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第287話 まさかの敵

 翌日、蓮の予備の防具を着た彩花ちゃんは、私ですら近付くのをためらうほどに不機嫌だった。

 黒のトップスにカーキのボトムスを着て、長い袖と裾はちょっと折り返してるんだけど。……不本意不本意言いながら、私の服を着なかったのもちょっとわかる。


 私の防具は黄色&オレンジと、ピンク&ローズピンクなんだよね。

 彩花ちゃんはこういう色あんまり似合わない上に、自分では絶対選ばない。

 そもそも、防具が黒一色だったのなんで? って聞いたら「返り血浴びても目立たないから」って答える人間だもんね……。ピンクのフリフリスカートを穿いて戦うわけがない。


 そして、70層の敵はミスリルゴーレム以外はスリープとパラライズで行動を封じ、彩花ちゃんが不機嫌パワーで攻撃力5割増し状態になって無双しまくった。


 それと、すっごい驚いたんだけど――ミスリルゴーレムって、蓮でも3発くらい殴ると倒せるのね……。

 ちなみに蓮とタイムさん以外はみんな一撃。ボウガンはさすがに一撃じゃ倒せない。あれ、装備してる人のSTR関係ないし。


「オラァ! 次行くぞ、次ィ!」


 フロア中の敵を倒しきって、彩花ちゃんが低い声で凄む。バス屋さんは「古墳時代の英雄ヤンキー怖いわぁ」って震えてた。


 そして71層。ここはまだライトニング・グロウでも未踏破の階層なんだけど……。


「えー……そうくるかー」


 階段からフロアを偵察した颯姫さんが、あからさまに嫌そうな顔をしていた。颯姫さんの視線を追った蓮も「んげっ」って思わず声が出ている。


「何?」


 階段にいる内はターゲット取られないから、みんな下の方の段に集まって颯姫さんが指差す方に目を向けた。


 ――フロアの右の方に、暗い緑色の小山があった。

 そして、他のモンスターはその小山を遠巻きにしている。


「あらら、アースドラゴンじゃない。人工ダンジョンなのにレア湧きも出るのねえ」


 ひとりだけ、いつも通りの調子でママが小山の正体を言い当てた。

 確かに、アグさんと同じくらいだもんなあ。エルダーキメラより大きいし。

 ということは、レアドラゴンと戦わなきゃいけないの!? アグさんのステータスは見たことあるけど、威圧とかブレスとかヤバいよね!?

 あ、でもアグさんはフレイムドラゴンだから、アースドラゴンとはステータスやスキルの構成は違うんだろうな。


「これはさすがに想定外。俺たちもドラゴン四天王と戦ったことはないな」


 ライトさんも緑の小山を見て唸っている。どう戦おう、と迷っているみたいだ。


「果穂さん、なにかいい案はないですか?」


 かつてフレイムドラゴンと対峙してそれを従魔にしたママに、タイムさんが問いかけている。けれどママは「ううーん」と唸りながら腰に手を当てた。


「いや、私もアースドラゴンとは戦ったことないもの。でも言えることは、あれと戦ってる内は他のモンスは気にしなくてもいいってことくらいかな? 念のため周囲はスリープ掛けておくといいかもね」

「アースドラゴン自体には、スリープは無理そうですか?」


 ロータスロッドを抱えた蓮が、一応、という感じで確認を取っている。ママは目を伏せると首を振って「無理」と一言言った。


「一応、あの状態でLV1ではあるんだけど、アグさんですら初期値でRSTが400超えてたわ。アースドラゴンは一番硬いことで有名だから、魔法だと風属性以外のダメージは通らないと思った方がいいわね」

「風属性」

「知らない子ですね」


 得意属性が氷の蓮と、雷の颯姫さんが半眼になる。そもそも風属性って初級のウィンドカッターと中級のハリケーンしかないんだよね。風が得意属性だと外れって言われる所以ゆえん。蓮の氷も外れって言われる奴だけど。


「魔法攻撃は諦めるとして……待てよ? 物理攻撃は普通にダメージ入るんですよね? 魔法をそのまま当てるよりは」

「そもそもVITとHPもすっごい高いから、長期戦覚悟よー?」


 蓮が変な方向をぼんやりと見始めた。こういう時って、頭がフル回転してる時なんだよね。前に氷コンボを編み出したときもこうだったなあ。


「アクアフロウを撃って水の塊を出して、それをフロストスフィアで凍らせる――ここまでは氷コンボと一緒なんですけど、それに更にアクアフロウの大質量をぶつけて氷の塊をアースドラゴンに直撃させるってどうですかね」

「蓮くん、アクアフロウが大質量になるのはあなたくらいだからね?」


 蓮が新たな氷コンボを考えたけど、真顔の颯姫さんに肩を掴まれていた……。ですよねー!


「いや……いいんじゃないか? 1回やってみよう。武器の属性の関係で、実は姫の角材特攻が一番効く気もするけど」

「そりゃ、俺が蜻蛉切でツンツンしてもあんまり効かなさそうだしなあ」


 ライトさんはドラゴンの大きさと防御力の高さに対して、刀とか鞭とかがあまり有効なダメージを与えられそうにない点を気にしてるみたいだ。うん、私もあれを村雨丸で斬り付けたとして、斬れるかな? ってちょっと心配してた。


「じゃあ、周囲の敵を予定通りスリープで眠らせてから、蓮くんがアクアフロウ担当、姫がフロストスフィア担当でコンボを入れてみよう。アースドラゴンは足が遅いから、すぐにこっちが攻撃されることはないと思う」


 ライトさんが話をまとめたので、私たちは揃って頷いた。


「ちょっと待って、私に追加の作戦があるの。アースドラゴンが右側にいるから、今回私は右側の敵をスリープする担当にさせて。それでね……」


 そして颯姫さんが続けた内容は、聖弥くんまでもが真顔で「エグいですね」というものだった。



「GO!」


 ライトさんの合図で、颯姫さんが右方向、蓮が左方向に一気に駆け出し、スリープを連発する。

 スリープは「RSTで競り勝たないと効果が出ない」「刺激で目が覚める」という厳しい条件があるせいか、範囲は割と広くてふたりが3回ずつ唱えるだけでアースドラゴン以外のモンスターは眠って動きを止めた。


「行きますよ! アクアフロウ!」


 初めて撃った頃とは大きさが3倍くらい違う水球が、はすの花が咲いたロータスロッドから放たれる。すかさず颯姫さんがフロストスフィアを唱えて、その水球を凍らせた。そして――。


「ウィンドカッター! ウィンドカッター! ウィンドカッター!」


 続けざまに3連射、颯姫さんが撃った風の刃が氷の塊をスッパリと削り取っていく。

 できあがったのは、先端が三角錐に尖った凶悪な質量武器だ。


 みんなが「えぐーい」ってなったのこれだよ。

 颯姫さんがアースドラゴンがいる右方向に走ったのは、できるだけ敵に向いている側の氷にウィンドカッターを当てて削り取るため。


「アクアフロウ!」


 颯姫さんのウィンドカッターで推進力を落としていた氷は、激しい勢いでぶつかってきたアクアフロウに押されてアースドラゴンに向かって凄まじい速度で飛んでいく。

 アースドラゴンは攻撃に気づいて立ち上がり、バサッと翼を広げた。


「ガアアァァッ!」


 長い首が振られて、アースドラゴンの翼の前に大量の石つぶてが出現した。翼の動きでそれを操り、氷にぶつけようというんだろうけど。


 人間相手ならその攻撃はかなりの脅威だよ。でも、標的が大きすぎる。

 アースドラゴンは、胸元に氷塊の直撃を食らい、血をほとばしらせた。


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