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第369話 う・か・つ

 普通のダンジョンだと、エリア変更は大体3フロアごとにある。でもこの日光ダンジョンは上級に時々ある「例外」に当てはまって、10層ごとにエリアが変わる。

 2層から10層は森林、11層から20層は岩場、21層から30層は溶岩エリアだ。この、「森林エリアが下の方にない」っていうのが重要だよね! 状態異常はごめんです!


「ウィンドカッター」


『環境保護団体からクレームが来るレベル』

『森林エリアモンスター組合です。これ以上木を伐採しないでください』

『もうやめてー。日光ダンジョンのHPは残り半分よ』


 蓮が一発魔法を撃つだけでごっそりと木が倒れていくから、だんだんコメント欄もおふざけが加速していくね。森林エリアモンスター組合って、アルミラージが「No more 森林破壊」って立て札を持ってるのを想像して、私も思わずニヤリとしてしまった。


「アイリちゃん、ペース大丈夫?」

「うん、大丈夫。今のところおこぼれの経験値をもらうだけの楽なお仕事」


 蓮がいつものペースで進むので、「いつものメンバー」じゃないあいちゃんを聖弥くんが気遣っている。ははっ、隙あらばイチャイチャするね、そこのふたりは。


 まあ、実際あいちゃんの言うとおり、蓮のウィンドカッターに巻き込まれるモンスターが倒されてるだけで私たちは全然戦闘していない。

 余裕がありすぎるので、今のうちに「もし出会っちゃったら」ってことで麒麟対策を相談することになったんだけど……。


「あんまり戦いたくないよね。一応モンスターだけど」

「どうやって当たり判定取られずにやり過ごすかってことだよね」

「倒す方法の方が簡単そう」


 このメンバーの中で一番の戦闘脳な彩花ちゃんも、策士の聖弥くんもあまりいいアイディアは出ないみたいだ。こういうことだとバス屋さんは更に頼りにならず、あいちゃんも割と脳筋なところがあるので向いてない。


『心を無にするのだ』

『ZENの教えだ』

『フォースを信じよ』


 そして、基本的に他人事なコメントはもっと頼りにならない! ZENって何ー。


「ゼン……もしかして禅? 具体的に何したらいいの?」


『せやから、心を無にするんや工藤』


 バス屋さんが問い返したらコメントが堂々巡りになってしまった。心を無にする、かあ。それは、難しすぎるんじゃないかな。


『麒麟に出会わないことを祈るのが一番では?』

『祈れば祈るほどフラグになる件』

『レア湧きにそうそう出会ってたまるか』

『いやいや、こいつらの運をバカにしてはいけない』


 コメントを「ふむふむ」と見ながら私も考えていたんだけど、確かにレア湧きに出会う可能性って考えると「そんなに高くないんでは?」って思うんだよね。でも……。


「ダンジョンの仕組み、いまいち謎が多いんだけど、一度出現しちゃった敵って倒されない限り居続けるのかな?」

「うげっ……」


 私が呟いたことに蓮が呻いた。つまり、「一度出現した麒麟は、誰かに倒されない限り居座ってるのでは?」ということだね。

 ドラゴン四天王とかは確かにレア湧きだけど、倒したって話も聞くもん。ママなんか従魔にしてるしね。


「ゆーちゃん、ストップ。それ以上言っちゃダメな気がする」

「私もそう思うけど、疑問に思っちゃったんだもんー」


 なんか、麒麟出現フラグがビシバシと立ってる気がする! でも、既にダンジョンに出現して放置されてるとしたら、いてもおかしくないんだよね。


「あ、こんなときにはあれだ! ボス討伐報告サイト」

「おおっ、蓮ってば冴えてるー!」


 確かにボス討伐報告サイトを見れば、少なくとも報告をした分に関しては「最下層まで到達した人がいる日」がわかるよね。これが最近だとしたら、今麒麟がいる確率は低くなるってことだ!


「……6年前だ! 終了!」


 さくさくと検索をした蓮ががっくりとスマホをしまう。同時に私たちの中でも「うげー」という空気が漂った。


「うーん、どうしよっかーと考えている間にもう11層なんだけど、一度休憩してちゃんとみんなで相談した方がいい奴?」


『そうしろ!』

『敢えて考えない方がいいんじゃない?』


 うっ、コメントが賛否両論だ……どうしよう。

 そして「休憩する? どうする?」「でもまだダンジョンに潜り始めて30分しか経ってないし」と私たちが悩みながら11層を歩き始めたとき――。


 私のスマホが、いきなり落ちた。剥き出しの岩肌に当たるゴトッという音が響く。


「えっ……?」


 慌てて拾い上げてみたら、画面が真っ暗だ。サーッと血の気が引いていくけど、電源ボタンを長押ししてみたらバッテリーが空になっている表示が出た。


 まさかの! 充電切れ!

 配信中にこんなこと初めてだよ!


「ゆーちゃん!? どうしたの!?」

「やだー! 充電切れたー! 信じらんない!」

「はぁ!? 配信始める前に確認しなかったのか?」

「昨日の夜充電したのに、いつもならこんなことないのに!」

「充電し損ねたんじゃね!?」


 慌ててアイテムバッグの中からモバイルバッテリーを出すけど、よりによって配信がぶっちぎれちゃったから凄く焦る!

 私があわあわとモバイルバッテリーからケーブルをスマホに繋ごうとしていると、「もー、何やってるの」と全員が私の周りを囲んだ。ヤマトまでぴょんぴょん飛び上がって私の作業を見守っている。


「やだやだ、どうしよう。充電しながらだと飛ばせないじゃん!? 一度階段に戻って充電できるまで待った方がいい!?」


 大慌てになりながらも充電しながらとりあえずスマホを再起動させて、ourtubeアプリを立ち上げようと……するけど、あああ、今再起動したばっかりだから電波拾ってない!


「スゥー……スゥー」

「人の後ろでスースー言わないでよ~、今それどころじゃないんだからぁ」


 なんか首の辺りに鼻息っぽいものを感じて、私は「誰じゃ!」と振り返った。

 ……そこにいたのは、鹿っぽい胴体に長い顔、額の中央に角が1本生えていて5色のたてがみをした……。


「今それどころじゃないのに麒麟がいるー!」


 条件反射的にその馬のように長い鼻っ面を撫でながら、私は思いっきり叫んだ……。


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