江ノ島ダンジョンは上層が海エリアだから、2層も3層も全く複雑じゃない。ヤマトが猛ダッシュで視界から消えた後に全力で私も突っ切っていく。
私が4層でヤマトに追いついたとき、ヤマトは海の中にいた。
ヤマトはシーサーペントに噛みつくと、ぶうんと大きく首を振って投げ飛ばす。砂浜に投げ飛ばされたシーサーペントはすぐに消えて魔石になった。
おお、偉いなー、ちゃんと企画の趣旨を理解してる。
海エリアの問題って、ドロップが水中に落ちると回収が難しいことだったんだよね。
私は水中にいるモンスターの対処をヤマトに任せ、砂浜にいるカニのモンスター・カルキノスやサンドゴーレムを相手にすることにした。
前はカルキノスも「ひっくり返してお腹側から倒す」とかしてたんだけど、今は村雨丸で甲羅ごと一刀両断。サンドゴーレムも蹴りで倒せる。
腕に付けてるスマートウォッチで残り時間やコメントを確認しながら、私は戦った。とりあえず拾うのは後にして、ガンガンモンスターを倒す。途中でヤマトは海中にいるモンスターを倒し終わったのか、こちらに戻ってきて戦い始めた。
「おっとぉ……」
魔法は初級縛りっていう制約があったから、補助魔法のラピッドブースト以外は使ってない。でも私は一番高いのがAGIだし、「私とヤマトだけだし」と思って全力で戦っちゃったんだよね。
うっかり、残り7分以上残してフロアの敵を全滅させていた……。
いや、私だけが強いわけじゃない! ヤマトがとにかく強すぎるんだよね。自己強化も掛けてるし、とにかく移動スピードが半端ない。移動スピードがあるってことは、勢いを付けた蹴りとかも強くなるわけで。
私もヤマトもワンパンで敵を倒していったものだから、実に効率よくモンスターが減っていった。
「あ、ひとりだとこれがなにげに面倒かな」
ドロップアイテムを拾い集めるのが面倒だわ。ヤマトはさすがにここまでは手伝ってくれない。
今回の企画、アイテムバッグを持っていると不正が生じるかもしれないってことで、アイテムバッグはママに預けてある。
私が不正するというより、うっかり入れっぱなしになってるアイテムが混じるかもしれないっていう危惧があるからね。
だから珍しくリュックを背負ってきたんだけど、そこにエコバッグも追加で入れてきてよかった。
上級ダンジョンのモンスターの魔石は、初級ダンジョンで出るものよりずっと大きい。つまり、かさばる! 私はリュックと3つのエコバッグに一杯にドロップ品を拾い集めると、ヤマトと一緒に1層へと駆け戻った。
「えっ!?」
「ゆ~か!? もう戻ってきたのか!?」
3層を通り過ぎるとき、蓮と聖弥くんに驚かれた。ふたりは時間ぎりぎりまで粘るつもりみたいだ。
「1フロア全滅させちゃった!」
「なにー!?」
すれ違いざまニコッと笑って理由を言ったら、蓮が頭を抱えている。ホホホ、勝利はワンコチームがいただくよ!
1層に戻ってきたのは私が最初だ。2層でも彩花ちゃんとバス屋さんにすっごい焦った顔された。
範囲魔法を使ったと思われるかもしれないけど、私が何も不正はしてないということは彩花ちゃんのスマホが証明してくれる。
そう、私たちは、この5人+1匹の中ではステータス最強の組み合わせだったしね!
「結果発表ー!」
アラームが鳴り響いた瞬間、凄い勢いで彩花ちゃんとバス屋さんが1層に滑り込んできた。蓮と聖弥くんはそれよりちょっと早く戻ってきてる。
「じゃあ、ダンジョンハウスで買い取りしてもらいましょう!」
「チクショウ! 自分が勝ちだと思って嬉々として!」
私はエコバッグ3つとリュックひとつ。蓮と聖弥くんはリュックふたつとエコバッグひとつ。そして彩花ちゃんとバス屋さんはリュックひとつとエコバッグひとつ。
「俺たち圧倒的に不利だったよ!? 彩花が袋何も持ってきてなかったから、拾いきれなかった!」
「だって、こういう勝負だって聞いてなかったもん! うえーん!」
バス屋さんと彩花ちゃんが悔しそうに地団駄踏んでいる。拾いきれなかったのか……でもそれは自業自得では?
「バス屋さんは彩花ちゃんに情報漏洩したんだし、彩花ちゃんは飛び込み参加なんだから、そこのチームが不利になったのは当たり前では?」
「ぐうの音も出ない」
蜻蛉切を担いだバス屋さんはトホホとうなだれた。
そしてダンジョンハウスに行って、チームごとの買い取り価格チェックだ。
私とヤマトの稼いだ金額は――12万1400円!
『うはあ』
『凄え、20分でその収入か』
『さすが上級ダンジョン』
『誰でもこんなに20分で稼げると思わないで欲しい』
『普通は5人くらいのパーティーで1時間以上かけて稼ぐ金額だぞ』
ワンコチームの金額に、コメントがわっと沸く。そうだね、普通は上級ダンジョンだとLV30辺りから来始めるから、その辺の強さだともっとかかるだろうなあ。
続いて蓮と聖弥くんのコブラチームなんだけど、こっちは明らかに私たちよりドロップが少ないんだよね。これは勝った!
「13万1000円 ……マジか!」
「うっそー!?」
蓮の宣言に私はがっくりと床に手を突いてしまった。
絶対勝ったと思ったのに! 1万円の差も付いてないけど負けるとは思ってなかった!
崩れ落ちた私には目もくれず、聖弥くんが買い取り明細書をチェックしている。そして、何か納得したように頷いていた。
「ああ、これか。僕たちは魔石は少なかったけど買取額7万円だったアイテムがあるね。蓮が倒したカルキノスのドロップだった『カニバサミ』」
「なにそれ! ドロップかー、やられたー……」
『カニバサミ! あれか!』
『小型なのにオリハルコンも切れるっていうとんでもないハサミだ』
『ギャググッズじゃないの、それ』
『そんなアイテムも出るんだ』
意外にコメントを見てるとカニバサミを知ってる人がいるなあ。もしかしたら出やすいアイテムなのかもしれない。
うぬう、そういえば蓮は前にやっぱり初級ダンジョンで買い取り5万円の「神々の果実・復活」を出したことがあったもんね。ドロップ運って奴か……悔しいなあ。
「5万100円……俺、泣いていい?」
「まあいいやー。試合に負けて勝負に勝つってやつだよ。ボクは加入認めてもらったからここは負けてもいい」
ぶっちぎりで低い買取額にがっくりしてるバス屋さんに対して、彩花ちゃんの表情の清々しいことといったら……。そうだよね、何の準備もなく乗り込んできたんだし、彩花ちゃんの今日の主目的は「Y quartet+1に入る」ことだったんだから、確かに勝ちだよ。
「えーと。というわけで、私とヤマトが1フロア全滅させる稼ぎを出したのに、蓮の無駄にいいドロップ運に負けました! 悔しいです!」
『結局、一番の豪運はゆ~かじゃなくて蓮説』
『確かに、ゆ~かと出会ってパーティー組んでる時点で豪運と言えるな』
カメラに向かって地団駄踏んだら、コメントに慰められた。
……まあ、しょうがないよね。私とヤマトは頑張ったよ。その上でいいドロップは出なかったんだから、これは純粋に運で負けた。
「はい、じゃあ優勝は僕たちのコブラチームでした。イエーイ!」
「イエーイ!」
聖弥くんが場をまとめて、蓮とふたりでハイタッチしている。クール気取りの蓮が配信でこういうシーンを見せるのはちょっと珍しいね。
「じゃ、お店に行って買い物しようか」
「買い物?」
全部のお金を私が受け取って袋にまとめると、彩花ちゃんは首を傾げた。
そう、これが「今日の企画で他の人に声を掛けた」理由。
「これからこのお金で食材を買って、バーベキューをします!」
「30万円以上あるけど!?」
「高級食材買い放題だね! もちろん事前にスーパーには撮影の許可を取ってあります!」
最寄りのスーパーにはママから連絡してもらって、店長さんに頼んで撮影許可を出してもらったんだ。たくさん買い物しますからーってことで。
一応、上級で荒稼ぎした冒険者としてママにアドバイスを受けて、20万円以上にはなると予想は立てていた。その分店頭に並べるのも増やしてもらってる。
『30万円を、5人でどうすると……』
「お、鋭い! そこのところはちゃんと考えてあります。じゃあ、スーパーへレッツゴー」
ママからアイテムバッグを受け取り、私たちはスーパーで大量に食材を買い込んだ。お高いお肉もたくさんだし、野菜もマシュマロもね。
その間に聖弥くんから、とある人たちに連絡をしてもらう。ある意味今日の企画のキーパーソン。
「はい、というわけで、腹ぺこボーイズアーンドガールズ、カモーン!」
再び江ノ島ダンジョン前に戻ってきて私が指を鳴らすと、ちょっと離れたところからわーっと大人数が駆けてきた。
「本日のゲストー! 冒険者科のみなさんでーす! 今日はこのメンバーでお肉を食らい尽くしたいと思います!」
オオオオオ! と凄い声が上がる。そう、私たちが声を掛けていたのは、彩花ちゃんを除く冒険者科のメンバーだったのだ。もちろん全員が来たわけじゃないけど、「まともに顔も映らず、バーベキューで肉が食える」っていうんでうちのクラスの男子を中心にかなりの人数が集まっている。軽く50人くらいいるね。
「ボク呼ばれてない!」
「でも勝手に来たじゃん?」
彩花ちゃんが猛抗議したけど、結果的にいるんだし冒険者科全員がいるわけじゃないから却下。
アイテムバッグからバーベキューコンロや炭をどんどん出して、江ノ島ダンジョン1層に設置していく。集まった人たちは適当に分散して、手早く準備を進めた。
「ではでは、本日の配信はこの辺で終わりにしまーす。私たちもバーベキューを楽しみたいと思いまーす!」
勝負には負けちゃったけど、これからは楽しい時間だから忘れよう。
バーベキューには久しぶりに会う3年生もいるしね。滝山先輩とか。
『お肉焼いてるところ映してもいいのよ』
『奥多摩ダンジョンの時みたいにな』
『ヤマトがお肉を食べてるのはご褒美映像なんだよ!』
そんなコメントが終了間際に流れて、あははと私は笑った。
こういう人たちが多くて、やっぱり配信するのは楽しいなってしみじみと思いながら。