた母が笑顔で私を迎え入れる。私の髪も、瞳も全て母譲りだ。
母は若く美しく、とても子持ちの女性には見えない。
子どものように無邪気な笑顔を向けてくる母に、私はため息をついた。
「やめて下さい、お母様。天使と呼ばれると恥ずかしいです」
「あら、どうして? だってあなたは本当に天使みたいに愛らしいじゃないの」
母は私が学園内で悪女とか、『クールビューティ』と呼ばれていることを知らないのだろう。
「それよりもお母様、明日出かけることになりましたので馬車を出す許可を下さい」
「え!? 出かけるですって? まぁ……どうしましょう」
母の顔に困惑の表情が浮かぶ。その様子を見て、いやな予感を抱いた。
「お母様……もしかして……明日、ブライ・シード様が来るのですか……?」
ブライ・シードとは、シード子爵家の長男で、つい最近ティーパーティーで知り合った令息だ。彼はどうやら私に一目惚れしてしまったらしく、図々しくも度々私を訪ねに来ていたのだった。
そして私は彼が大嫌いなのである。色白な肌に、小太りで脂ぎった肌のブライをどうして受け入れることが出来るだろう。
しかも使用人たちの噂話では、近いうちにブライは私に婚約を申し出てくるのではないだろうか……等と囁かれている。
つまり、私にとってもサイラスとの仲が噂される方が都合が良いのだ。
「ええ、そうなのよ。でも困ったわねぇ……明日、あなたの年の数だけバラの花を持ってくると伝言があったのよ」
ため息をつく母。
「お母様、何も困る必要はありません! 絶対にお断りして下さい! 明日は、どうしても出掛けなければならない用事があるのですから。それでは部屋に戻らせて頂きます」
「え? ちょ、ちょっとステファニーッ!?」
母の制止する声も聞かず、私は部屋を飛び出して自室へ向った。
冗談じゃない! こうなったら何としても明日、サイラスとのデートを成功させて周りから見ても、違和感ない恋人同士にならなければ!
――バンッ!
自室の扉を勢いよく閉めると、すぐに机に向った。
「見てなさいよ、サイラス……伊達に何冊もの恋愛小説を読んできたわけじゃないわ。完璧なデートブランを立てて、誰からも恋人同士に見られる関係を築き上げてみせるのだから……!」
そして、この日。
私は寝る直前まで、明日のデートプランの計画を練り続けるのだった――
****
――翌日9時半
「あの……本当に、ステファニー様お一人をお連れするのでしょうか? 従者も何もつけずに?」
屋敷の前に馬車を止め男性御者が困った様子で尋ねてくる。
「ええ、もちろんよ。ほら、これを見て頂戴」
「確かにこれは旦那様の筆跡ですね……」
受け取った許可証をじっと見つめる男性御者。
私は昨日、父に無理矢理書かせた馬車を使用する許可証を見せた。最初父は私一人だけ外出させることに猛反対していた。そこで言うことを聞いてくれなければもう口をきかない、と言ったところ半泣きで許可証にサインしてくれたのだ。
「それではステファニー様、どうぞ馬車にお乗り下さい」
「ええ、ありがとう。あ、行き先はここだから」
サイラスから貰っていた番地のメモを御者に渡すと、私は馬車に乗り込んだ。
「では、出発いたしますね」
扉が閉められると、すぐに馬車はレパート家へ向って走り出した――
****
10時を少し過ぎた頃に、 馬車はレパート家に到着した。
閑静な住宅街の一等地に建てられたオレンジ色の巨大な屋敷は、ベルモンド家と大差ないくらい大きかった。
「ふ〜ん。ここがサイラスの家なのね」
馬車の窓から近づいてくるベルモンド家を見つめていると、門の入口に佇むサイラスの姿が見えた。
「フフ。いい子ね、ちゃーんと待っていてくれたのだわ」
頬杖をつきながら、私はかしこまった様子で待っているサイラスを見つめながら笑みを浮かべた……。
「こんにちは、サイラス。待たせてしまったかしら?」
馬車がサイラスの前に止まると、私は窓から顔をのぞかせた。
「ううん! たった今、僕も来たところだから!」
サイラスは顔を赤らめて返事をする。私がずっと馬車から見つめていたことを知らないのだろう。
「本当? それでは馬車に乗ってくれる?」
御者が扉を開けてくれたので、早速サイラスは馬車に乗り込み……キョロキョロと周囲を見渡した。
「何してるの? 早く座りなさいよ。立っていたらいつまでも出発出来ないわよ?」
「う、うん」
戸惑いながらも着席するサイラス。すると扉は閉められ、馬車はゆっくり動き始めた。
「ねぇ、ステファニー。従者はついていないの?」
「ええ、いないわよ」
「え! それじゃ2人だけで出かけるつもりだったの!?」
目を丸くするサイラス。
「当然じゃない、何故デートに付き添いがいるのよ。だけど、サイラスだって最初から私達だけで出かけるつもりだったのじゃないの? あなたこそ供も無しに1人で門の前で待っていたじゃない」
「だってそれはステファニーが従者を連れてきていると思ったからだよ!」
「それはサイラスが勝手に思っていたことでしょう? だったら昨日、従者はいるの? って、私に尋ねるべきだったでしょう?」
「う……」
「大丈夫よ。それほど危険な場所に行くわけじゃないのだから。そんなことよりも、今日は2人きりのデートを楽しまなくちゃ。それに、どうしても私達だけでは不安だって言うなら、うちの御者に付き添いを頼めばいいでしょう?」
「そうだ! それがいいよ!」
私の提案に納得したのか、サイラスが嬉しそうに頷く。
……御者にとっては、いい迷惑かもしれないが、ここはサイラスの不安を取り除くためにも今回はデートに付き添ってもらうしか無いだろう。
「それで、デートは何処に行くの?」
サイラスは身を乗り出してきた。
「ええ、まずは……動物園に行くわよ!」
デートの定番といえば動物園だ。
「動物園かぁ……楽しみだな」
「ええ、楽しみにしていて頂戴」
私は、ほくそ笑んだ。
実はサイラスには内緒にしているのだが、私にはある計画があったのだ――
****
「ええっ!? わ、私が今日お二人の付き添いをするのですか!?」
動物園の馬繋馬に到着すると、御者の驚きの声が辺りに響き渡った。
「ええ、そうよ。だって、誰か従者がいないと不安でたまらないとサイラスが言ってるのだから、仕方ないでしょう?」
私の言葉にコクコクと激しく頷くサイラス。
「で、ですが私はただの御者ですよ!? お二人の付き添いなんて……!」
「何も付き添いと言っても堅苦しく考えなくていいわよ。ただ私達の後ろを黙ってついて歩けばいいのだから。別にガイドをしてくれと言ってるわけじゃないし」
「え? 何ですか? ガイドって」
私の言葉に首を傾げる男性御者。
「いいのよ、今のセリフは忘れて頂戴。そうねぇ……もし、今日のデートにずっと付き添ってくれたら私から特別手当を出してあげるわ。給料の半分を手当として出してあげる」
「え!? は、半分ですか!?」
途端に目の色が変わった。
「そう、半分よ。どう? やる?」
「はい! やります! いえ、どうぞやらせて下さい! どうせ馬車で待機をしているだけの身だったので、何処へなりともついて参ります!」
「なら、決定ね。では行きましょう」
私は早速サイラスの左手を握りしめた。
「え? ステファニー?」
慌てた様子でサイラスが私を見る。
「何よ。もうデートは始まっているのよ? あなたは3人分の入場チケットを買ってきて頂戴」
私は御者にポケットマネーを渡した。
「はい、ただいま買ってまいります!」
御者はお金を受け取るとチケット売り場へ向って駆け出し、あっという間に戻ってきた。
「ステファニー様! 3人分のチケット買ってまいりました!」
「ありがとう、それじゃ私達の分のチケットを頂戴」
「こちらになります」
御者から2人分のチケットを預かると、1枚をサイラスに差し出した。
「はい、あなたの分」
「あ、ありがとう。そうだ、僕の分のお金……」
「あ〜それならいいのよ」
「え? だけど……」
「今回のデートは私が強引に誘ったのだから、お金は私が出すわ。大体、男性がデート費用を全額持つという考え方事態がおかしいのよ、普段は男女平等なんて言っているくせに、こういうときだけ性別を持ち出すのはどうかと思うわ。やっぱりこの世は全てにおいて、男女平等でいかないとね」
熱弁をふるう私。
「そ、そうなんだ。言っている意味が良くわからないけれど、奢ってくれるってことだよね? ありがとう」
「ええ。それじゃ、早速中へ入るわよ」
「うん」
私達は手をしっかり繋ぎ合うと、動物園の中へ入っていった。
****
「うわ〜見てよ、ステファニー! 像がいるよ。 大きいね〜。あ! 向こうにはキリンがいる。見に行こうよ!」
サイラスは動物が好きなのか、すっかり夢中になっている。別に私は動物が好きというわけでも、見て興奮するような年でもない。けれど、サイラスが目をキラキラ輝かせて動物を見ている姿は実に微笑ましい。
動物園なんてデート場所に子供っぽいかと思ったけど、来て良かった。
「どうしたの? ステファニー」
私を見て、首を傾げる。
「いいえ、何でもないわ。それで次はどの動物を見に行きたいの?」
「向こうの檻にはライオンがいるみたいだよ、行ってみようよ」
「そうね、行きましょう」
サイラスと手を繋いで歩く私達の後ろから黙ってついてくる御者。
やはり、従者がいるということでサイラスは安心しきっているようだ。
****
「あ〜楽しかった。ねぇ、次は何処へ行く?」
一通り動物を見て回り、今私とサイラスは園内にある売店でジュースを買って飲んでいた。
「ええ、次は……」
――その時。
「あっ!! な、何でこんなところに!?」
聞き覚えのある声が辺りに響いた。
声の聞こえた方向へ顔を向ければ、子豚……もとい、ブライが真っ赤な顔でこちらを指さしてプルプル震えて立っていた。
彼の後ろには2人の従者らしき男性がいる。きっと動物園好きのブライに付き添って来たのだろう。
「ねぇ、彼は誰なの?」
耳元でサイラスが尋ねてくる。
「あぁ、彼はね私のストーカーなの」
私もサイラスの耳元で囁き……彼の耳が真っ赤に染まる。
「ス……ストーカー……? ストーカーって何?」
「それはね、相手の気持ちを考えずにつきまとってくる人の事を言うのよ」
「え!? そうなの? それはイヤだね」
するとブライがイライラしながら近づいてきた。
「こら! 勝手にくっつくなよ!」
「近づかないで頂戴!! 私は今、彼とデート中なのだから!」
ピシャリと言ってのけ、サイラスの腕に自分の腕を絡める。
「そうだよ。僕たちは恋人同士なんだから邪魔をしないでくれないか?」
「な、何だと〜!! お、俺を誰だと思ってるんだよ!」
「ええ。良く分かってるわ。あんたはブライ・シード子爵。子爵家のくせに、伯爵家の私に婚約を迫ってくる最低な男よ」
大体、ブライは私よりも身分が低い貴族のくせに横柄な態度をとることが許せない。若さゆえ……と言われても我慢の限界だ。
「だ、だったらそっちの男はどうなんだよ! 俺よりも貧乏そうな服を着ているじゃないか! どうせ俺より身分が下に決まってる! どうなんだよ!」
シード家は子爵家だが資産はある。成金趣味たっぷりの服を着たブライはサイラスを指さした。
「僕は侯爵家だよ。でも別にそれがすごいことだとは思わないけど」
「え!? 侯爵家だったの!?」
それは驚きだ。まさかサイラスがそんなに身分が高いとは思わなかった。しかも余裕の発言だ。
「な、何!? こ、侯爵家……? そ、それじゃ……ステファニーが今まで婚約を嫌がっていたのは……」
明らかにブライが震えている。
「ええ、そうよ。彼がいるからに決まっているでしょう? 何と言っても私達は恋人同士なんだもの」
「そ、そ、そんなぁ……ステファニー……」
あ、いやだ。ブライが涙目になってる。
「うわぁああああっ!!」
ブライは余程ショックだったのか、くるりと背を向けると走り去っていた。
「あ! ブライ様!」
「お待ち下さい!」
そしてその後を追う2人の従者。
「やれやれ……やっと静かになったわね」
再びジュースを飲み始めるとサイラスが尋ねてきた。
「ねぇ、ひょっとして動物園に来たのって……」
「あら、分かった? ブライはね、3度の食事の次に動物園が好きなの。週末は暇さえあれば動物園に来ているのよ。本当は会いたくなかったけど、やむを得ないわ。でもこれで私達のことを恋人同士と思ったはずだから婚約を申し出てくることはなくなるはずよ」
「え……それじゃ、ひょっとして今日のデートは終わりになるのかな?」
サイラスが何処か寂しそうな様子を見せる。
「まさか。だって今日は他にも色々計画を立てたのだから、終わりにするはずないでしょう。さて、そろそろ次の場所へ行きましょうよ」
「次は何処へ行くの?」
「フフフ……次は美術館よ! そこで今日はイベントがあるんだから」
私はにっこり笑った。
――その後。
私達は美術館で写生大会に参加したり、食事をしたり、公園に遊びに行ったり……と恋人らしい1日を過ごしたのだった――
****
「今日は、ありがとう! 本当に楽しかったよ!」
夕方になり、サイラスを屋敷の前まで送り届けると彼は嬉しそうに笑った。
「はい、これあげるわ」
私は自分が描いた絵をサイラスに渡した。
「あ……これは」
サイラスが絵を見て嬉しそうに笑う。
「そう、あなたを描いたの? 上手かしら?」
「うん! とっても上手だよ! まるで画家みたいだ!」
「それは当然でしょう? だって私は……」
そこで私は危うく自分の秘密を口にしそうになった。
「え? 私は……何?」
「いいえ、何でもないわ。それじゃ、私は帰るわね」
「ま、待って!! ステファニーッ!!」
馬車に乗り込もうとしたところを、サイラスが突然腕を掴んで引き止めてきた。
「あら? どうしたの?」
「あ、あのさ……来週もまたデートしない?」
サイラスは真っ赤になりながら尋ねてくる。
「う~ん……そうね……」
取り合えず、私はしつこいブライを追い払うことが出来た。肝心なのはシビルの方だろう。
「どう? だ、だめ……かなぁ?」
「それはシビル次第ね。もしまだシビルがサイラスにしつこく交際を迫って来るようなら、引き続き仲の良いふりをしましょう?」
「うん! 分かったよ!」
笑顔で元気よく頷くサイラスは可愛らしい。
「それじゃ、またね」
「うん! またね!」
こうして私はサイラスに見守られながら家路に就いた――
****
――翌日
私の世界は一変していた。
私はクールビューティ。騒がしいことを好まず、群れるのが嫌い。1人、静かに読書をして過ごす時間をこよなく愛しているのだが……。
「おはよう」
いつものように教室に入ると、その場にいた生徒達が一斉に注目した。
そして次の瞬間、全員が私に駆け寄って来たのだ。
「ステファニーさん、昨日デートしてたよね!?」
「相手はサイラス様でしょう?」
「いつから2人は交際していたの!?」
全員が私を取り囲んで、一斉に質問を投げかけてくる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて‥…!」
なのに誰もが聞く耳を持たない。
「動物園でデートしてたでしょう?」
「私は美術館で見たわ!」
「違うよ! 公園だよ!」
ワイワイガヤガヤと叫ぶ星組の生徒、静かな環境を好む私にとっては煩くてたまらない。
「ええ、そうよ! 確かにデートをしたわ。だって私たちは交際中だもの。それ以上話すことは無いわ。それよりサイラスの所へ行くから失礼するわね」
それだけ告げると、たった今入って来た教室を出て行いき、サイラスのいる花組へ向かった。
私のクラスでこれだけ騒がれているなら、きっと今頃サイラスも……。
それを今から確かめに行かなければ!!
私は駆け足で花組へ向かった――
「サイラス様!」
花組の教室へ行くと、サイラスはクラスメイト達に取り囲まれていた。
その中にはシビルの姿もある。
私が教室に現れると、一斉に視線が向けられる。
「あ! ステファニー!」
サイラスが嬉しそうに手を振ると、周囲が騒めく。
「ステファニーが来たぞ」
「いつ見ても綺麗だな~」
「やっぱり2人は交際しているのね!?」
シビルが悔しそうな顔を浮かべているが……文句を言ってくる気配は無い。
よし、この分ならもうシビルはほっておいても大丈夫だろう。
「サイラス様。2人だけでお話があるの。来てくれる?」
チョイチョイと手招きする。
「うん、いいよ! どこでも付き合うよ」
サイラスは笑顔で立ち上がると私の元へやってきて……手を繋いできた。
「さぁ、行こうか? ステファニー」
「え、ええ。行きましょうか?」
たった1日で随分積極的になったサイラスに戸惑いながら、私は頷いた――
****
2人で中庭のベンチに座ると、早速サイラスに尋ねた。
「どうやらうまくいったみたいね。たった1日だけど、もう私たちが恋人同士になった事を皆が認めているみたいじゃない」
「うん、そうなんだよ。それでシビルは、もう諦めると言ってくれたんだよ。もう別の相手を探すって」
ニコニコするサイラス。
「そう。それは良かったわ。だったら、もう恋人同士のフリをする必要も無いわね?
少しの間、皆の見ている前でだけ仲良いふりをして、徐々に距離をあけましょう」
すると私の言葉にサイラスの顔が青ざめる。
「え!? ど、どうして!?」
「だって、私群れるのは好きじゃないのよ」
元々私はこの学園内では、ひとりでいるのが好きなのだ。
まぁ私の立場になってみれば、誰だってそう思うだろう。
「そんなぁ! 嘘だよね!? 昨日あんなに楽しくデートしたよね?」
「ええ、確かに。でも、それは演技だから。大体初めから恋人同士のフリをするって話だったでしょう? ……ねぇ、まさかとは思うけど……ひょっとしてあなたは私のことが好きなの?」
「そ、そうだよ…‥僕はステファニーが好きだったから……シビルに嘘をついたんだよ!」
サイラスは顔を真っ赤にさせて私を見た。
「……あ、やっぱりね」
「ステファニー。僕は君が好きです。どうか僕と正式にお付き合いしてください!」
「それは無理よ。……というか、私はこの学園の誰とも付き合いたくはないのよ」
即答する私。
私は恋愛が嫌いなわけでは無い。むしろ恋愛は大好物だ。何しろ愛読書は恋愛小説なのだから。
だけど、この学園の男子生徒を恋愛対象として見れない重大な理由が私にはあるのだから。
「ねぇ、この学園の誰とも付き合いたくないって言ってるけど、ひょっとして別の学園に好きな人がいるの?」
「まさか。そんなはずないじゃない」
腕組みして答える。
「だ、だったら……僕じゃ駄目なの? これでも僕は……」
「女の子に人気があるって言いたいんでしょう? でもそれが何か?」
だけど、そんなことは今の私には全く関係ないことだ。
「何って……それじゃ、どうして駄目なのか教えてよ」
必死に尋ねてくるサイラス。俯いてプルプル震えている姿は可愛らしいけれども……。私は『クールビューティ』。決して感情で流されたりはしない。
「なら、はっきり言ってあげる。私はねぇ! あなた達みたいなお子ちゃまは嫌なのよ!!」
ビシッとサイラスを指さした。
「お、お子ちゃまって……だって僕たち5歳だよ?」
顔を真っ赤にさせて訴えるサイラスは今にも泣きそうになっている。
「ええ、そうよ。私も5歳、あなたも5歳。だけどねぇ、私は大人の男性がいいの! チンチクリンの子供には興味ないのよ!」
「チ、チンチクリンて……う、うわあぁああんっ! ステファニーのばかーっ!!」
とうとう、サイラスは我慢できずに泣きながら走り去って行った。
きっとあんなに泣けば今日の昼休みは泣きつかれて、お昼寝タイムに入るだろう。
「全く。子供のくせに、この私と付き合おうなんて……10年、いえ15年は早いわね」
バサッと長い髪の毛を後ろに払う。
「え~と……確か、今日の予定はお遊戯に、園庭遊び‥‥‥お昼寝タイムの後は図工だったわね。まぁ図工ぐらいは出てもいいかしら……だったら、行く先は決まっているわね」
私は立ち上がると星組の教室には寄らず、図書室へ足を向けた。
****
「あら、いらっしゃい。ステファニーさん。またクラスを抜け出してきたのね?」
司書の女性がカウンターから笑顔で私を迎える。この人だけが私を子ども扱いしないでくれる。
だから私は彼女に親近感を抱いていた。
「おはようございます。はい、またしても抜け出してきました。お勧めの恋愛小説はありますか?」
「ええ、勿論です。何しろステファニーさんの為だけに用意した本ですから」
ニコリと笑みを浮かべ、女性司書は本をカウンターに置いた。
「この本はお勧めですよ。中々濃厚な恋愛が描かれていますから」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
喜んで本を受け取ると、私は早速いつもの席に座って読書を始めた。
「…‥はぁ~……やっぱり恋愛小説って最高よね……前世を思い出すわ……」
私の前世は25歳の日本人女性で、フリーのイラストレーターだった。仕事と恋人に恵まれ、充実した日々を過ごしていたそんなある日。
大きな仕事を任され、何日も寝ないで必死にイラストを制作し……納品したその日の内に倒れてしまい、気が付いたらこの世界に生まれていたのだ。
前世の記憶が鮮明に残っている私が、普通でいられるはずがない。
精神年齢が成人に達しているのに、幼稚な子供達と混ざって幼稚な授業? を受け入れられるはずが無い。
そこで図書室に逃げ込み、先生用の図書コーナーで大人の恋愛小説を読んでいた。
その現場を司書の女性……エリザベスさんに見つかってしまい、今に至る関係になったのだ。
「ステファニーさん、お茶をどうぞ」
読書をしていると、エリザベスさんが紅茶を注がれたティーカップを置いてくれた。
「ありがとうございます」
笑顔で返事をするとエリザベスさんがニコリと笑った。
「この間は痴話喧嘩に巻き込まれて大変でしたね?」
「本当に大変でしたよ。全く……5歳児のくせに、最近の子供はませているのだから」
紅茶を飲むとため息をつく。
「でも、あの男の子とは仲良く遊んでいたじゃないですか?」
「え!? な、何故それを!?」
「実は私もあの日、恋人と動物園に行っていたのですよ。中々お似合いのカップルでしたわ。皆、あなた達を見て微笑ましく笑っていましたから」
「まぁ、彼は普通の5歳児よりは大人びているかもしれませんけど……所詮、私の相手ではありませんから」
ため息をつくと、司書の女性は更に笑顔になった。
「あら? でも今は駄目でも、将来はどうなるか分かりませんよ? 何せ、この学園は大学まで一貫校ですから」
「それは無いですよ。だって、私先程こっぴどく彼を振りましたから。今の私はおままごとの恋愛より、本の中の恋愛の方が余程興味ありますからね」
そして再び本に目を通した。
この時の私はまだ何も知らない。
15年後……輝くような美青年になったサイラスといずれ結婚するという事実を――
<完>