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第278話 60層は半端ない

 ……と気合い入れたのはいいけど。


「うぎゃっ!」


 彩花ちゃんがトレントの枝に吹っ飛ばされた。いや、トレントじゃなくて、エルダートレントとかかな。私が最初の方の層で倒したやつよりも一回り大きいし、魔法も撃ってくる。

 枝もあれだけ葉っぱがわさわさ生えてたら動きが遅そうなのに、ガサガサって葉っぱが鳴る凄い音と同時に鞭がしなるように襲いかかってきた。

 そしてなにより厄介なのは、数が多いこと!


「ファイアーボール! ファイアーウォール!」


 蓮の身長よりも大きな火の玉が、勢いよくトレントにぶつかってその巨体を跳ね飛ばした。

 続けて唱えた魔法で炎の壁が立ち上がり、フロアの中央付近に一列に並んでいたトレントたちが炎に巻かれていく。蓮はもう一度同じ魔法を使って、トレントと私たちの間に完全に壁を作った。

 ここのダンジョンは、初級ダンジョンと同じく長方形の平坦なフロアだ。ただし広い。


 トレントの範囲攻撃があることを事前に知っていたから、私たちはあまり固まらずに戦っていた。まだ敵が多いから、階段を中心として半円を描くように「私たちのエリア」を拡げているところ。


「長谷部、大丈夫か!」


 渋い顔をしながら即座に起き上がる彩花ちゃんに、蓮が声を掛ける。

 このふたりは割と犬猿の仲だけど、ダンジョンの中ではそんなことを言っている奴は冒険者失格だよ。


「まだ平気! だけど、くうううううううううう、安永蓮に回復頼まなきゃいけなくなるの嫌だー!」

「トレントは基本その炎の壁は越えてこないけど、他の敵もいるから気を抜くな! 大声出すと敵を集めるぞ!」


 ライトさんが鋭い声で指示を出す。そうやって指示を出しながらも一箇所に留まらず、駆け抜けるようにしながらフロアの手前側にいるダイアウルフっぽいモンスを間引いていく。


「タイムさん! 指示出し任せた!」

「了解!」


 ライトさんは最前線で戦うことに集中して、遠距離型のタイムさんに指示出しの役割を振っている。こういうこともあるのか。確かにこのふたりならありそう。


「敵が、素早い!」


 飛びかかってきたダイアウルフを聖弥くんが盾で止めたから、体勢を崩した敵を私が渾身の突きで仕留める。


「ありがとう、柚香ちゃん」

「気にしないで。一気に敵が強くなってきて、私たちが相手にしたことのない強さになってるから調子狂うね」

「基本バディで、って言いたいところなんだけど、僕たちは変則的なんだよね、適切な組み合わせが見つからない」


 聖弥くんが悩んでるのもわかる。私たち今まで個人の戦闘で成り立ってきてたから、合宿以外の場であんまり連携取ってないんだよね。


「そんなの簡単じゃん。ゆずっちとボクがバディ。魔法撃ちまくる安永蓮の背後は由井聖弥が守る。由井は安永が攻撃受けそうなときだけ戦え。ゆずっちママは攪乱役の遊撃。敵の隙を作って、そこにボクたちが斬り込む。点を確保したらそれを線にするのは由井と安永に任せる。以上」


 さっきトレントに吹っ飛ばされたというのに、物凄く冷静な目で彩花ちゃんがすらすらと構成を決める。

 来たよ最適解! 小碓王の人格的な影響は減ってきたっていうけど、戦うことに関しては彩花ちゃんはやっぱり頼りになる。

 一見私と組みたいだけに見えがちだけど、一番戦い方を熟知してる同士の組み合わせだからね、ここは。


「彩花ちゃんの言うとおりだと思うわ。私は直接的なダメージよりも、敵の動きを封じたり攻撃のタイミングを狂わせたりしてる方が武器的に合ってる。それでいきま、しょっ!」


 ママの言葉が変に途切れたのは、ファイアーウォールのこっち側に出現したアルラウネが魔法を使おうとしたに気づいて、顔の部分に思いっきり鞭を巻き付けたからだ。


 危なー! この辺の敵は上級ダンジョン下層ランクの強さだって言うけど、特殊攻撃も魔法もバンバン飛んでくるんだよね。そりゃもう、フロアに降りた瞬間なんて周り中全部敵だから、四方八方からビシバシと!


「柚香ちゃんと長谷部さんは右方向へ! 蓮、左方向にアシッドレイン」

「ラジャ!」


 聖弥くんの指示は、ライトニング・グロウの人たちの動きを把握した上で出している。ライトさんとバス屋さんはフロアの中央付近を駆け抜けていて、一歩間違うと囲まれて身動き取れなくなりそうに見える。


 でも、切り裂かれたその場所を確保するのが、私と彩花ちゃんの役目だよ! ライトさんたちは私たちに背中を預けて戦ってるんだから、その信頼には応えないと。

 私と彩花ちゃんは少しだけ距離を開けて走って、ライトさんがダメージを入れて手負いにしていったダイアウルフの群れと対峙する。


 殺気立った狼たちは怒りの唸りを上げながら、こちらを窺っている。「この人間たちは強い」って気づいてるんだ。普通手負いならなりふり構わず戦いそうなものなのに。


 ああ、そうか。ダンジョンのモンスターには逃げる先がない。傷を負って、なりふりかまず戦っても、突破したその先に帰る場所はないんだ。


「おまえたちはここで死ぬしかないんだよ」


 私と同じ事に気づいた彩花ちゃんが、いっそ優しい声で残酷な言葉を告げる。そして、草薙剣を振りかざして群れに突っ込み、草を刈るように一気に横薙ぎに剣を振るった。

 その彩花ちゃんと背中合わせになって、お互いに死角が出ないよう補い合いながら、彩花ちゃんが挑発したモンスターたちを私も全力で叩きのめす。


 いくら斬っても、村雨丸に脂や血が残ることはない。一振りするだけで水がそういったものを洗い流していくから。

 私がずっと村雨丸でやってきた鍛錬も、無駄じゃなかった! 昨日は無意識にやっちゃったから、なんでそうなったのかも止め方もわからなくて焦ったけどね。


 炎の壁が消えると、トレントが枝を振りかざし、木の葉を高速で飛ばしてくる。ママの鞭が円を描くような軌道で動いて刃物のような木の葉を半分くらい落としたけど、全部は避けられない!


「飛び込め!」


 彩花ちゃんのその一言で、私には通じた。

 私たちを狙う木の葉の刃。それを防ぐのに私たちはダイアウルフを盾に使った。彼らに肉薄して体勢を低く取ることで、本来私たちに当たるはずだった木の葉で狼たちが切り裂かれていく。


「エグい」

「最適解でしょ」


 目の前のダイアウルフの足を切り払いながら、横に一回転して彩花ちゃんが立ち上がった。


「安永蓮! トレント最優先で片付けて! あいつらの範囲攻撃食らうとヤバい!」

「わかった!」


 今まで、こんなに全力で戦ったことあったかな。

 モンスターの血で顔を汚しながら、何故か心のどこかで喜んでいる自分を感じる。


 ああ、これは柚香じゃなくて、弟橘媛の意識の欠片か。

 そうだね、お互いの背を預けて一緒に戦うなんて事はできなかったもんね。

 私はあなたとは違うからさ、自分だけが犠牲になることなんてしないで、一緒に戦っていくよ。


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