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第283話 お休みですが……

 気がついたらお昼の時間になっていたけど、まだ蓮は起きてこない。

 颯姫さんの予想では、夕方くらいまで眠ってるんじゃないかって。

 自分がオーバーヒート起こしたときに大体5時間くらいは寝てたから、もっと酷かった蓮はそのくらいなんじゃないかという予想らしい。


 午後もこのままお休みってことで、ガッツリのお昼じゃなくてパンとサラダと、後は目玉焼きとかベーコンとかチーズとかマシュマロとか「好きなもの挟んで食え!」って感じになった。


「マシュマロ……バーベキューで串に刺して焼いたことはあるけど」


 ベーコンが山盛りになった皿の隣にマシュマロが袋ごと置いてあって、彩花ちゃんは背後に「ゴゴゴ」と効果音を背負いそうな様子で凝視している。


「それね、食パンに載せてそのままトースターで焼くの。そうすると表面パリパリ中はトロトロのマシュマロトーストができるんだよ」

「へえええ、やってみようっと」

「あっ、私も食べてみたい!」


 彩花ちゃんと一緒にマシュマロトーストを作り、いい焦げ目がついた辺りで取り出す。一口食べると――た、確かにバーベキューでやる焼きマシュマロだ! それがパンに載ってるだけだ!


「意外に美味しいね」

「あふっ、口火傷したー」

「おおお、女子高生の食事って感じするぅー」


 ふたりで並んで座ってトーストを食べてたら、何故かバス屋さんが顔を緩めて私たちを見てる。本当に……この人は残念だなあ。口を開かなければ「イケメン」で済むのに。


「そうだ、バス屋、午後も付き合ってよ。暇なんでしょ?」


 みょーんと溶けたマシュマロをぱくりと口に入れて、彩花ちゃんが小首を傾げて笑顔でバス屋さんを誘っている。


「おーけーおーけー。彩花にだったら付き合っちゃうよ。何する? 桃鉄? スマブラ? それとも……」

「もちろん、て・あ・わ・せ☆」


 トーストの最後の欠片を口に放り込み、口元は笑ったままで彩花ちゃんがギラリと肉食獣の目をバス屋さんに向けた。


「うちのクラスの前田もそこそこ強いんだけどさ、槍使い自体少ないじゃん? バス屋って強いし、見てたら戦ってみたくなっちゃった」

「デートのお誘いのノリで手合わせを求めてくる奴は女子高生じゃねえ! おまえなんか今後タケルで十分だ!!」


 バス屋さんが思いっきり泣いた振りをしている……うん、気持ちはわかるよ。今の彩花ちゃん、完全に小碓モードだもんね。タケルで間違いないわ。


「長谷部さんは……学校でもこんな感じなの?」


 一方、ライトさんたちは引き気味だ。外見的には女の子だからね、中身は日本武尊だけど。

 私と聖弥くんは揃って首を横に振った。それでライトさんは余計困惑したみたいだ。

 彩花ちゃん、どっちかというと学校では手抜きしまくってるせいでやる気ないんだよね。

 強い人が相手じゃないとその気にならないみたい。


「えー、なにそれ楽しそう! 絶対見たい! 草薙剣VS蜻蛉切よ!? 槍術と剣術の戦いも必見よね!」

「あー……私ヒーラーとして付いていかないとダメな奴ですね、これ」


 ママは興奮しまくって叫び、颯姫さんはちょっと遠い目で呟いた。


「僕は蓮がもし目を覚ましたときに誰もいないと困るだろうから、ここに残るよ。柚香ちゃんはどうする?」

「うーん、私は……」


 バス屋さんVS彩花ちゃん、見てみたい気もするけど、聖弥くんと同じで蓮が心配だから残りたい気持ちもある。そう思ってたら、食べ終わったお皿を下げながら彩花ちゃんは振り向いて、バス屋さんを挑発しがてら私を巻き込んできた。


「ま、軽ーく制限時間5分で1本勝負かな。ゆずっちは安永蓮のことが心配でそれ以上は見てくれなさそうだし」

「あれっ!? 私が見るの前提なんだ」

「当たり前じゃん。安永蓮が動けないうちに、ボクの強くてかっこいいところ見せるんだから」

「出しにされてる俺、可哀想すぎない? アネーゴ、撫で撫でして慰めて」

「無理。あんたが立ってると手が届かない」


 バス屋さんに対する扱いが――酷いっていうかなんていうか。高身長のイケメンが何の武器にもならない人初めて見たよ……。

 結局、食器を片付けてからポータルで6層まで戻って、フロアを掃除してから彩花ちゃんとバス屋さんが手合わせすることになった。


 一昨日ここに来たときは、「倒すのに時間が掛かりすぎてリスポーンする!」と思ったのに、同じ敵に対峙することで自分のLVが急激に上がって強くなってるのが実感できた。


 あの時は「硬い」って思ったヘビも、村雨丸でスッパリと切れる。トレントは巻き藁のように斜めに斬り倒すことができた。

 前は木刀で戦ってたし、今は村雨丸で戦ってる。その違いも大きいけど、手応えが全然違う!


「私、凄く強くなってる!」


 フロアの敵を全部一撃ずつで倒して、思わずそう叫んじゃったよ。なんか敵が初級ダンジョン2層の敵くらいに感じたもん。


「本当に、思ったより強くなってるね。良かった、特訓の成果が出てて」

「結局今朝だって、蓮くんが倒れるまでに物凄い勢いで65層から70層まで行ったしね。入ってる経験値は相当のものだと思うよ。今の推定LVは45くらいかな? これなら、75層を攻略した辺りで特訓を終わらせてもいい気がする」


 颯姫さんも私が強くなってることを認めてくれて、タイムさんはより細かい分析をしてくれた。

 75層を攻略したら終わり――その言葉を聞いて、急に目の前が明るくなった気がした。

 蓮の調子が良くなって無理さえしなければ、75層は1日掛ければ行ける気がする。


「じゃ、手合わせしよっか」


 草薙剣を片手に、彩花ちゃんがバス屋さんに笑いかける。バス屋さんは槍を肩に背負ったまま、ちょっと不服そうに唇を尖らせていた。


「タケルが強いのは認めるけど、この身長差に槍と剣で手合わせになるんかね」

「ふふっ、手合わせで良かったね。ボクにそんなこと言ったら、普通なら首を刎ねてたところだよ」 


 古墳時代の英雄、物騒だわ。思わず元妻の私もバス屋さんに同情したくなる。


 ふたりが十分に間合いを取ったのを確認して、ママがすっと手を上げた。


「手合わせ、始め!」


 その一言で、バス屋さんが重心を落として穂先をまっすぐ彩花ちゃんに向ける。彩花ちゃんは抜き放った草薙剣を上段に構えて、一歩一歩慎重に間合いを詰めて――行くかと思ったら、フェイントだ!

 上段から切り下ろす攻撃をすると見せかけておいて、一瞬でバス屋さんの懐に飛び込んでいく。剣は今は左側、そのまま薙げばバス屋さんは大怪我必至だ。


「バス屋くんの蜻蛉切は長いから、本来はああして懐に飛び込まれると厳しいのよね。穂先が大分先にあるから。でも――」


 ママがじっとふたりの戦いを見ながら実況している。確かに、槍は超接近戦には向いてない。

 彩花ちゃんが勢いよく振り抜いた剣で、ビュンという音がした。その直後、ガツンという重い響きも。


 刃のある穂先は確かに彩花ちゃんのいる場所より大分先の方にあるけど、バス屋さんは両手で握った蜻蛉切の柄で剣の一撃を止め、はじき返していた。そうか、両方ともヒヒイロカネ製だから、草薙剣で蜻蛉切の柄を切るのは無理があるんだ。

 そのまま、バス屋さんは石突の方で彩花ちゃんの足元を払う。咄嗟に飛び上がった彩花ちゃんは柄を上から踏みつけていた。


「バス屋くんの槍術は颯姫ちゃん譲り。つまり棒術が大幅に組み込まれてるのよね。だから、あの『蜻蛉切』を純粋に槍として見るのは下策だわ。刃こそ先端にしか付いてないけど、柄から石突まで全部が戦える部位よ」

「つまり、接近戦でも対応できるの。防御主体になりがちだけど」


 ママと颯姫さんの解説の間にも、ふたりの激しい攻防は続いていた。

 バス屋さんの至近距離で戦う彩花ちゃんは、攻撃を入れてははじき返され、時には手元を狙ってとんでもない角度の蹴りまで入れている。

 バス屋さんは普段のおちゃらけた態度とは違って、恐ろしく真剣な顔で彩花ちゃんの攻撃全てを完璧にいなしていた。


 あ――わかった。彩花ちゃんがここまでの接近戦をしたわけが。

 蜻蛉切の穂先を警戒したんじゃない。バス屋さんとの身長差によるデメリットを潰すためだ。逆にここまで近接だと、小回りの利く彩花ちゃんの方が終始押している。


「きりがない!」


 草薙剣を柄で跳ね上げて、バス屋さんは後ろに跳んだ。勝負を付ける気だ。


「させない!」


 開けられた間合いを鋭い突きと共に彩花ちゃんが詰める。ただの前進じゃなくて全部が攻撃に繋がってる。やっぱりこれが彩花ちゃんの戦い方だ。


「死ね!」


 振り上げた剣が、バス屋さんの顔面に迫る。その瞬間、「そこまで!」というママの鋭い声がふたりの動きを止めた。もう5分経ったんだ!


「ぎえええええええええ! おまえ絶対最後殺す気だったろ!? ほら見てこれ! 俺の髪の毛今の一撃で切られてる! 嫌だ怖いこの子! 午前中マリカーで体当たりしまくったの絶対根に持ってる!」


 バス屋さんは蜻蛉切を放り出して、床に散らばった髪の毛を拾ってこっちに向かって「見て! 見て!」と振っている。

 ……せっかく格好良く戦ってたのに、終わった瞬間こうなるのがバス屋さんの駄目なところだよね、ホント。


「死ねとは言ったけど、殺すわけないじゃん。あれは気合いの一言だよ。ボクは強いよ。わかったら女子高生ってラベリングでボクらを見るな。気持ち悪い」


 一方で、終始攻めに回っていておそらく誰もが勝ちと認めるであろう彩花ちゃんは、虫でも見るような目でバス屋さんを見ている。


「というわけで、バス屋は今後彩花ちゃんとゆ~かちゃんを見て『女子高生っぽい』とか『女子高生っぽくない』とか口にしないこと。わかった?」

「……ハイ、サーセン」


 颯姫さんにまとめられ、バス屋さんは素直に彩花ちゃんに頭を下げた。

 そっかー、確かに女子高生女子高生言われてたけど、彩花ちゃんはそれが私が思うよりずっと嫌だったんだね。


「ま、バス屋も思ったより強かったよ。楽しかったからまたやろ!」

「ははー、タケル様の仰せの通りに」

「彩花って呼んでいいって言ったじゃん。むしろタケルって呼ぶのやめろよ」


 抜き身のままの剣を背負って笑う163㎝の彩花ちゃんは――すっごく物騒だけど綺麗だった。


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