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第284話 オーバーヒート問題は難しい

「俺の暴走のせいでご迷惑お掛けしました……」


 夕方、蓮が起きてリビングにやってきた瞬間土下座をした。そ、そこまですることないのに!                                                  

「蓮、止めなかった私も悪かったんだから」


 慌てて蓮を起こそうとすると、テレビが置いてある背後から歓声と悲鳴が聞こえた。――そう! 誰も蓮の土下座なんて見ていなかったのである! 私以外!


「よっしゃ、俺の勝ちィ!! 時間読み通り!」

「くっ……僕が桃鉄で負ける? 屈辱!」

「いや、あそこで果穂さんにボンビーなすりつけられてなければ勝ってたのに……」

「蓮くん、もうちょっと寝てて良かったのよ? せめてあと30分」


 プロコンを放り投げて喜ぶライトさんに、崩れ落ちるタイムさん、あっさりしつつもちょっとだけ悔しそうな颯姫さん、そして振り向いて蓮に向かって目だけ笑ってない笑顔を向けるママ……。


「え? 何? 俺更になんかした?」

「大丈夫、何もしてないよ」


 おろおろとする蓮の背中を撫でて宥める。気分は幼稚園の先生ですわ。


「あの人たちは『蓮が起きたところの順位で勝負が決まる』ってルールでゲームしてただけだから、本当に気にしなくていいよ……」


 そう、この人たち、暇があるとゲームばっかりしてる。元がゲーマー集団だしね。

 バス屋さんは彩花ちゃんに負けた上に煽られたのが屈辱だったみたいで、「ここで型の見直ししてるわ……」って6層に残ったままだ。


 そして、彩花ちゃんは同じく6層で聖弥くんに稽古を付けている。

 強い人と手合わせすると経験値が入るからね。聖弥くんはステータス成長率が悪い分技で強くなるしかないから、私が彩花ちゃんにお願いしたんだ。


「蓮くん、今どんな感じ? 目眩とか頭痛とかする?」


 ご丁寧にゲーム機をスリープじゃなくて電源切って、颯姫さんが蓮の様子を見にこっちにやってきた。


「今はなんともないです。頭痛もしないし、目眩もないし。……ホント言うと、ぶっ倒れる直前まで酷かったんですけど」


 しゅんとうなだれる蓮の頭を、颯姫さんが軽くポンポンと叩いた。気にしなくていいよというように。


「あれはね、完全に魔法の使いすぎ。蓮くんは元々MPが高い上に補正で更に上がってるでしょう。だから連発できちゃったんだけど、実は魔法って脳に負担が掛かってるのよ」

「柚香からさっき聞きました。鼻血も出してたって聞いて、格好悪いなって……」

「うん……『能力の使いすぎで鼻からたらりと血が流れる』って映画とかだと格好良く見えるけど、血圧上がりすぎて鼻の血管ブチ切れただけって聞くと切ないよね……」


 颯姫さんは蓮を慰めてるつもりかもしれないけど、端から見ると止めを刺しているようにも見えるな……。


「魔法使いとしては気に留めておいて欲しい事項ではあるけどな。使いすぎはヤバいって。でも、それを抜きにするとあの短時間で一気に70層まで行ったんだから、実質今日の予定はクリアしてた」


 大歓喜からクールに戻って、ライトさんが蓮の方を見ないで後片付けをしながら言う。わざとかな、「気にしすぎることじゃない」ってところを強調するために、敢えて蓮の方を見ないで言ってる気がする。


「藤さん、6層に行って3人を呼び戻してきて。蓮くんが起きたからミーティングしよう」

「了解」


 タイムさんの提案に私はチラリと時計を見た。時間は夕方の5時半。だいたい颯姫さんが「夕方まで起きてこないと思う」と言った通りになったね。


「蓮は座ってて。喉渇いてない? 何か飲む?」


 ずっと眠ってたから水分不足になってるだろうと思って声を掛けたら、キッチンに向かった私に蓮が付いてきた。


「冷蔵庫見て考える。牛乳って言おうとしたんだけど、瞬間的に頭の中で果穂さんの声で『牛乳は言うほど水分じゃないわよ』って突っ込みが入って、じゃあ2杯飲みますって答えたら『夕飯前にそんなに飲んだらご飯が食べられなくなるわよ』って反論されてさ」

「あはは、なにそれ、言いそうー」


 蓮の脳内ママがあまりにそれっぽすぎて、私は思わず吹きだしてしまった。いや、私の脳内でもまんまママの声で再生されたもんね!


「ユズー、ママにもりんごジュース!」

「あー、じゃあみんなの分コップ持って行くね」

「じゃあ、冷蔵庫から適当に持って行くか」


 ママにも声を掛けられたので、そういえばこの後どうせミーティングなんだわと気づいてお盆の上に次々とコップを載せる。

 蓮は冷蔵庫からりんごジュースとオレンジジュースとコーラを出して抱えてダイニングテーブルまで運んだ。


「うわー、汗やばー! 先にシャワー浴びていい?」

「俺も!」


 颯姫さんと一緒に戻ってくるなり、彩花ちゃんが騒いでバス屋さんもそれに乗じた。リビングにいた全員が一瞬目を見合わせて「それがあったか」と思ったのがわかる……。


「じゃあ、3人は先にお風呂入っちゃっていいわよ。急ぎ目でね」

「はーい!」

「すみません、時間がわからなくて、戻るに戻れませんでした」


 聖弥くんだけちょっと言い訳っぽい言葉を残して、3人はそれぞれお風呂場に向かう。

 そして残された人たちが適当にジュースを飲みつつ雑談をしていた。


「オーバーヒートのことって冒険者協会に報告すべきじゃない?」

「私が起こしたときに報告したら、既に他国で事例があるって『オーバーヒート』と呼ばれてることを教えてもらったんですよ」


 ママが颯姫さんに話を振ったけど、颯姫さんから返ってきたのは残念な答えだ。ママは一度がくりとうなだれた後、「いや」と拳を握って高らかに宣言した。


「モリモリに働きかけて、教科書の隅にでも入れさせるわ。『魔法を使うとMPが減るだけじゃなくて脳に負荷が掛かります。魔法職の人は頭痛や目眩が起きたら魔法の使いすぎなのでそれ以上の行使はやめましょう』って」

「熱中症対策のキャッチコピーみたいですけど、どっちかというと『ポーションは薬です。1日8本以上使わないようにしましょう』とかも一緒に書いて欲しいですね」


 颯姫さんの補足に蓮も真剣に頷いているけど、ママと颯姫さんは自分たちで言っておいて揃ってため息をついた。


「でも、大体は適正LV帯で戦ってるし、稼ぐために戦ってるのが普通の冒険者だから、ポーション乱用ってしないのよねー。赤字になるのも馬鹿らしいし」

「それですよ。特にマジックポーションとか高価ですしね。これがゲームで、『マジックポーションを大量購入してウィザードでゴリ押しすれば攻略できる』だったら私レビューに容赦なくクソゲーって書きますもん」


 ライトさんとタイムが「だよなー」と言ったところでその話題は終わった。

 蓮はちょっと居心地悪そうに「ゴリ押しで攻略」しようとしたことについてうなだれていた。


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