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第277話 藤堂颯姫という人

 牛丼をお腹いっぱい食べて、お風呂に入ってリラックスして、快適なベッドでお昼寝。ついついセミダブルのベッドの上で枕を抱えながら転がってしまった。ここはなんだ? ホテルですか? って錯覚しそうになる。


 凄い……ダンジョンとしてあり得ない。しみじみ思うけど、メンタルケアだけしっかり押さえておけば、他は完璧な環境過ぎる。


 だから、ライトさんもタイムさんも颯姫さんも、私のメンタルを気にしてくれてるんだよね……。

 というか、颯姫さんは10年も戦ってて、70層までここを攻略してて、後タイムリミットが20年って区切られてる状態でよく私を助けてくれたり、文化祭に遊びに来てくれたり、そういう余裕が持てたなあ。私だったら絶対無理だ。



 ママや彩花ちゃんより一足早くお昼寝から目覚めた後、リビングにいる颯姫さんに私はそのことを話してみた。

 颯姫さんは正座をしてタオルを畳みながら、うーん、と考え込んでいる。


「そうだなー、私も最初はゆ~かちゃんみたいに焦ってたよ。でもあるとき、よりにもよって赤城さんに言われたんだよね」


 他のこともしなさい、楽しいと思えることをしなさい、夢中になれる何かをどんどん見つけなさい。それはあなたを強くする。一直線に上野を助けることだけ考えて突き進んでいたら、あなたという花は色褪せていく。――赤城さんは颯姫さんにそう言ったという。


 キザな言い回しだなあ……上野さんという人の性格も大概謎だけど、赤城さんもかなりの変人臭がする。そして、なんでだかわからないけど、なんとなくママのことを連想する。


「ええと……ママを見ていると『好きなものが多い人生は充実してるんだな』って思うんですけど、そんな感じなのかな」

「うん、一緒のパーティーの頃からマンガ借りたりもしてたけど、果穂さんって人生楽しそうだよね。凄く、憧れる」

「え、憧れ、ですか……」


 思わず頬を引きつらせて語尾を濁しちゃったよね。マンガの貸し借りとかしてたんだ。

 ママに憧れる……それは、娘としては「やめといたほうがいいですよ」と言いたくなるけど、あの広範囲の人脈と知識の広さは本当に凄いと思ってるのも確かなんだよなあ。

 私が眉間に皺を寄せて「でもサンバ仮面は……どうかと思う……」と悩んでいたら、颯姫さんは持っていたタオルを手際よく畳んでクスリと笑った。


 笑うと目尻が下がって、凄く優しそうに見える。厳しいときはキリッとしてて、全然別人みたいなんだけど。

 指も細くて、ダンジョンに潜ってることが多いせいか色白で、こうしているとまさかこんな人が角材振り回してるとはとても思えない。


 でも、こういう「洗濯物を畳んでる」とかふとした日常の動作の中に、「ああ、この人は本当はこうやって穏やかに生きたいんだな」って見える気がするんだよね。

 新宿ダンジョンに来てから、ご飯作ってくれたり他の家事もやってくれたり、なんかそういう時の颯姫さんは纏う空気が柔らかい。


「……要はね、依存先を増やせって事なんだと思うの。ひとつのことだけに集中してる人は、それがダメになったときにポッキリ折れてしまう」


 颯姫さんは手を止めて、ふっと遠くを見つめた。

 その声は私に説明してるというよりは、自分に言い聞かせてるみたいだ。


 その独り言のような呟きは、私の心に刺さった。そうじゃないとわかってるのに、自分のことを言われてるみたいで。

 多分颯姫さんは、自分のことを考えてるんだよね。端から見てても真面目な人だとわかるから、きっと赤城さんに言われて「努力して分散させる」ことをしてきたんだろうなあ。


 だって、なんかわかるもん。「上野さんを助けるという目的だけ掲げて、突き進んじゃう颯姫さん」というのは今この時間軸にはいないifの存在だけど、この人はむしろそうなるのが当然みたいな人だと思う。

 あ、だからゲームをしながらパーティーメンバーを探したりしたのかな。他にも自分が楽しいことをしようとした結果として。


 私が颯姫さんのことを考えながら見つめていたら、不意に彼女はニコッと私に笑い掛けてきた。


「そんな私の依存先のひとつはゆ~かちゃんだよ。もうね、こうしてるのも広義の推し活だよね。一緒にダンジョンに潜ってるとか、ゆ~かちゃんの動画を初めて見たときには想像もできなかった」

「え? 私ですか?」


 依存先と言われて、思わず私は自分を指して首を傾げてしまった。

 だって、颯姫さんに依存されてる感じなんて何もないもん。むしろ私がお世話になってばっかりだし。


「初めて動画を見たとき、叫んで笑って転んで、でも楽しそうで……ダンジョンって私にとっては基本的には楽しい場所じゃないのね。でも、時々楽しい場所になるの。

 ゆ~かちゃんの動画を見た私は、ゆ~かちゃんがキラキラしてて眩しくて、私にとっての希望に見えた」


 畳み終わったタオルを詰んで、颯姫さんは私に優しい目を向ける。

 そういえば、颯姫さんってそもそも私たちのファンスレの住民だったっけ。最近あまりにも一緒にいることが多くて忘れてたよ。


「ゆ~かちゃんの笑顔を守りたい。ヤマトと一緒に楽しそうにしてるところをまた見たい。きっと、私以外のスレ民もそう思ってるはず」


 優しい声と眼差しに、胸がキュッと痛くなる。

 ……私自身は、なんで動画がバズったのかもよくわかってなくて、でも動画でコメントをたくさんもらったりするのは凄く嬉しくて。

 画面の向こうにいる人たちだけど、視聴者さんの存在は私を支えてくれてるのは間違いない。


「私が戦う理由のひとつ。生きていく上で楽しみなもののひとつ。そういう柱がたくさんあればあるほど、ひとつを失ったときの衝撃は少ないでしょう?」

「ああ……そういう意味での依存先ですか。わかりました」


 そっか、私が視聴者さんに対して勝手に抱いてる親近感みたいなものを、見てる側の颯姫さんも持っててくれてるんだ。

 前にパパも言ってたな。私の最初にバズった動画、疲れてる人ほどハマるらしいって。

 でも――「戦う理由のひとつ」なんて言われるとなんかこそばゆいな。にやけてしまうような、恐縮してしまうような。


 私が表情に困って頬を掻いていると、颯姫さんがぽんと膝の上のタオルを叩いた。


「いやー、でもまさか果穂さんの娘さんだとは思わなかったから、気づいたときひっくり返ったけどね!」


 ですよね! うん、目に浮かぶよ! 私ってどっちかというとタヌキ顔だから、ママとは顔だけでは親子だってすぐにはバレないんだよね。言動ではバレるんだけど。


「あははー! そうですよね! ちなみにいつ頃気づいたんですか?」

「最初にサンバ仮面付けて配信に出てきたとき。顔バレ防ぐためって言ってたけど、一定以上の知り合いは気づくわよ。まず声でしょ? スタイルでしょ? とどめに、あの仮面を付けても恥ずかしがることなく堂々と出てきたところ!」


 ママ……効果無いですやん……。まあ、一定以上親しくなければ気づかないかな? ヘイト集めてたっていうけど、そういう人はアグさんと一緒にいるところを見てただろうし、ママ単体で変装してたら確かに気づきにくいかも。


「さてと、午後は私はおかずの作り置きしておく予定。明日から私も戦うからね。午後は60層でしょう? 厳しいと思うけど頑張ってね。人数だけはたくさんいるから、あまり心配はしてないけど」

「はい! ありがとうございます!」


 私が颯姫さんの希望になったように、今は颯姫さんたちが私の希望になってくれてる。

 よし! 60層頑張るぞ!


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