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第363話 冒険者科の新入生

 4月、無事に私たちは進級し、冒険者科には1年生が入ってきた。

 ママから聞いたんだけど、今年北峰高校の冒険者科は倍率が凄かったらしい。なぁぜなぁぜ? と思ったら「あんたたちの影響よ」とスッパリ言われた!

 ママは「高校の倍率とかは新聞に載ってるわよ」ってさらっと言ってたけど、そういえば去年私が受験するときに聞いたかも。


 県内の冒険者科は、他にも横浜と相模原と大磯と横須賀にある。「初級ダンジョンが近くにある県立高校」の中で、立地が偏らないようにした結果みたいなんだけど。

 神奈川は高校もダンジョンも多いから、冒険者を目指す人も困らないんじゃないかなーとなんとなく思ってた。


 私たちが高校生でバズったから、高校から冒険者しよう! と思う人が増えたのかと思ったけど、それは微々たる量でしかないようで。

 なのに北峰が倍率爆上がりして、他の冒険者科は定員割れしたそうな。


「北峰に入れば、確実にユズのサポートが受けられて有利になるからよ。相武台北高とか小磯高校とか目指してた子は、同じ沿線で来られるし北峰にシフトしたケースも多いんじゃない? 後は単純に、芸能人が進学したりするとその学校を受験する人が増えるケースよ。北峰は普通科も倍率上がってたわね」

「えー? それじゃあまるで私たちを見にうちの高校に来るみたいじゃん」

「みたい、じゃなくてそうなのよ!」


 ……なんて会話をママとしたのが3月のこと。

 始業式と入学式が終わっていつも通りのスパルタな高校生活が始まったなーと思ったら。


「本当にゆ~かちゃんだ! 写真一緒に撮ってもいいですか!?」


 制服に付いてる校章と、ジャージの差し色の学年カラーでわかる1年生に何度かそう声を掛けられた。マジか……。


「あー、俺も声かけられた」

「僕も」

「ボクも」

「私も」

「俺も」


 2年生になって教室は変わったけど、顔ぶれは変わらない。

 一緒に写真撮ってって言われちゃったーと話したら、まず蓮が、そして聖弥くんが「自分も同じように声を掛けられた」と同調し、彩花ちゃんとあいちゃんも声を上げた。

 で、最後は、前田くんだ。何故?


「あ、柳川、『何故』って思っただろ。俺と中森さー、去年の文化祭の動画で有名になっちゃって。金剛力士像の人ですよねって言われた」


 私の考えてることは、瞬時に表情から悟られた。

 金剛力士像の人かぁ……。


 去年の文化祭の女装、私が告知には綺麗な女装男子の「原形留めてないズ」を使ったのに、お客さんが上げた動画がうっかりバズったんだよね。

 前田くんが中森くんとふたりで、ミニスカメイドのまま金剛力士像のものまねしてるやつで。ふざけてやったらウケちゃったのでちょっとした撮影会になったらしい。


 角刈りにホワイトプリムが死ぬほど似合わないのと、すね毛はちゃんと処理してあるのと、前田くんが無駄に整った顔でキリッとしてるのが面白くはあったんだけど……まさか新入生にそれで声を掛けられることになるなんて思ってなかっただろうね。


 それ以外の私たちはネット上で万単位で見られてる人間だから、「同地域・同年代」に絞ったら身近さもあって余計知られてる可能性もあるわけで。

 まして、冒険者科にわざわざ入るんだから、私たちの動画見ててもおかしくないよねってみんなで言い合いながらその場は終わった。


 2日もすると、1年生は地獄のブートキャンプが始まってあっという間におとなしくなった。余裕がなくなったとも言う。

 そして私と彩花ちゃんと蓮は、先生と相談した上で1年生のサポートをすることになった。――ぶっちゃけこの3人と聖弥くんは、もう実技の授業の意味があんまりないんだよね。


 授業だからと出席はするけど、打ち合いする相手が私は彩花ちゃん、蓮は聖弥くん固定になっちゃうからあまり面白くない。だったら、1年生のステータス上げに付き合った方がいい。

 それに私たちが構えた盾に向かって剣を振ってもらうだけでも、大幅に力が伸びる。安西先輩でちゃんと確認済みだ。


 でも、VITやDEXは目に見える効果が出なかったから、そこは地道に走り込みとか手先を使う練習で伸ばしてもらうしかない。

 ママが「ダンスはAGIとDEXが伸びるわよ」って前に言ってたけど、今から考えるとあれも結構信憑性があるなあ。先生に提案してみよう。


 1年生は6月にならないとダンジョン解禁されないから、今のうちに打ち込みしてればいいスタートが切れるはず。

 授業で使う武器は刃を潰してあるけど重さがそれなりにあるから、持ち慣れてない最初の頃は振ってるだけでヘロヘロになってるけどね。

 ひとり、それなりのフォームで打ち込んでくる男子がいる。


「おっ、剣筋が既にできてる。1年生のこの時期でこれは凄いかも」

「へへっ、俺は他の1年生とは違いますよ! Y quartetにも入れるでしょ?」


 ちょっと褒めたら即ドヤったけども!? それを聞いて彩花ちゃんと蓮がピキッと青筋を立ててるし!


「俺の名前、弓削ゆげ政宗まさむねっていうんですよ! Y入ってるし!」

「いや、入れないからね」


 私は「入れないよ」ってすぐに釘を刺しておいたけど、弓削くんの「Y入ってる」は蓮と彩花ちゃんの地雷を見事に踏み抜いた。

 蓮は前にバス屋さんの「Y入ってるから入れる」を見過ごした結果、彩花ちゃんまでゴリ押しで入られたという苦い経験がある。彩花ちゃんは彩花ちゃんで、「名前縛りだから入れない」とかなり強固に拒まれた事実がある。


 だから――。


「あぁん? Yがあれば誰でも入れると思うなよ?」

「これ以上ひとりも増やさないからな? 柚香が甘くしてもだ」


 ……こういう時は、このふたりは足並みを揃えるんだよね。

 しかしふたりに威嚇されても、弓削くんはちょっとムッとしただけで折れなかった。


「えー、俺マジでひとりだけ別格に強いっすよ? 入れないと損ですよ」

「わあー、弓削くんは自己肯定感が高いフレンズなんだねー」


 思わず棒読みで言ってしまったけど、弓削くんは私のストレートな嫌味に気づかないのか得意げにしている。

 これは……ヤバいね。思わず冷や汗が流れてきた。

 何がヤバいって、蓮と彩花ちゃんが放ってる本気スレスレの殺気に気づいてない域なのに、「自分をY quartetに入れないと損」とか言い切っちゃってること。


 1年生の担任の片桐先生に目で「どうなんです?」と訊いてみたら、首を振りながら肩をすくめられた。先生もどうも弓削くんの増長は目に余ると思ってるみたいだ。


「俺の実力見せますよ。試合しましょうよ」

「あー、じゃあ実技最弱の俺がまず相手だな」

「そうだねー、安永蓮に勝てたらちょっと考えてやってもいいかなー」


 蓮がそう言い出したので、彩花ちゃんがショートソードを蓮に渡した。その時に「叩きのめせ」「怪我しない程度にな」ってぼそっと言い合ってるし!


「蓮先輩って弱いって有名ですよね。LVは高いけど」


 彩花ちゃんの出す条件に当然のように乗ってくるし、蓮を弱いと言うし。こいつ……剣筋は多少できてるにしろLV1で何故こんなに自信満々なんだろう?

 確かに蓮はMAG高いのが有名だけど、聖弥くんよりその他のステータスも高いのに。それに半年以上冒険者科で武器を握ってきてるんだから、さすがにそっちの方もそれなりになってるんだよね。


「じゃあ、模擬戦闘開始!」


 片桐先生の一言で試合が始まり、弓削くんは余裕綽々の顔で蓮に向かってショートソードを振るい――蓮に一撃で剣を吹っ飛ばされてしばらく呆然としていた。


「最弱の俺より物理弱いんじゃダメだな」


 蓮が鼻で笑ってショートソードをもう一度振る。それだけでブン、という音がして、どれだけの速さで振ってるのか一部は気づいて青ざめてるね。

 あまりに一瞬で勝負が決まったので、弓削くんばかりか1年生全員が目を見開いて驚いていた。そこへ片桐先生が畳み掛けるように話し掛ける。


「これが2年生の実力だ。最初は弱くてもちゃんと練習を積めば実力は付く。今は大変だろうけど、地道に頑張ろう」


 いや、片桐先生も涼しい顔で嘘を吐くわ! 2年生の実力だとか言ったけど、ステータスなら蓮は破格に高いでしょ!?

 最近は蓮と倉橋くんが打ち合いしても蓮が勝つんだよね。そこを基準にしちゃ絶対いけないのに。


「最弱?」

「うわー、全然見えなかった……」

「安永先輩って魔法のイメージしかなかったけど、素でもこんなに強いなんて」

「ヤバ、他の先輩ってどれだけ強いんだ?」


 衝撃から回復して、ざわざわと1年生がしゃべっている。あ、蓮はちょっとだけ得意そう。

 弓削くんは1年生の中では少しは体力があって少しは武器を扱った経験が高かったみたいだけど、あくまでも「現段階で同じ学年と比べたら」でしかない。

 それにやっと気づいたようで、しおっしおになっていた。


 あー、よかった。ここで気づいてくれて。

 これ以上「Yが付いてるから」って理由でごねられたら私もたまらないよ。


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