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第361話 悲喜こもごもSE-RENクッキング・3

「あ、ずれた」

「はみ出すぎた」

「何個かは失敗しても平気かな、試食用もあるし」

「よし、これはうまくできた」


 見ていてはらはらするよ、本当に。シートの裏側に描いた円にあわせて生地を絞り出していくけど、綺麗な円形に絞れたものは本当に片手で数えられるくらいで、後はびよーんて伸びたりいろんな形になってる。

 ……まあ、形は、ね。直接味に関わっては来ないから。


「えっ、ここからこの生地を一時間乾燥させるの?」

「こっちだと30分って書いてあるぞ」


 やっと絞り出しが終わったけど、マカロンは焼く前に生地を乾燥させる時間があるとふたりは今気づいたみたいで。事前にレシピを一通り読みなさいよ、と私は心の中で叫ぶ。

 どうするつもりだろうと思ったら、ふたりはぴったりの呼吸でスッと生地が載った天板をカメラの範囲外にどけた。


「……この時間で間に挟むクリームを作ればいいんだよね」

「あとはトークだな」


 ふたりのその判断に、よしっと呟きながらママが腰の位置でガッツポーズをしていた。私も「気づいてよかった」とほんの少しだけ安心したよ。


「聖弥……このレシピ、『お好みのクリームを挟む』って書いてある」

「えー、マカロンってどんなクリームが挟まってたっけ?」

「マカロンって何が挟まってた? 食べたことあるけど俺知らないぞ」

「そんなレシピを参考にしちゃダメー!」


 一応配信越しに、実物のふたりには聞こえないように私は突っ伏して嘆いた。「お好みのクリーム」なんて大事なところが丸投げのレシピで、初心者が作ろうとしちゃダメだ!


「バタークリームとかガナッシュとか、いろいろあるみたいだよ」

「ガナッシュって何?」

「チョコレートと生クリームを混ぜて作るクリームだって」

「じゃ、それだろ。ホワイトデーなんだし、やっぱりチョコだよな」


 蓮と聖弥くんがひとつのスマホを覗き込みながら相談している。絵面的には微笑ましいんだけど、「ホワイトデーなんだし、やっぱりチョコだよな」とか言うならいっそ生チョコにして欲しかった……。


『楽しそうー(^▽^)』

『お菓子作りたくなってきた』

『ガンプラ作りたくなってきた』

『ちょっと最強のスライム錬成してくる』

『こういう配信本当に久しぶりだね』


 コメントは楽しそうだけど、私は一切楽しくないよ。

 聖弥くんがチョコを刻み、蓮がその間にお鍋で生クリームを温めている。あ、生クリームが沸騰した。


「よし、沸いた」


 蓮はまるで「沸騰するまで温める」とレシピに書いてあったかのように火を止め、聖弥くんがチョコを刻んで入れたボウルにどばっと生クリームを投入した。凄い、なんでそんな堂々としてるの!?


「『よし、沸いた』じゃないのにー!」

「ウフフフフ、楽しー!」


 ママは爆笑しないように必死に口を押さえながら、目尻を思いっきり下げている。That‘s他人事!!


「あれ? なんか綺麗に混ざらないぞ?」

「なんでだろう?」


 ガナッシュはね、程々に温めた生クリームで作るんだよ……そんな沸騰してる生クリームでやったらチョコが分離して――やっぱり!


『なんでだろう?』

『教えて偉い人』

『もう遅いかなー』

『分離してるね』


 とうとうコメント欄が諦め始めた。オーマイガ。

 私が虚無の目になっていると、ふたりは悩んだ末に分離したチョコレートをレンジに掛けた。そして、事態は更に悪化した。


「おかしいなあ?」

「でも、こんなもんかも?」


『そんなわけあるかい』

『仕方ない、そのまま突き進め』

『ここまで来たら行くしかないぞ』

『大丈夫、食べられる食べられる!』


 首を傾げるふたりに、とうとうコメントがツッコみ始めた! 今気づいたけど、見てる人って多分SE-RENファンだけじゃなくて私のチャンネルの人も混じってるね!?

 ヤメテ! ふたりの純粋なファンじゃない人は、事態を混乱させて楽しむ可能性が高い!


 私が階下で起きていることにムンクの叫びの顔になっている間も、ふたりは口と手を動かし続けた。ボウルの中にガナッシュ(とふたりが呼ぶもの)ができたから、使った道具は洗いましょうということだね。それは、偉い。


『バレンタインにチョコたくさんもらった?』


「結構もらいました。アイリちゃんとゆ~かちゃん以外にも、クラスの女子とか男子とか、冒険者科の先輩とか。あ、送ってもらったチョコもちゃんと届きました、ありがとう!」


『クラスの男子……?』


「クラスの男子?」


 聖弥くんのトークに、誰かが打ち込んだコメントと同じことを呟いてしまった。クラスの女子は、まあわかるんだ。寧々ちゃんとか柴田さんとか、クラス全員分のお菓子を持ってきてたから。

 蓮と聖弥くんにチョコをくれる男子って誰だ? 本気でわからないぞ……。それは、友チョコと思っていいんだよね?


 私がクラスの男子の顔をひとりひとり思い浮かべて考え込んでいる間に、ふたりはそれぞれの彼女からもらったチョコのこととかを自慢げに話して『バカップル』と言われたりしていた。

 そうこうしている間に1時間が過ぎて――。


「あれ? 手にくっついてくる。乾いてないのかな、どうしてだ? 湿度の問題とか? まあ、焼いても平気だろ。レシピにあるとおり1時間乾燥させたんだし」


 マカロン生地を触った蓮が、「乾いてない」と言いながらそれをスルーしようとしている。その後ろで聖弥くんが慣れてないはずのうちのオーブンレンジを「150度で15分」と言いながら稼働させた。

 余熱は。そう言いかけたけど、ふたりには届かない……まあ、マカロンは小麦粉が入ってないから、最悪生焼けでもお腹は壊さないよね……。


 そして15分後、オーブンから出てきたのは見事にぺったんこになった真っ赤なマカロン生地だった。


「おかしいなー、マカロンってこんなに平たいものだっけ……」

「絞り出したときにはちゃんと高さがあったのにな」


『www』

『見ていて楽しいけど、最初にゆ~か出てきたんだよな。これ見てるんだよな?』

『大丈夫か、今頃胃薬でウォーミングアップしてないか?』

『卵白とアーモンドパウダーなら生焼けでも焼けすぎでもなんとかなるよ!』


 理想のマカロンと現実のマカロンの狭間で悩む蓮と聖弥くんに、コメント欄も失敗を悟ったらしい。私は胃の心配をされていた。


「味見してみよう」

「わっ、クリームはみ出た!」

「なんか……ねとねとしてるね」

「マカロンってこんなもんだったか?」

「甘いおせんべいみたいになってる」

「マカロンって……こんなもんだったか?」


 それからも、ふたりは迷走したまま突き進み、膨らみが全然なくなったぺったんこのマカロン生地の間に、チョコレートが分離したクリームを無理矢理挟んだものを錬成していた。

 味見はしてるんだけど、どうもふたりともマカロンってそんなに食べたことがあるわけじゃないみたいなんだよね。何が正解かわからないって顔をしている。


「とりあえず、比較的綺麗にできてるここら辺をプレゼント用にラッピングします」

「3日くらい後がクリームと馴染んで独特の食感が出る食べ頃らしい。ちょうどいいな!」


 ああ、もう……ふたりとも「なんか失敗した」ってわかってるのに、笑顔で押し切ってる。いつもの配信より笑顔が3割増しだよ。これは明らかにごまかしだ。

 聖弥くんがいるならなんとかなるかと思ったけど、甘かったなー!

 ていうか、まさかマカロンなんて難しいところをセレクトしてくるとは、こっちも思ってなかったよね。


「じゃあ、箱に入れて」

「完成!」


 小さなボックスにマカロンをふたつだけ詰めたものを2セット作り、ふたりはまたハイタッチをした。『これだけ作って2個かw』ってコメントがよぎっていったけど、思わずほっとして胃の上を押さえてしまったよ。


「じゃあ、これをホワイトデーに彼女に渡します!」

「チョコを送ってくれた人にもちゃんとお返しを送るから楽しみにしてくれよなー!」


『市販品でお願いします』


 誰かの一言が、多分視聴者さんのほとんどの気持ちを代弁していたと思う。

 あいちゃんには、この配信教えないでおこう。



 あいちゃんはそもそも聖弥くんの告知の段階で気づいたそうで、配信リアルタイムで見てた。手遅れだった。

 でも聖弥くん(と蓮)が作ったマカロン、すっごく喜んで感動して食べてた。あれを見てもノー躊躇で食べられるあいちゃんと聖弥くんの愛の力凄いな。――と思ってたら、料理に女子力を一切振ってないあいちゃんは、あれを見ても何が間違ったのかわからなかったんだって。Oh……無知の勝利。


 初めてのホワイトデー、蓮にもらったマカロンは……良くも悪くも「忘れられない」味でした……。


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