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第355話 さらっと紛れ込んでる問題

「はーい、Y quartet+1でーす! こんにちワンコー! 久々のダンジョン配信、はっじまっるよー!」

「イエーイ!」

「ヒューヒュー!」


 翌週、江ノ島ダンジョンの1層で私たちは本当に久々のダン配をしていた。


『ノリノリだなwww』

『こいつらのノリの良さに比べて、蓮と聖弥の渋い顔を見ろ』

『待て、なんでバス屋はともかくクロコがいる?』


 うむ……コメントにツッコまれたね。

 私が配信でテンション高いのはいつものことなんだけど、その周りでヒューヒュー言ってるのはバス屋さんと彩花ちゃんだからね。

 この5人でいるとふたりまとめて「常識人枠」になってしまう蓮と聖弥くんは、生気に乏しいようなうつろな目でイレギュラーふたりを眺めている。


「バス屋さんはともかく、なんでおまえがいるんだよ」


 ロータスロッドを抱えて、蓮が眉毛の角度を限界まで上げて彩花ちゃんに尋ねた。私もねー、そこが気になるんだよね。時間だから配信始めちゃったけど、彩花ちゃんがダンジョンにさらっと来たのにはびっくりしたもん。

 だって、配信するよーとは告知してたしけど、いつもみたいに場所は明かしてない。とある事情で今回は少し他の人たちにも声を掛けているけど、彩花ちゃんには教えてなかった。


「バス屋に教えてもらった!」


 もう、隠す気0らしくて胸を張る彩花ちゃんよ……。そして同時にバス屋さんはジャンピング土下座をキメている。


「すいません! 俺は彩花様の下僕です! 配信するとき事前に教えろって脅されてて!」


『秒でゲロりよったわ』

『一番の歳上がジャンピング土下座をキメる力関係よ……』

『美少女の下僕!? なんという俺得ポジション!』

『弱いのう』


 彩花ちゃんに情報をリークしたのはバス屋さんだと、即判明した! そして、「彩花ちゃんには逆らえないけど、私たちにも嫌われたくない」という日和った態度が炸裂している。


「スパイはあんたかー!」


 蓮が叫んでロータスロッドを向けると、バス屋さんはきゃああ! と凄い悲鳴を上げた。


「お許しくださいお許しください! 怖っ! 魔法撃たないで!」

「ヤマトー、ちょっとこのお兄さんと遊んでおいで!」

「ワンワンっ!」


 蓮に魔法を撃たせたら大変なことになるから、そこはヤマトにお仕置きを外注。ヤマトは心底楽しそうにどーんとバス屋さんに突っ込んだ後、彼の防具の襟首をくわえて引きずっていった。


「あーっ! やめてやめて、地面痛い! 引きずらないでー!」

「ヤマトに出会った日の私の大変さ、とくと思い知るがいいよ。――さてと、彩花ちゃんはそこまでして配信に出たいの?」

「配信に出たいんじゃなくて、Y quartet+1に入りたいんだよー。バス屋が入れるのにボクが入れないなんてずるいずるい!」


 片手に草薙剣を持ったまま、彩花ちゃんはじたばたと暴れた。

 うむう……この駄々っ子め。バス屋さんの加入を認めたのがそもそもの間違いだったかなあ?


「だからー、Y quartet+1に入るってことは、配信で顔出しするってことだよ。前に嫌がってたじゃん!」

「前は前! 今は今!」

「よそはよそ、うちはうち、みたいなこと言うな!」

「はい、ちょっと待ってふたりとも」


 おでこぶつける勢いで言い争いを始めた私たちの間に、聖弥くんが割って入ってくる。助かった!


「凄く大きい問題と、そこまで重要でもないかなって問題があるんだけど、認識してる?」


 聖弥くんの言葉は彩花ちゃんに向けられていた。凄く大きい問題と、そこまで重要でもない問題? 私には大きい問題だけに思えるけどなあ。


「凄く大きい問題は、名前のこと。ゆ~かちゃんのこと『ゆ~か』って呼べる? いつも通りに呼んじゃダメだよ? それと、僕らは元から仕事絡みだったからフルネームで出てるけど、名前どうする? 法月さんみたいに本名フルネーム出しても平気?」


 ああ、名前問題は凄く重要だね。私はオンオフを凄く切り分けてるから、配信で「ゆずっち」と呼ばれたくない。前回一度呼ばれちゃったけどね。

 聖弥くんの確認に、彩花ちゃんはニッと笑って自信満々に答えた。


「いけるいける! ねー、ゆ~かっち!」


『こやつ、さてはバカだな?』

『昔はゆ~かがアホの子に見えたんだが、クロコは予想外にその上を行くじゃん。おもしれー女』

『誰だ、こいつをクール系美少女って言ってた奴。海より深く反省せよ』


「おっと、私が思ったことが先にコメントで出て来ちゃった件!」


 アホの子までは思ってなかったけど、ぶっちぎってるときの彩花ちゃんって、かなり傍から見てバカと天才両極端っていうか。

 教室で怠そうに授業聞いてるときの方が、よほど頭良さそうに見えるよね。クールにも見えてたし。


「で、ボクの名前ー? 別にいいよ、素性が割れて困ることそうそうないし。長谷部彩花、16歳でーす! ゆ~かっちとこいつらのクラスメイトでゆ~かっちとは運命の間柄! ちなみにLVは91あるから、喧嘩売ろうと思わない方がいいぜぇ?」

「うわー、相変わらずイラッとする」


 腰に手を当てて決めポーズをしてる彩花ちゃんに向かって、蓮はピキリとこめかみに青筋を立てた。うん……運命の間柄とか言うんじゃないよ、誤解されるでしょうがと私も言いかけたよ。


「長谷部さんとバス屋さんがいるとさ……僕と蓮の存在感が霞むよね」

「よし、そのまま消えてしまえ!」


 目頭を押さえて嘆く聖弥くんに、笑顔のまま彩花ちゃんが畳み掛けた。存在感が霞む、か。常識派は非常識な人間に比べてそりゃ霞むよね。

 私的にひとつ引っかかるのは、存在感が霞むのが「僕と蓮」で、私の存在感は全然減りもしないように言われてることかな。


「おまえは後から入ってきたのに図々しすぎるんだよ!」

「なにー? ボクから見たらおまえらの方が後から来てゆ~かっちといつも一緒にいて、フザケンナって感じなんだけど!」


 珍しく配信なのに素で毒を吐いた蓮に、彩花ちゃんが斜め下からメンチ切っている。

 ……彼氏VS元夫の修羅場……。そんなことは配信で言えないけど、嫌すぎる構図だなー。


『アヤカはなんでそんなにYカルテットに入りたいの?』


「そりゃ、大好きなゆ~かっちといつも一緒にいたいからだよ! 冒険者科に入ったのだって、同じところに進学したかったからだもん」


『うほっw 熱烈』

『蓮でも聖弥でもバス屋でもなく、ゆ~かのことが大好きなのか』

『わかる。マイエンジェルは至高の存在だよね!』

『バス屋くんとセットなのだと思ってたけど、違うんだね』

『認める。イチャイチャしてよし!』


「ちょっと、彩花ちゃん、視聴者さんから味方に付けようとしてるのやめて? 視聴者さんも簡単に丸め込まれないで。まだ加入を認めたわけじゃないから!」


 私が語気強めに言うと、彩花ちゃんはぶーと唇を尖らせた。

 ていうかさあ、倉橋くんが前に「中途半端に押されて気持ちのやりどころがない」みたいに言ってたけど、そりゃそう言いたくもなるよねえ……。

 私のことを好き好き言ってるうちは、倉橋くんも落ちないよ。彩花ちゃんがガチ恋で失恋したっていうのは、文化祭の時にみんなの前で泣いたからクラスの中では周知の話なんだしさ。


 ん? 蓮を選んで彩花ちゃんのことは結果的に振ったはずなんだけど、なんか全然引いてなくない?

 むしろ最近余計に圧が強くない? 気のせいかな。


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