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第275話 特訓二日目

 ダンジョンに潜るときは、入念にストレッチをしてから潜る。

 普段はダンジョンハウスや1層でするんだけど、ここはドアから出たらすぐ5層と6層の間だから、各自リビングとかベッドルームで自分の決まったメニューをこなす。


 肩周りの筋肉をほぐしながら、ちょっと動悸がするのを感じる。さすがに緊張するなあ、昨日の20層からいきなり50層でしょ?

 ライトさんたちがダメージ入れてくれるって言ってたから、倒しやすさでいったら同じくらいになるかな。でも敵が強くなる分、こっちもダメージ受けないように気を付けなきゃ。


 身に付けた装備を全部確認して、アイテムバッグをいつも通りに肩から掛けて玄関にある靴を……うわ、見分け付きにくい。私と蓮と聖弥くんのは同じデザインだからなあ。

 私はひとりで足が小さいからいいけど、あのふたり見分けられるのかな。


 ――などと変な心配をしてたら、蓮がくるっと靴底を見て、「これ聖弥の」ってさくっと解決してた。なるほどね、靴底の減り方は個人差が出る!


「……中学の時とか、マジで同じスニーカー選んじゃったりすること多くてさ」

「ああ、あるあるだ。黒いスニーカーだと名前書いても見えないからって書かなかったりねー」


 私とお揃いにしたけどサイズ違いで一発で見破られた彩花ちゃんを横目に、そんな会話をしつつ外に出る。颯姫さんがポータルを50層に設定して、「気を付けてね」と言って中に戻っていった。


「では――参る!」


 蜻蛉切を構えてフロアに躍り出るバス屋さんは、軽い口さえ開かなければ格好良く見えるんだよね! それを見てママの目がきらりと光る。


「蜻蛉切は笹穂槍ね。文字通り笹の葉のように先端が尖って中頃が膨らんでいるわ。両刃だから刃の長さを生かして薙刀のように斬り付けることもできるし、もちろん刺す事もできる。先端に止まった蜻蛉がそのままスパッと切れたという話から蜻蛉切と呼ばれるようになったわ。そ・れ・で、蜻蛉切の持ち主と言えば本多忠勝! 生涯57回もの戦に出て無傷というとんでもない豪傑よ。姉川の戦いでは1万を超す敵方の兵に対し単騎駆けをして、それが戦局を覆す切っ掛けになったわ。それに熱田神宮に奉納されている大太刀の太郎太刀の持ち主としてやはり豪傑として知られた真柄直隆をこの時討ち取ってもいるわね。いいわねえ~槍!」

「朝からよくマシンガントーク出るね……」

「あー、いつも通りのこの感じ」


 バス屋さんは身長が高い上に、長い槍をブゥン! と音がするほど力強く振ってるから、凄く様になってる。前田くんもそうだけど、武器を振りながらも下半身が安定してる人って見てて「強そう」って思うんだよね。 

 蜻蛉切を振るうバス屋さんをうっとりとママは見てるけど、視線が向いてるのはピンポイントで蜻蛉切の方だよね。槍も好きだからなあ。


「俺の槍は、アネーゴの仕込みっすから!」

「あーあーあー、ハイ、なるほどねー」


 えっ!? と驚いてる高校生組に対し、凄い納得してるママ。……これは、もしかして。


「てことは、間接的に私がバス屋くんの師匠って事ね。杖での戦闘術を颯姫ちゃんに叩き込んだのは私だから」

「杖と槍では違いすぎない!?」

「笹穂槍と十文字槍ほどの違いはありませんー!」


 言われて思い出す颯姫さんの動き。長い棒状のものを構えて(抱えて)先端と後部で交互に打撃を加えたり、突きを入れたり……確かに、バス屋さんの動きと凄く似てる!


 今更ながら、うちのママって……なんだろう、変、とも違うし偉大というにはあまりにもオタクだし……。

 遠い目をした瞬間、黙々と戦うライトさんとタイムさんが目に入った。

 そうだよ、戦いに来たんじゃん! ママのマイペースっぷりに日常に引き戻されちゃうところだった!


「よーし、全力で戦うぞー!」


 ぴしっと自分の頬を叩いて気合いを入れると、その音でママに圧倒されていた蓮と聖弥くんがハッとしている。


「久々の怒濤の武器語りに圧倒されてた」

「いつ聞いても凄いよね……果穂さんの記憶容量ってどうなってるんだろう」

「気にするだけムダムダ! だってゆずっちママだよ? 由井聖弥も安永蓮も武器を構えろ! 突撃ッ!」


 腹の底から気合いの入った彩花ちゃんの声に釣られて、蓮と聖弥くんがそれぞれの武器を構えてフロアに躍り出る。うん、さすがは大英雄、軍を率いてた人だけあるわ。空気を変えるのがうまい。


「様子を見ようとするな! 一撃で倒せるように最大の力で斬り込め!」


 鋭いライトさんの指示が飛ぶ。そう、私たちの周りにいるのは既に手負いのモンスター。自分の力を測るとか悠長なことは今回はやってられない。


 目の前の敵は灰褐色の皮膚を持ったキリングトード。デストードと違って防御力があるモンスターだ。初めてデストードと戦ったときに毛利さんから話は聞いてる。

 毒がない分防御力があり、動きが素早いカエル型モンスター……だけど、既にバス屋さんの一撃で背中を切り裂かれてるんだよね!


「はっ!」


 敵のターゲット範囲外から全速力で駆け寄り、声をできるだけ出さないように呼吸を意識しながらその傷目がけて村雨丸を振り下ろす! キリングトードは周囲に何人もの人間がいたからターゲットに一瞬迷い、それが致命的な隙になった。


 バス屋さんが付けた傷に重なって、深く私の斬撃が通る。硬い防御を既に切り裂かれた敵は、私の一撃で両断された。

 もう一匹近くにいたキリングトードが舌を伸ばしてきたから、前転で飛びこんで下から比較的柔らかいはずの喉元を抉る。渾身の力で村雨丸を刺して、体を倒しながら切り裂けば緑色の体液が散った。


 思った通りに動ける! 力の入り具合、踏み込んだときに自然に取る歩幅、そういう細かいものが、LVリセット前の私と同じだと体感できる。

 ――これなら、もっともっと強くなれる。その手応えをしっかりと感じた。


 ていうか、どんだけ経験値入ってるの!? リセット前LV34だったはずなんだけど、上がるの早すぎじゃない!?


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