「装甲抜いた!」
「腹側だから幸いだったな。背中向けられてたらもっとダメージ削られてた」
蓮と颯姫さんのコンボはどのくらいのダメージを与えられるか読めなかったけど、予想以上に与えたダメージは大きかった。
胸に尖った氷が刺さったまま、アースドラゴンは勢いで飛ばされて仰向けのままでもがいているくらいだから。
「蓮くん、今のうちに上からアクアフロウを撃ってもっとダメージを与えて!」
「はい! ……って、上からってどうやって!?」
「私がハリケーンで蓮くんを打ち上げるから。大丈夫、威力は抑える」
颯姫さんの指示に勢いで返事をした蓮は、続いた言葉に一瞬「んげっ」って顔をした。
ほぼ絶叫マシーンみたいなもんだもんね……。しかも蓮の苦手な奴。
その間にも、颯姫さんは角材を手放して補正をなくした状態でハリケーンを撃ち、蓮を上に飛ばした。
颯姫さんのコントロールって凄い。ウィンドカッター3連射も物凄く正確だったし、蓮の体もアースドラゴンに近づけすぎず、でも天井近くのいい高さに保っている。
「アクアフロウ! フロストスフィア! アクアフロウ!」
蓮は自力で魔法を連射して更に氷塊を作り出すと、落下の勢いも合わせてアースドラゴンにそれを叩きつけた。
先に刺さっている氷が、より深くドラゴンの体を抉る。アースドラゴンは翼を力なくばたつかせていて、普通に人間が武器で攻撃したのとは比べものにならないダメージが入ったことを確信させた。
ひえー……魔法の物理運用怖ー! ドラゴン四天王の中で最も防御力が高くて長期戦必至って言われてるアースドラゴンを、こんな短時間でここまで追い詰めるなんて!
「この状態なら怖くない! 畳み掛けるぞ! 防御の薄い部分を狙え!」
自分が真っ先に飛び出しながらライトさんが全員を鼓舞する。颯姫さんが蓮をゆっくり床に降ろすのを視界の端に捉えながら、私もアースドラゴンに向かって全力で走った。
「ギャオオオオ!!」
アースドラゴンの叫びに、一瞬怯みかけた。今のは威圧だ。でも、そんなに効かない!
真っ先にアースドラゴンの元に辿り着いた私は、まだ叫んでいるアースドラゴンの口の中に思いっきり村雨丸を突き立てた。体の中は防御が薄い、これ常識!
「ガ…………ア……」
村雨丸によってアースドラゴンは頭を地面に縫い止められた。そこへやってきたバス屋さんが、目を狙って蜻蛉切を突き刺す。
針の穴を穿つ一撃ってこの事だね。目も防御がないし、そのすぐ後ろは脳だからダメージがでかい。
ママの鞭が体に比べて小さな手を絡め取り、盾を背負った聖弥くんが両手で握ったエクスカリバーでその手を切り落とす。
ほとんど動けなくなった上半身に比べて、下半身の逞しい脚とぶっとい尻尾は激しく暴れていて――そうだ、あれがあった!
「えいっ!」
村雨丸はアースドラゴンの口の中に刺して地面に縫い止めたまま、槍が刺さってない方の目に握ったものを思いっきりブッ刺す!
そう、デストードの痺れ毒が塗ってある棒手裏剣だよ! 上級ダンジョンに出るモンスター由来の即効性の毒だ。想定通りにすぐに毒が回って、アースドラゴンは動かなくなった。
「ナイス、ゆ~かちゃん!」
「初めて実戦でまともに役に立ちました!」
タイムさんが褒めてくれたので、ガッツポーズでそれに応える。
もう後は、全員でアースドラゴンをフルボッコにするだけの作業だった。
多分、あの石つぶてを私たちに向かって撃たれたら、ノーダメージはあり得なかったと思う。それと、颯姫さんが氷を尖らせることを思いつかなかったら、もっと時間が掛かっただろう。
測ってなかったからわからないけど、アースドラゴンの討伐最短記録間違い無しだよね。
ドラゴン四天王と呼ばれる、本来だったら命懸けでの戦いになりかねないアースドラゴンとの戦いは、私たちの一方的な勝利に終わった。
ドラゴンが消えた後は、眠っているモンスターにパラライズを掛けて、これまたさくさくと倒していく単純作業。
71層のモンスターを全部倒し終えた私たちは、タイムさんの提案で一度居住区域に戻ることにした。オーバーヒートの心配はなくとも、蓮と颯姫さんが早撃ちで魔法を使いまくったから、階段での簡単な休憩じゃなくてちゃんとした休憩を取ろうってことだね。
なんとなく無言で全員リビングに向かい、ほとんど同時に安堵の息を吐く。
「はあぁぁぁぁ~……怖かった……」
蓮は緊張の糸が切れたように、ソファにぼふりと倒れ込む。その蓮の脚を彩花ちゃんが蹴り飛ばした。
「ここまで戦ってきたくせに、何がそんなに怖かったわけ? 結局ノーダメージで完封じゃん」
「……トルネードで打ち上げられたのが怖かった」
蓮の声は力なくて、心なしかちょっと震えてる。それを聞いて途端に颯姫さんが慌てだした。
「え? あっ! ごめんね蓮くん! そうだよね、あれは怖かったよね! ごめーん!!」
「えー、ボク、むしろ今度どっかの1層でやってもらいたい! 楽しそうだったもん!」
絶叫マシンどんとこいの彩花ちゃんが悔しそうに地団駄を踏む。私もあれはやってみたいなー!
「下にマット敷いてさー、イベントでやったらすっごいウケると思う!」
「あはははは、やりません」
妙な計画を立て始めた彩花ちゃんを、颯姫さんが笑って止めた。
「30分休憩したら72層行くよ。今のうちに姫と蓮くんは氷枕使って少し部屋で横になってた方がいい」
「はーい」
「わかりました」
ライトさんが休憩後の予定を伝えて、魔法を速射しまくったふたりに休むように指示を出す。颯姫さんも蓮も、おとなしく冷凍庫から氷枕を出して部屋に入っていった。
「ママ、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」
「なに?」
そして私は、アースドラゴンと戦ってる間中気になってたことをママに向かって尋ねる。ママしか答えられる人はいないからね。
「アグさんってすっごい可愛いのに、アースドラゴン全然可愛くなかったんだけど。なぁぜなぁぜ? アグさんは最初からあんなにキュルンってしてたの?」
物凄い真剣な顔で変な質問をした私に、冷蔵庫から出したお茶を飲みかけてたタイムさんが吹きだした。失礼な! 大真面目ですよ、こっちは!
「アグさんも最初はああいう顔だったわよ。テイムに成功した瞬間から険が取れて、甘やかしてたらどんどん可愛い顔になってったの。顔のパーツ自体が変わったわけじゃなくて、感情と表情を学習していったって感じかしら。ほら、野良猫時代の写真と家猫になって3年目で全然違う顔になってる猫とかいるじゃない」
「なるほどー!」
腑に落ちた! そうか、可愛いは育つんだ。
元があんな凶悪顔だったとしたら、あそこまでアグさんを甘えん坊にしたママはある意味凄いな。