寧々ちゃんが設立した「株式会社NeNe工房」は、あらゆるクラフトを受注している。
そもそも、冒険者科のクラフト専攻の人だけでもほぼ全てのジャンルを網羅してるんだって。武器防具の基本はもちろんのこと、五十嵐先輩とかアイテムクラフトの人もいる。
うちのクラスにはまだアイテムを専門にクラフトしてる人はいないけど、数人アイテムクラフトもやり始めたから層が厚くなりそうだ。そもそも、アイテムクラフトは消耗品が多いから一番死に筋じゃないそうで。
武器防具と違ってフェチが出にくいから、熱烈にそこを目指す人ってあんまり多くないみたいなんだけどね。
唯一、「冒険者科の現役生と直近の卒業生では現状無理」と言われているのは、アクセサリークラフト。これは防具の一種に位置づけられるんだけど、アクセサリーのデザインはかなりのセンスと経験を要するみたいなんだよね。
あいちゃんですら、アクセサリーの注文は進んで受けようとはしない。私のリングブレスを作ってくれたのも、あいちゃんのお父さんの知り合いだし。
「しばらくは、冒険者科関係じゃない人に完全外注だね」
「そうだね。最初からジュエリーデザイナーを目指してるような人がいれば、修行に手助けしてもいいくらい」
「高校生の段階でジュエリーデザイナーを目指してるような人は、乙女ゲーでしか見たことがないよ」
業間休みの教室の一角であいちゃんと寧々ちゃんと柴田さんが腕を組んで、うーむと唸っている。
……株式会社の経営会議もどきがお菓子を摘まみながら行われている高校の教室って、なんだろうな?
「実際問題、アクセクラフトってどのくらい発注来てるの?」
あいちゃんが長い脚を組み替えて寧々ちゃんに尋ねている。寧々ちゃんは書類もなにも見ずにそれに答えた。そのくらい少ないんだろうな。
「それがね、今までは5件だったけどカスタムクラフトに偏ってるんだー。この金属とこの宝石を使って、毒無効の指輪を作って欲しいとかそんな感じ。だから平原さんには余計アクセサリーをできそうならやって欲しくて」
「ああ、なるなるー。理解。ゆーちゃんの配信で毒無効の指輪の価値がちょっと見直されたもんね。でも宝箱産はデザインがダサいからカスタムクラフトでぱっと見それとわからない毒無効の指輪を作っちゃえってことか」
「あああああああああああーーー!!!!」
毒無効の指輪を作っちゃえ――あいちゃんのその言葉を聞いて思わず私は大声を上げていた。
その手が! その手があった! カスタムクラフトっていうチートスキルが!
「うわあ、びっくりした! 柳川さん、いきなり叫ばないでよ」
柴田さんに抗議されたけど、私は他の人の机にぶつかりながらも3人のところへ飛んでいった。
「ねえ、今まで宝箱から出るようなアイテムをカスタムクラフトするって発想がなかったんだけどさ、もしかして不滅の指輪とか作れちゃったりする!?」
新宿ダンジョンの攻略が完了した今、不滅の指輪の入手は私たちにとって優先課題じゃない。
だけど、私や彩花ちゃんみたいに「バカ強いけどRST低め」な人の状態異常による危険度を下げるという意味合いでは、あれは持ってるに越したことないんだよね。
今でも上級ダンジョン下層で森林エリアがあるダンジョンは、万が一のことを考えるとご遠慮したいと思ってるくらいだもん。
というか、カスタムクラフトをするときに説明文を書き込むけど、あそこに「攻撃対象のLVを1に下げる」とか書いたら撫子のあの武器を再現できるんでは!?
勢い込んで尋ねた私に対して、寧々ちゃんは冷静だった。顔の前で手をちょっと振り、さほどがっくりもせず簡単に答えてくれた。
「ううん、実は最初のうちに試したけどダメだった。効果はひとつにつき一種類しか付かないの」
「ダメでしたか……」
「カスタムクラフトも万能じゃないってことだね」
「それができてたら、既にゆーちゃんに報告してたんじゃない?」
がくりと肩を落とす私に、柴田さんとあいちゃんが慰めるように声を掛けてくれる。
もしかして、クラフトの人の方がクラフトの限界ってものを見極めてるのかも。
「柚香ちゃんがLV1に戻されたことがあったでしょ? あの武器も再現できたらレベリングに革命が起きるから、色々文言を変えて試したけど作れなかったの。アプリ上の仕様に書き込んでも、できた武器を鑑定するとそこの文章がすぽんと抜け落ちててね」
「さすねね!」
やっぱり、「再現できたらレベリングに革命が起こる」ってそこをちゃんと理解してたんだ。さすが寧々ちゃん!
「そっかー。まさにそこも考えたことあったんだよね。そっかー、できないんだー。残念」
「カスタムクラフトでは作れないってことがわかったよ。もしかしたら、そういう伝承を持つ武器があったら、誰かの適正武器としてどこかで普通のフリークラフトで出る可能性はあるかも。適正武器を見られる金沢さんみたいなクラフトマンは、うちの会社ができてから逆にお仕事増えたんだって」
あ、そうかー。逆にそこは普通のクラフトの可能性なんだね。
なるほどなるほど、カスタムクラフトが上位互換というわけじゃなくて、フリークラフトでしかあり得ないものもあるんだ。
金沢さんみたいに適正武器が見抜けるクラフトマンは、純粋にそういう素質を持ってる人か、凄く経験を積んだ人らしい。金沢さんの場合は「伝説金属と縁の強い持ち主」という条件で適正を見抜くけど、武器の匠は顔で適正武器を当てちゃうらしい。「刀顔」とか「斧顔」とかあるらしくて……どんな顔なんだろうか。
NeNe工房ができたおかげで高校を卒業したばかりのクラフトでもお仕事が得られるようになったけど、その反面で既存のクラフトマンとの棲み分けはどうするんだろうなあとちょっと心配してたから、それを知れたのはよかった。
金沢さんには私たちも凄くお世話になったしね。
「今までのアクセサリーはどうしたの?」
「それがね、カスタムクラフトでわざわざ作りたいってだけあって、デザインにこだわりがあることが多くて……。ヒアリングに他の武器防具の3倍以上は時間が掛かったし、写真持ち込んでこのデザインでって言う人もいて、場合によってはそのアクセサリーの制作元に連絡してデザインの使用許可を別に取らないといけなかったりして」
「ぎえー、既存デザインだとそういうことも起きるんだ」
正直アクセサリークラフトは割に合わないと、寧々ちゃんはため息をつきながら嘆いている。でも将来的なことを考えると「アクセサリーだけ受けません」ってことも言いにくいしね。
悩ましいなあ。