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第359話 悲喜こもごもSE-RENクッキング・1

「こんにちは、SE-RENの由井聖弥です」

「安永蓮です。今日は配信見てくれてありがとうな」


 卒業式が終わり、江ノ島ダンジョンでの配信が終わり、その翌日。

 ……うちのリビングでエプロン姿で配信してる蓮と聖弥くんがいる。なぁぜなぁぜ?

 私何も聞いてませんが!? このふたりが私の家にいることは珍しくないんだけど、なんで配信をうちでしてるんだろう。


 というか、「SE-RENの」って言ったね。慌てて蓮のX‘sアカウントを見たら、配信は3日前に告知されていた。今回はY quartetとしてではなくSE-RENとしての配信みたいだ。

 ……いや、でも、本当に自宅使われてるのに私は聞いてないんだけど? X‘s 見てないのかという話になると「見てません」と言うしかない。実際告知するだけして後はほぼ放置だし。


 私は部屋に駆け戻ると、スケッチブックとマジックを取ってきた。キュキュキュッと「何やってるの」と書いて、リビングに戻るとそれをふたりの方に向ける。不用意に声入れたらまずいかなと思っての行動だったんだけど。


「えっ?」

「えっ?」


 異口同音とはまさにこのこと。蓮と聖弥くんは同時に驚き、顔を見合わせている。


「蓮、ゆ~かちゃんに何も言ってなかったの!?」

「聖弥こそ! この企画おまえが言い出したんじゃん!?」

「僕は果穂さんに許可取ったけど、果穂さんと蓮からゆ~かちゃんに話するだろうって思ってたよ」

「お、俺は果穂さんと聖弥から話すると思ってた」


 ふたりがうろたえながら責任を押しつけ合っている。これは……多分、ママを含めて3人とも悪いね! 最近この手の連絡ミスが多いなー。みんな気を抜きすぎだよ。


「ええっと……今僕たちがいるここって、僕たちのマネージャーでもある果穂さんのご自宅、つまりゆ~かちゃんの家なんです。今回僕たちがお菓子を作るのに当たって、道具とか何もないよねって相談してたら果穂さんが『うちに揃ってるから使っていいよ』と言ってくれて」


 なるほど。聖弥くんは配信に向かって説明してるんだけど、それはカメラの更に向こう側にいる私にも聞こえるからね。

 お菓子作る道具がないってことは、お菓子作り配信なのか。……で、どうしてそれが私に伝わってないの?


 私が「解せぬ」と首を傾げていると、ママがすすすっと寄ってきて私からスケッチブックとマジックを奪い取った。そして「蓮くん、自分の彼女にくらい言っておきなさいよ。話がややこしくなるでしょう」と書いて蓮に向けた。

 途端に蓮は顔を赤くしてうろたえている。


「た、確かに俺から言うべきだったかもしれないんですけど。いや、俺も恥ずかしいっていうか! バレンタインのお返しを手作りする配信なんてゆ~かに言いにくかったのわかってくださいよ!」


 私がSE-RENチャンネルを開いたのと同時に蓮の叫びが響き渡って、『わかるー』『蓮くんにとっては言いにくいことだよねー』とコメントが流れていった。

 理解しました。これは確かに私が必要じゃないSE-RENの企画配信だ。蓮が言いにくかったのも察した。蓮は聖弥くんみたいにいろいろ割り切ってないので、本当に私に「手作りのお返しを作る」ってバレるのが恥ずかしくて言いにくかったんだね。



 バレンタインに、私とあいちゃんはふたりでブラウニーと生チョコを作った。私はそこそこお菓子作りのスキルもあるんだけど、あいちゃんがそっち方面には女子力の割り振りしてなくて、「一緒に作って」と泣きつかれたのだ。

 ふたりとも、彼氏にはブラウニーと生チョコを、友達には小さいブラウニーを包んで渡した。あいちゃんと私の友達は被るから、私のブラウニーはバナナ入り、あいちゃんのブラウニーはオレンジピール入りでちょっとだけ差を付けた。


 友達に配ったときにも一悶着起きたんだけど、それは置いておこう。


 今思えば、ブラウニーはやめておけばよかったかもしれない。

 何故かというと、蓮と聖弥くんから「ブラウニー」という選択肢を奪ってしまったから。――ブラウニーは、混ぜて焼くだけでいいから、初心者向けとしてとてもいいんだよね。

 うーん、でもこっちもあいちゃんがいたからなあ。悩ましいな。


 だって、思わないじゃん。1ヶ月後にまさか彼氏たちが手作りでお返しを作ろうとしてるなんて。しかも、聖弥くんはどうか知らないけど、蓮って料理ができないんだよね。


 ママと並んでふたりが配信をしているのをスマホと生との両方で見ながら、ふたりの会話の中から聖弥くんの料理の腕を推測できないかと思ったんだけど――あ、これはヤバい。


「やっぱり、セレクトするお菓子の意味とかも考えると、『あなたは特別な存在』のマカロンだよね。見栄えもいいし」

「だな。クッキーの方が無難かもしれないけど、『友達でいよう』じゃまずいよなー」


 こ、こいつら、自分たちのお菓子作りの腕も考えず、マカロンなんてものにチャレンジするつもりなの!? いくら聖弥くんがオールマイティに器用だとしても、マカロンは荷が重いでしょ!


「ママ、あのふたりに何かアドバイスしたの? マカロンは無理じゃない?」


 私はママをキッチンへ引っ張っていき、小声で聞いた。ママはにっこりと笑い――ああ、そうだった。こういう人だったよ。


「何もしてないわ。むしろ失敗するくらいでいいのよ。生チョコとか作れて当然のお菓子を作られても何も面白くないでしょう?」

「確かに私も普段だったら撮れ高を選んでそういう判断をするけど、食べるのは私なんだよ……」

「愛があれば食べられるでしょ。大丈夫よ、聖弥くんがいればとりあえず食べられないものにはならないはずよ」


 That‘s他人事!!

 確かに、マカロンって「成功させるのは難しいけど、材料的には食べられないレベルにはならない」微妙なお菓子なんだよね。

 聖弥くんは基本はちゃんと押さえてきそうだし、蓮も心配性なところがあるから私に食べさせる物なのに砂糖と塩を間違えたりということはないだろう。……多分。


 キッチンには、キッチンスケールを初めとしてお菓子作りに使いそうなものは全て並べてあった。絞り出し袋とか、クッキーの型やパウンドケーキの型、絶対使わないでしょと思うようなパイ皿やタルト生地を焼くときに使う重しまで。 

 材料も、薄力粉やアーモンドパウダー、室温に戻した卵が4個とかいろいろおいてある。卵を4個使うレシピなんてシフォンケーキくらいしか知らないけど、一応それが作れるくらいは用意したってことなんだね。


 シフォンケーキの方が、マカロンよりはるかに簡単なんだけどなあ。

 私は「ここにいると胃痛で死にそうになるから、部屋に戻ってるね」とママに告げ、自分の部屋で配信を見ることにした。


 配信してるふたりの側にいたら、絶対「それはやめてー」とか口出ししてしまう。久々にSE-RENだけの配信なんだから、ファンの人たちにはふたりのやりとりを楽しんで欲しい。……だから、私はあの場にいない方がいい。何より私の精神衛生上!


 そう思って部屋で配信を見ているんだけど、これは、すっごいドキドキする! 悪い意味で!


「お菓子作りのコツは、アレンジをしようとは思わないできっちりレシピ通りに作ることって聞いたよ」

「俺たちは初心者だから、そこはちゃんと守らないとな」


 お揃いのエプロンを着けたふたりは、うちのキッチンで「レシピ通り」に材料を計量している。それは偉い。「無理にアレンジしようと思わない俺たち偉い」と自覚してるみたいで、ちょっとふたりともドヤってるけどね。


 偉いけど、このふたりは「レシピ通りにやれば、ちゃんとマカロンが作れる」と思ってることに気づいてしまったよ。マカロンがどれだけ難しいか、想像もしてないんだろうね。

 そっかー、まずお菓子の難易度も判断できないくらいの初心者か……私は不慣れな手つきながらも慎重に卵を割る蓮を見ながら、はーっとため息をついた。


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