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第279話 日常にしてたまるか

 60層から始まって3時間で63層まで。極端に疲労を溜めたりしないようにと、目標階層じゃなくて経過時間でタイムさんが戦闘を管理してた。

 普通のダンジョンと違って、ポータルと居住区域があるからできる特訓だ。


 いや、マジで今までで一番きつい戦闘だった……。

 低レベルの頃に装備品で一足飛びに強くなっちゃったから、敵からダメージ受けたことなかったんだよね。

 本当に、覚えてる限りダメージ入ったのって蓮にフレンドリーファイアーされたときだけだもん。


 でもここのモンスターの強さは上級下層ランクだからダメージも食らいまくるし、途中から「アネーゴ助けてぇぇぇぇ!」ってバス屋さんの悲鳴も聞こえてきたし。


 バス屋さんが助けを求めるほどのヤバさ!? と焦ったら、蓮が攻撃ばっかりしてて回復してなかったせいだったらしくて、バス屋さんはライトさんに凄い勢いでポーションの瓶ぶつけられてた。


「こうして考えてみると、明日からの魔法使いふたり体制はかなり豪華だな。ふたりどころか、聖弥くんも入れると3人か。聖弥くんはサポート専門、バフを掛けたらあとはファイターとして戦うから無駄がないし、蓮くんはMAGが高いから攻撃専門で姫が主に回復」


 戦闘を終えて反省会的な事をしながら、階段に向かって歩く。ちょうど63層の敵を倒しきったところだから、こんな悠長にしゃべりながら歩けるんだよね。

 ライトさんはパーティー構成の悪さが気になってるけど、明日からはそれは問題ないと思ってるんだね。

 今の構成はファイター7人に魔法使いひとりという、アンバランスな感じだ。

 私もリセット前だったら初級回復魔法覚えてたんだけどなあ。


「うん、明日はフルメンバーで行くし、65層からで問題ないね。今日のうちにパーティー登録しておいて、経験値は全員に入るようにしよう。そろそろ僕たちも手加減してそっちに経験値を回すなんて器用なことができなくなってくる」

「わかりました」


 こうして見てると、ライトニング・グロウってちょっと不思議なパーティーかもしれない。

 ライトさんとタイムさんでWリーダーというか、いつでもこのふたりはその役割をスイッチできるように見える。前衛と後衛という役割の違いから、果敢に斬り込んでいくライトさんのほうが「らしいリーダー」だけどね。

 腹黒イメージのせいでタイムさんや颯姫さんの方が作戦立てたりするのには向いてるんじゃ? と思ったけど、ライトさんは正攻法なんだよね。


 でもライトニング・グロウはバス屋さん以外は誰でもリーダーできそうな感じだから、あまり関係ないのかも。


 夕飯は颯姫さんがあらかた作ってくれていたので、ママと私でちょい足しをして、聖弥くんが更に手を出してポークソテーが載ってるお皿にソースでライン描いたりして、無駄に豪華に見えたりしてみんなで笑った。


 ご飯の後はちょびっとゲームしたりして、敢えて「いつも通り」っぽく過ごす。

 気がついたらゲーム機が8台に増えてて、バス屋さんがドヤ顔でプロコンをアイテムバッグからどんどん出してくるから呆れたよ。


「せっかく人数がいるんだ、やることはひとつ!」


 誰が予想したでしょうか!! ダンジョンの中で8人でマリカー対戦をするなんて!

 ママはやらないジャンルのゲームだから観戦に回ったけど、予想外に燃えちゃったね!

 バス屋さんは自分で出してきたくせにそんなにうまくなくて、聖弥くんと蓮がショートカットを熟知してるから妙に強かった。


「去年だっけ? 年末年始4人でここに籠もって桃鉄100年モードやったの」

「そうそう、どうせ見たいテレビ番組もないし、一生に一度くらいアホな年越しをしようってね。あれはある意味地獄だったわ」

「随分余裕あるんですね!? ぎゃー! 落とされたー!」

「わはははは! そんな端っこ走ってるゆずっちが悪いんだよーん!」


気がついたら1時間も遊んでいて、お風呂も準備できてるしそろそろ寝るかと各々が自然とコントローラーを置く。


「日常にするしかないんだよ、この特殊なダンジョンにいる俺たちは」


 ライトさんが急に私に向けてそんなことを言ったから何のことかと思ったら、ゲームしてる途中の「随分余裕あるんですね!?」という言葉に対しての回答だった。


「遠足の前に眠れないっていうのは、『特別だから』だろう? 気負いなく、精神的に追い詰められたりしないようにここを1層1層進んでいこうと思ったら、『当たり前の日々』の中に組み込んじゃうのがいいんだ」

「ああ、だからわざとゲームしたりする時間を作ってるんですね」

「ダンジョンフロアでの1時間は短い時間じゃない。だけど、この部屋の中なら1日の内そのくらい遊んでもいいってね。俺たち元々がゲーマー仲間だし」

「1週間ここに籠もってゲームを全くしなかったら、私発狂してたかもしれない」


 冗談なんだか本気なんだかわからない様子で颯姫さんが呟いた。

 そっか……これを「日常」にしてしまうんだ。敢えて、焦らないように。


 私はその言葉をずっと考えたまま満天の星空が投影されているお風呂に入り、言葉少なく髪を乾かして寝る支度をした。

 なんだか自分がふたりに分かれてしまったみたいに、ママや蓮たちにおやすみといつも通りに言う自分がいる一方で、ライトさんの言葉を重く抱え込んでいる私がいる。


 ベッドに潜り込んで目を閉じたけど、眠気はやってくることなく、逆に胸に抱えていたものがどんどん重みを増していく。


 日常――思い詰めないためには、「これがいつものことなんだ」って思った方がいいっていうのはわかる。

 でも、「ヤマトがいない今を、『日常』なんて思えない!」って泣き叫んでる私も胸の中にいる。

 颯姫さんはどうして耐えられたの? 上野さんの命を背負わされながら、潰されることなく今まで戦い続けてきて。


 ぐるぐると頭の中で悩みが回る。そうすると更に眠気は遠のいていく。

 重たい気持ちが限界になって、私はそっとベッドを抜け出して、リビングに向かった。

 なるべく音を立てないようにドアを開けてリビングに入り、灯りも点けないままうずくまる。そうしたらもう堪えられなくなって、ぐすぐすと情けない嗚咽が漏れた。


「ヤマトぉ……会いたいよ……どこにいるの? 早く特訓を終わらせて探しに行きたいよ。私は日常になんか、できない……」


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