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第277話 伝説のアレで気力体力が回復しました

「ふう……」


 12時のアラームが鳴って、私たちは一旦撤収。

 疲労感はあるけど、敵が強かった分「LVアップしたぞ!」って手応えがある。

 特に私の場合、AGIが高くなることがわかってるから、反応速度とかで自分でもステータスの上がりが実感できる。


 上がりが実感できるからこその焦りっていう、やっかいなものもあるけどね……。

 本当は、一度地上に出てステータスを確認したい。でもそれはかなり面倒な作業だ。そんなことに時間を割くのなら、「休息を取れ、そして、より深部で戦え」って結論に達してしまう。


 でも、理論的に考えれば、確かに私たちに必要なのは適切な休息、そして適切な強さの敵との戦闘。無理をすれば怪我どころか命に関わる危険もあるし。

 わかってる……わかってるんだけど、ご飯を食べてお風呂に入って昼寝を「ちゃんと」できるかなって心配になるんだ。


 ……と、私がちょっぴりナーバスになっていたのは、玄関ドアを開けるまででした!


「こ、この匂いは!」

「まさか!?」


 キッチンから漏れ出てくる匂いを嗅いだ瞬間、私と彩花ちゃんと蓮と聖弥くんは凄い勢いで靴を脱いでリビングに駆け込む。


「お帰り~」


 リビングダイニングと繋がったキッチンには颯姫さんが当然いるんだけど、妙ににやついてるんだよね!


「牛丼の匂いがします!」

「だよねー、今日のお昼は牛丼だもん」


 颯姫さん、すっごいニヤニヤしてる……そして、私の勘が「ただの牛丼じゃない」と訴えている!


「まさか、南足柄セミナーハウスの!?」


 同じ事を考えてたらしい彩花ちゃんが詰め寄ると、颯姫さんはドヤァと胸を張って見せた。


「そうだよ! いつかの配信か何かで、ゆ~かちゃんがすっごい美味しかったって言ってたから、『いつお昼に牛丼でますか』って電話で問い合わせて泊まりに行ったの!

 バッチリ習得してきたからね、自信作!」

「その行動力が凄え」

「さすが横須賀の破城槌……」


 蓮と聖弥くんは、褒めてるんだか呆れてるんだかわからない事を呟いていた。

 あの南足柄セミナーハウスに「牛丼を食べるためだけに行った」人間が実在してたとは!

 しかも、あの牛丼を習得してるなんて!

 颯姫さん、凄い! 行動力の使い方が大幅に間違ってる気がするけど!


「はい、手を洗って先にプロテイン飲むんでしょ?」

「行ってきます!」


 訓練された素早さで高校生組が「牛丼のために!」と流れるように行動をしていると、後から大人組が不思議そうな顔をして入ってきた。


「どうしたの? あんたたち。すっごい勢いで」

「牛丼なの! 夏合宿で食べてすっごい美味しかったあの牛丼!」

「神様仏様颯姫様ー! あの神奈川の僻地以外で食べられるとは思わなかったー!」


 わしゃしゃっと手を洗い、ついでに顔も洗い、キッチンに行って私と蓮と彩花ちゃんの分のプロテインをまとめてミキサーで作る。聖弥くんだけノンフレーバーだから、自分でシェイカー振って作ってる。

 コップに注いだプロテインを一気飲みした私たちは、ワクワクとした顔で颯姫さんの周りに集まった。


 うん、見た目は完全に記憶の中の牛丼と同じ。味は食べてみないとわからないけど。


「セミナーハウスのおばさんね、ダメ元でレシピ聞いたら『うちは別にお店じゃないから』って教えてくれたよ」


 颯姫さんのその言葉に、拳を突き上げる私たち。

 そこからは、自主的に丼を並べ、冷蔵庫から生卵を出して準備した。


 サラダと牛丼が並ぶと、私たちは席についてライトさんたちに「早く座ってくださいよ!」と圧を掛けまくった。


「いただきます!」


 私と蓮と聖弥くんと彩花ちゃんの声がぴったり重なって、4人とも同時に生卵に手を伸ばす。

 妙に嬉しそうな私たちをライトさんたちは不思議そうに見てたんだけど、生卵欠け牛丼を食べた瞬間に大人組もカッと表情が変わった。


「めちゃくちゃ美味しい!」

「でしょ!? これ、もはや私の必殺料理のうちのひとつだもん」

「え、なんで今まで食べさせてくれなかったの!?」

「食べさせる必要性を感じなかったから!」

「酷い! 数年間苦楽を共にしてきた仲間だと思ってたのに!」

「仲間と推しは違うでしょ!? ゆ~かちゃんは推しなの! 推しのためなら必殺料理も惜しげなく披露するの!」


 牛丼を食べたライトニング・グロウの人たちが仲間割れを起こしかけている……。

 普段冷静なライトさんとタイムさんがこんなことで怒るなんて。いや、食べ物の恨みって根深いからなあ!


「お替わりはひとり1回! 盛りは大中小から選んでね!」


 颯姫さんが自分の丼を持ったまま叫ぶ。懐かしいな! これもセミナーハウスのおばちゃんの真似だね。

 私たちは牛丼を掻き込みながら「大盛りで!」と叫んだけど、ここはセミナーハウスじゃないのでお替わりはセルフだった。


「うわー、やべえ、ポーション並に元気でたー」

「私も~。なんか、強くなるのを実感できる分気持ちが焦っちゃってたんだけど、牛丼に全てを持って行かれて吹っ飛んだ!」

「牛丼偉大。牛丼優勝」

「レシピもらったといっても、再現できる颯姫さんは凄いですね」


 大盛り牛丼をお腹いっぱいに食べて満足そうな私たちを見て、颯姫さんが笑顔で頷く。


「朝、ゆ~かちゃんの表情が硬かったから。……早く強くなりたいからって思い詰めちゃう気持ち、私にもわかるからね。お腹落ちついたらお風呂入って、ちょっとでいいからお昼寝して。それが強さへの近道だからね」

「ありがとうございます、颯姫さん」


 心配してもらってるのが、凄く身に染みる。そうだね、颯姫さんも「新宿ダンジョン100層攻略・その前にMAG120超え」って長大な目標を抱えてて、きっと私よりも時には焦る気持ちが強くなっちゃうんだろうな。


 私たちだけで上級ダンジョンでLV上げしてたら、きっと私は周りが止めるまで戦い続けてたんじゃないかと思う。

 颯姫さんはママと縁があったから、もしかしたらスレ住民じゃなかったりしててもいつか出会ったかもしれない。

 でも、今この時にライトニング・グロウのサポートが受けられて私は幸運だ。


「やっぱさー、お腹空いて疲れてると考えが悪い方にばっかり行くんだよ。その点、颯姫さんの今日のお昼はナイスアシスト」

「だねー。美味しい物食べてる間って、悪いこと考えないもんね」


 湯船に浸かりながら、私と彩花ちゃんはそんなことを話し合った。

 うん、いい具合に緊張が抜ける。これなら眠れそう。

 午後の60層からの敵も、ぎったんぎったんにしてやる。そう物騒なことを考えつつも、私は割と穏やかな気持ちでベッドに入ることができた。


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