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第295話 跳ぶためには助走がいる

 車の中で走りたい。

 いや、そんな事をしても家に着く時間は早まらないんだけど、気持ち的にはそんな感じ。

 早く明日になって欲しいし、彩花ちゃんの防具の準備とか必要な事が終わったらすぐに奥多摩ダンジョンに行きたい。


 そこにヤマトはいないかもしれないけど、それでも、「ここにはいなかったから、探す対象がひとつ減った」っていう具合に進んでいける。


「……気持ちばっかり焦るよな」


 そんな私の胸中を察したのか、隣の蓮がぼそっと呟いた。


「エスパーですか」

「いや、隣にいればわかるって。さっきから百面相してるし、急に明るい顔になったかと思ったらすぐさま落ち込んでたりさ。いろいろ考えてるんだろうなっていうのは嫌でもわかる」

「蓮~、……頼みがあるんだけど。蓮にしか頼めないの」

「な、何?」


 そこで私が蓮にした「頼み事」を聞いて、蓮は物凄く納得した顔をしていた。



 大船駅で私たちは電車に乗って、ライトニング・グロウの人たちは横須賀方面へと帰って行った。

 時間はもう夜だけど、聖弥くんと彩花ちゃんは駅から徒歩で。うちはパパが車で迎えに来てくれることになってる。ついでに蓮もうちに来る。私がした「頼み事」のために。


「ただいまー! サツキー! メイー! カンター! 元気だった!?」


 4日の間に欠乏したモフモフ成分を、「可愛い私を撫でなさいよ」とやってきたメイをとっ捕まえてお腹に顔を埋めることで摂取する。あああ……犬とは違うけど嗅ぎ慣れた猫の匂い。幸せホルモンが分泌されるぅー。


 その後は当たり前のように4人で夕飯を食べて、蓮はちょっとだけボイトレ。私はその間にお風呂。

 そして着替えて部屋に行ってから、蓮にLIMEでメッセージを送った。


 間もなく、部屋のドアがノックされた。


「準備OKか?」

「うん、お願い」


 パジャマを着てベッドの中で、私は目を瞑る。

 絶対、眠れないから。

 ずっと一晩中ヤマトのことを考えちゃうから、蓮にお願いしたんだ。


「スリープ」


 ドアの外から蓮が魔法を使った声が聞こえてきて、その瞬間に私の意識は落ちた。



 目が覚めたら朝6時だった。すっごく「よく寝た」感がある。

 スリープ、こんな感じに効くんだな……。夢も見なかった気がする。

 蓮はあの後パパが車で家まで送っていったはず。


 着替えていつものように髪を結い、顔を洗って身支度する。

 家に帰ってきたんだから、ランニングはしないと。


「いつも通り、いつも通り」


 声に出して、おまじないのように自分に言い聞かせる。

 焦るな、落ち着け私。

 彩花ちゃんの防具を作ろうとしなければ、確かに今日動けた。

 でも彩花ちゃんは戦力として一級だから、いてくれた方が結果的に攻略は早く進む。

 奥多摩ダンジョンにヤマトがいなかった場合、尚更だ。


 ――わかってるけど。

 玄関に掛かっているヤマトのリードを見ると、胸が詰まる。

 ヤマト、早く会いたいよ。せっかく「へっぽこテイマーと暴走ドッグ」を卒業できたのに。


 ランニング中にいつもの公園の近くで、涼香さんに出会った。いつもだったら公園でヤマトと遊んでるときに涼香さんがここを通るんだけど、今日は私ひとりで走ってたから。


「柚香ちゃん! お帰りなさい! 特訓どうだった?」


 私を見た途端、心配そうな顔で駆け寄ってきてくれた涼香さんに、できるだけ明るい顔で私は答えてみせた。


「バッチリLV上げてきましたよ!」

美鈴みれいも柚香ちゃんのことをずっと心配してたの。……ところで、柚香ちゃんって例の7ちゃんのファンスレは見てるの?」

「あー、たまーに見ますけど見きれなくて」


 例のファンスレ、気がつくと凄い進んでて前にどこまで見たかわかんなくなっちゃうんだよね。だから、用があるときだけ行く感じ。


「そう……私も今回のことで覗いてみたんだけど、治安も良くてびっくりしちゃった。ヤマトちゃんがいそうな場所の割り出しもしてたし、データベースも作ってたし、行動力が凄いわね」

「『SE-RENを推すモブ』さんが体育祭も文化祭も来てくれたりしたんですよ。あと、五十嵐先輩と友達の長田先輩のお兄さんもあそこにいるらしいです。世間って狭いですよね」

「確かにそうね」


 涼香さんは「世間は狭い」と聞いて楽しそうに笑った。


「モンスターの生息域って限られてるらしいから、野良になったヤマトちゃんは必ず日本のどこかにいると思うわ。神様レベルのモンスターは由来の特定範囲のダンジョンにしか出ないそうだし、奈良近辺のダンジョンは全部調査済みのはずよ。残ってるのは関東だけ。必ず見つかるから、気を落とさないで頑張って」


 詳しい……そういえば涼香さんって、民俗学専攻で大口真神についても詳しいんだよね。

 例のスレに出入りしてたりして……まさかね。


「はい、ありがとうございます!」


 昨日車の中で聞いた以上の情報を涼香さんから聞いて、「後は関東だけ」って言ってもらえて元気が出た。

 だって、関東は後は奥多摩ダンジョンを残すだけだもんね!


 涼香さんと別れていつもと同じ道をランニングして家に帰ったら、ちょうどママが起きてくる頃だった。


「おはよう、ママ、はいハグー」

「おはよう、ユズ。ハグー」


 お約束のハグをして、昨日私をスリープで寝かせた後の蓮のことをママから聞いた。

 パパが車で送っていくって言ったけど、「ステータスの確認を兼ねて走って帰ります」ってひとりで帰ってしまったらしい。

 う……悪いことしたな、睡眠薬代わりにしたし。


「今日の予定だけど、朝9時過ぎたら法月紡績さんに連絡するわ。紡績にどのくらい時間が掛かるかわからないから早く連絡したいけど、それ以上早いと非常識よね。あ、ヒヒイロカネは私が預かってるから」

「じゃあ彩花ちゃんに連絡しておくよ。ママが行くときに彩花ちゃん拾ってってあげてくれない? 寧々ちゃんちの場所知らないから」


 採寸とか必要だからね。寧々ちゃんは自分でデザインが起こせるから、彩花ちゃんの希望でデザインしてくれるだろうし。

 私が彩花ちゃんに連絡しようと思ってスマホを取り出したら、気づかないうちにメッセージが一件入ってた。

 誰かなと思ったらY quartetのグループで聖弥くんだ、珍しい。


『僕もジョブウィザードを取ったよ。魔法の確認をしたいから、今日蓮と柚香ちゃんは鎌倉ダンジョンに来られるかな』


 聖弥くん、回復系じゃなくて攻撃魔法を取ったの!? そりゃ、補正も入れるとかなりMAGも高くなるけど!


 私はOKだよ、とメッセージを入れると、すぐ蓮からも行くという返事が返ってきた。

 聖弥くんの素のMAGは75くらいだったから、ジョブウィザードはなれるけどワイズマンは無理だよね。

 ……なんでウィザードを取ったんだろう。後で訊いてみなきゃ。


 そんなことを思いつつ、彩花ちゃんには「寧々ちゃんちに行かないといけないからママが車で迎えに行くね」と送っておく。

 一緒に行こうとごねられるかと思ったけど、すぐに「りょうかい!」ってスタンプが送られてきた。

 ふう、今日は素直か。助かった。


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