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第360話 悲喜こもごもSE-RENクッキング・2

 ああ、いっそ、ホワイトデー当日まで気づかなかったらよかったのになあ。無理かー、うちでやられてたら嫌でも気づくよね。このふたりも、道具がないからってうちで配信するな! 今更だけど!


「蓮、後は僕が計量するから、このマカロンの型になる円形を描いていって」

「オッケー。このシートに描いて裏返せばいいな」


 苦戦しながらも卵白と卵黄を無事に分けた蓮は、円形円形と呟いてペットボトルの蓋を取り上げた。それを型にしてクッキングシートに丸を描いていく。おお、この辺は手際がいい。

 蓮が型を描き終えた頃、聖弥くんの方も計量を終わらせたらしい。並んだ小さいボウルの中身がカメラに映されている。


「はい、粉砂糖、アーモンドパウダー、卵白、グラニュー糖……あれっ、グラニュー糖? こっちは粉砂糖だよね? 違うの?」

「粉砂糖ってこれじゃないのか?」


 聖弥くんはグラニュー糖の袋を手にしてるけど、蓮は白砂糖が入ったキャニスターを取り上げた。確かにSugarと書いてあるけど、うちのそれは白砂糖で粉砂糖じゃないんだ!

 ううううう……もどかしい。そこはお菓子作りに縁がない人だと区別付かないだろうしなあ。


『蓮くん、多分それ普通のお砂糖だよ!』

『粉砂糖は、粉糖ともいってもっと細かいの』

『聖弥くんが計量したので合ってる合ってる!』


「合ってる、みたいだね」

「じゃ、このまま進めるか」


『頑張って』


 蓮と聖弥くんはコメントに助けられて、なんとなく腑に落ちない様子ながらも頷いた。

 た、助かったー……視聴者さんの中にお菓子作り有識者がいるみたいでよかった。

 うん、そう、ふたりにはSE-RENファンの人たちと、たまにはこういうやりとりをして欲しかったんだよね。


 ふたりだけじゃなくて、コメントでもアドバイスをもらえるし、なんとかなるかな。――そう思って私は配信を見ていたんだけど。


「メレンゲを作る……卵白の泡立て? えーと、ハンドミキサー? どれだろう」

「どれだ? 果穂さん、果穂さーん……果穂さん!?」


 うっ、ママを探す蓮の声が、生声とちょっとラグのある配信越しとの両方で聞こえてくる。というか、ママって近くで手助けするのかと思ってたけど、放置なんだ!?


「撮れ高……全ては撮れ高のため。こういうお料理企画はハプニングがあるほど面白いのよ。食べられるか食べられないかギリギリのものができた方がおいしいの。なんなら、ユズが泣きながら食べるくらいがベスト」


 私の部屋のドアを音を立てないように開けて、ママがこそこそと入ってくる。

 完全に、手助けする気0だこれー!


「それを食べるの私とあいちゃんなんですが」

「……尊い犠牲だったわ」


 無責任なことを言って、ママは私のベッドに腰掛けた。これは、配信中は出て行くつもりがないな? 小火ぼやでも起きれば出て行くだろうけど、マカロン作りでそんなことが起きたら大変だ。


「ハンドミキサーも置いておいたんだけど、ケースのせいで気づかないみたいね」

「先にふたりに説明しなかったんだね」

「わかると思ったのよね……でも、この展開は面白いからよし」


 事前確認が足りなかったママのミスだよね!? とうとう蓮と聖弥くんはハンドミキサーを見つけられずに諦め、泡立て器を持って手動でメレンゲを作り始めた。

 そんな、メレンゲを作るのってかなり大変――なにー!? 泡立て器をカシャカシャしてる蓮の動きが速すぎる! ハンドミキサーかって速度で卵白が白くなっていって、あっという間に立派なメレンゲになってしまった!


「冒険者ステータスがまさかこんなところに生きるなんて」

「一般人の腕力と速度とスタミナじゃないもんね」


 私とママは若干呆然とそれを見守っていた。コメントの方も『凄い凄い』『ハンドミキサー並み』と、まさかの蓮の泡立て器捌きに盛り上がりまくりだ。

 だけど、途中でグラニュー糖入れるの忘れてる! それに気づいて後からグラニュー糖を入れてるけど……これは、仕上がりに何か影響出るんじゃないかな。


「どれどれ? メレンゲを作る際に後から砂糖を入れると、口当たりが軽くなるが泡の持続性がなくなり、マカロンやシフォンケーキのようにメレンゲの膨らみが重要なお菓子には不向きです。――だって、やっちゃったわねー、ウフフフフフ」

「名指しでマカロン不向きって言われてるじゃん!」


 ママが調べてそんなことを言うから、思わず突っ伏しちゃったよ! ハンドミキサーが見つけられないという凡ミスから挽回したと思ったのに、結構これは痛い。


 でもふたりはそんなことはつゆ知らず、「メレンゲできた、俺たち凄い」とハイタッチしてる。そこはまだ、ハイタッチするには早すぎるんだわあ!


「メレンゲができたら、色を付ける場合はここで、だってさ。食紅は――あ、こんなものもちゃんとあるね! よし、ピンク色で可愛いマカロンにしよう」


 聖弥くんは喜び勇んで食紅の小瓶の蓋を開け、中身を傾けた。白いメレンゲに、ダラダラっと原液がこぼれて……これは、これは……初心者がやりがちなミスだ。食紅とバニラエッセンスの入れすぎは、お菓子初心者が高確率で通る道!


「うわー、これは。入れすぎじゃねえ?」

「うわあ、どうしよう! 凄い色になっちゃった!」


『待って、つまようじの先につけて』

『爪楊枝の、あああああ』

『間に合わなかったか……』


 聖弥くんの思惑に反し、「可愛いピンク」どころか「どぎつい真っ赤」になってしまたメレンゲが画面に映る。


「どうしよう」

「ちょっと食べたくない色になったな」


 蓮と聖弥くんが、凄い顔でメレンゲを見つめている。20秒くらい見つめてたんだけど「まだ材料入れるし」「焼いたら色が変わるかもな」とスーパーポジティブに振り切った。


「見たくなかった……こんなもの」


 私が半分魂を飛ばしていると、「じゃあ見なきゃいいのに」とママが畳み掛けてくる! でも、ここまで見ちゃったんだもん! 見てないと怖いっていうのがあるじゃん!


『ゆ~かちゃんとアイリちゃんが可哀想になってきた』

『シェフを呼べ! って言われる奴だ!』

『↑それは褒め言葉では』

『そう? 蓮くんと聖弥くんの手作りなら食べられるよ!』

『うんうん、彼氏の手作り羨ましいー』

『愛だけはたっぷりこもってるね』


「That‘s他人事……」


 だんだん「こいつら大丈夫か」な空気が漂ってきたから、警告をし始める人とふたりが落ち込まないように励ます人でコメントが忙しいなあ。警告する人はもっと頑張って欲しい。


 凄い色になったメレンゲに、今度はアーモンドパウダーと粉砂糖が入った。ここ! 泡を潰さないように混ぜるのが難しいんだよね。


 私が手をぎゅっと握って息を呑みながら見守っていると、シリコン製のへらをもった聖弥くんが「切るように混ぜる……切るように混ぜる」と呪文のように唱えながらスイスイと生地をうまく混ぜた。

 さすがはエクスカリバーの使い手? 「切るように」がちゃんとわかってる。あー、今混ぜる担当だったのが聖弥くんでよかった。


「マカロナージュ……って何?」


 なんとか粉とメレンゲを混ぜ終わった聖弥くんが、今度はレシピに出て来た言葉に宇宙猫の顔になっている。マカロナージュ! せっかく作った泡を「適度に」潰さなきゃいけないアレ! 私もまだ一度も加減がわかったことのないアレ!


「こっちのレシピにはそんなこと書いてないけど」

「じゃあ、いいか」


 どうもふたりは複数のレシピを見ながらやってるみたいだ。結局聖弥くんはそれ以上生地には手を掛けることなく、蓮とふたり掛かりで絞り出し袋の中にマカロン生地を入れた。


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