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第289話 腹黒は毒くらい嗜みませんと

 お茶を飲みながらエネルギー補給に甘いお菓子を摘まみ、蓮と颯姫さんが戻ってくるまで私たちはダイニングテーブルで雑談をしていた。


「ゆ~かちゃんがさっき使ってたの、いいね」


 タイムさんが、何かを握ってグサッと突き立てるジェスチャーをする。ああ、そうか、普通の人は棒手裏剣なんてマイナーすぎて知らないもんね。


「私たちのクラフトをしたときに金沢さんが『いいものが作れたからおまけ』って、サブ武器をクラフトしてくれたんですよ。棒手裏剣です。握って刺すのも有りだけど、投げても結構な威力があるんですよ」


 太もものホルダーから、さっき使った1本を取り出してタイムさんに見せる。アースドラゴンにブッ刺したときに毒シートは取れちゃってるから、今は普通に触っても安全。


「これ、手裏剣なんだ! へー。……あ、いや、この棒手裏剣そのものがいいねって言ったわけじゃなくて、アースドラゴンの動きを封じただろう?」


 タイムさんは一度棒手裏剣を手に取った後、ちょっとだけそれを見てから返してくれた。

 手裏剣としてはそんなに興味ないのか……興味あったのは、私が「これを使ってアースドラゴンの動きを止めた」ってところね。


「ああ、それはデストードの痺れ毒ですね。横須賀ダンジョンに一緒に行ったミレイ先輩にシート加工してもらってるので、棒手裏剣の先端にくっつけてるんです。投げるときはこう、上の方を持つから毒に触れることがなくていいですよ」

「デストードの痺れ毒か! シート持ってる? 見せてもらっていいかな」


 タイムさんが急にテンション上がってきた。珍しく目をキラキラさせて期待に満ちた目で私を見てる。タイムさんがこんなに好奇心を露わにするのって珍しいかも?

 私はアイテムバッグからシート加工された痺れ毒を1枚出して、両面にビニールが貼られているそれをタイムさんに渡した。


「なるほど、シート加工した上に両面にビニールね。湿布みたいな感じか。今まで機会がなくて毒とかは使わずに来たんだけど、今日のアースドラゴン戦で見方が変わったんだよね」


 はい、と毒シートを返されたので、私はタイムさんの目の前で片面のビニールを剥がして、棒手裏剣にくるりとシートを巻き付けた。残ったビニールで毒シートを貼ったところをきゅっと押さえればできあがり。

 その一部始終をタイムさんはじっと見て、何度も頷いている。


「これからはもっと積極的に活用していこうかなと思ったよ。ほら、僕はボウガンだから攻撃力という点ではあまり高くないからね。このやり方なら矢の先端に毒を塗っておいて、自分は安全に撃つことができるね」

「そうですね、ボウガンだと結構棒手裏剣と使い勝手は似てくるかも。スリープ&パラライズに混ぜて運用もしやすそう」


 ボウガンとか棒手裏剣とか「先端が刺さればいいし、その分だけ毒が付いてればいい」から、使う毒の量も少なくていいんだよね。攻撃力の低さを特殊効果で補うのも相性がいいし。


「問題は、ドロップ品だから入手が運次第ってことかな。あんまりオークションとかに出回ってないよね?」

「確かに……じゃあ今度大山阿夫利ダンジョンでデストード狩りをしましょうよ。私も補充したいし、あそこだったら2層から出るし」

「そうだねえ、是非お願いするよ」


 私とタイムさんが和やかに笑っていると、コーラをコップに注ぎながらバス屋さんがぼそりと呟いた。


「アラサーと女子高生がキャッキャウフフと話してる内容が、毒な件」

「いいだろう? ほら、僕のキャラクター的にも合ってるし。腹黒は毒くらい使いこなさないとね」


 言ってる内容は酷いけど、タイムさんって穏やかな方なんだよね。その辺聖弥くんとちょっと似ている。

 私の周りの「腹黒」な人たちは、別に人を陥れようとかそういうタイプの性格はしていない。人を利用して自分の有利なように事を持って行こうとしてるときがあるのは、否定しないけど。


 ライトさんや彩花ちゃん、それに蓮はまっすぐなタイプ。

 それに対して腹黒四天王は「事前に打てる手は打っておく」ある意味慎重なタイプ。

 頭が回るが故にいろんな可能性を事前にシミュレーションしてて、相手の性格とかも把握する観察力とかを持ってるからこそ、相手の出方を事前に想定して先手を打っておくことができるんだろうなあ。


 そしてそれが「腹黒い」と言われる。

 まあ実際聖弥くんなんかは、印象操作とか意図してやってるところがあるからあんまり白い人じゃないよね。


 ママはとりあえず置いといて、タイムさんと颯姫さんは「目的のために手段を選ばない」タイプみたいだ。

 心を開いた相手には穏やかで優しい素も見せるけど、自分が優位に立って物事を運ぶ必要があるときには、演技してきつさや冷酷さをわざと見せることもする。七並べしてるときとかまさにそうだった。何でもないところで「ふーん」って言われて、意味深にニヤリと笑われて、「えっ、私悪手打った!?」って焦らされたもん。


 毒だって道具のひとつ。言われてみればボウガンと毒は相性がいいから、今まで使ってなかったのは本当に「毒に接する機会がなかった」からだろうなあ。

 新宿ダンジョンにもデストードは出るけど、そもそもドロップがないし。


「普通の毒でスリップダメージを入れるのもいいんだけど、そんな悠長なことをやってるうちに倒しちゃう可能性の方が高いんだよね。だから痺れ毒っていうのは凄くいいなあ。ここから出たら、他にも毒を調べてみよう」


 ……すっごい嬉しそうに話してるけど、内容が毒。そういうところですよタイムさん。


「あ、そうだ。毒無効の指輪が入手しやすいから、それを着けてれば万が一触っちゃった時にも影響ないと思いますよ」

「うん、ゆ~かちゃんたちがベニテングタケを食べた時に着けてたね。あの配信は見たけど面白かったよ。随分美味しかったみたいだしね。……来年はベニテングタケを入手して、僕たちも食べてみようかな」

「お勧めです。美味しかったです」

「アラサーと女子高生が盛り上がってる話題が毒キノコな件」


 ベニテングタケについてやっと理解してくれる人が現れたと思ったら、バス屋さんがコーラ飲み終わったコップを洗いに来てまた呟いた。


「バス屋、おまえいい度胸してるじゃん。昨日『女子高生ってラベリングでボクらを見るな』って言ったばかりだろ? 今ゆずっちに女子高生って何回言った? ああん?」


 まだ微妙に不機嫌を引きずってる彩花ちゃんが、草薙剣のきつさきでバス屋さんの背中をツンツンしている。


「申し訳ありません、彩花様。2回言いました」


 すかさず流れるように土下座をしてバス屋さんが謝った。このふたりは、上下関係が決まったな……。男装の巨乳美少女と長身チャライケメンの主従関係、見る人が見れば大喜びしそうな感じ。


「あー、ちょっと眠った。……なにやってんの、そこ」


 30分が経過したらしく、起きてきた颯姫さんが土下座するバス屋さんとその背中を踏んでいる彩花ちゃんを見て、目を丸くしている。


「長谷部、おまえそういう趣味だったのか……」


 すぐ後ろに続いてきた蓮もふたりを見てドン引きだ。


「いや、女子高生女子高生言われるのが単純にむかついてただけ。バス屋はからかうと面白いけど、彩花として恋愛対象にはなり得ないな、王子様らしさがないし」

「えっ! 彩花ちゃんって王子様みたいな人が好みなの!?」


 そんなん初めて聞いたわ! そして思わず聖弥くんを見たら、両腕で自分を抱きしめてガクブルと震えてたね。


「乙女が王子様に憧れるの当たり前じゃん? ホラホラ、前世のゆずっちとボクもある意味王子様と乙女だったわけだし」

「古墳時代で王子様というのは無理があるし、別に身分の高さに惹かれたわけじゃないから、王子様属性なんか1ミリたりとも小碓王に感じたことないね」


 変な勘違いをされたら困るから、そこはビシッと言っておく。彩花ちゃんは「えー」と唇を尖らせたけど、それまでの仏頂面をどこへ置いてきたと言わんばかりに、頬に手を当てて柔らかく微笑んだ。


「いいもん、王子様スピリットに溢れた奴ならもう見つけたしね。……ゆずっちが冒険者科に進むって言ったから同じ進学先を選んだだけでさ、別に冒険者になるつもりはあんまりなかったんだけど、今はまあ冒険者続けてもいいかなって思うようになったよ」


 冒険者続けるつもりなかったけど、続けてもいいかなって思うようになった? もしやそれは、うちのクラスの誰かってこと!?


「彩花ちゃん! 今夜ガールズトークしよ!」

「それはやだ。別にまだ凄い好きとかじゃないし。微妙に、『こういう相手と恋愛したら幸せになれるんだろうなあ』って思っただけだし」


 うっ、躱されたか……。

 でも、凄くいい傾向だ。「王子様に憧れる」って明らかに「長谷部彩花」としての部分の表れだろうし、戦ってると小碓王の意識はどうしても出がちだけど、前より比率は下がってきてる。


 ヤマトを取り戻して、元の生活に戻って、それで、高校を卒業する頃には。

 彩花ちゃん、どうなってるんだろうな。


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