「明日のことなんだけど、いいかな」
食洗機がゴウンゴウンと音を立ててる中、ライトさんとタイムさんが私たちのところへやってきた。
「バス屋から聞いたけど、30層でも問題なさそうだって聞いてね。だから明日は50層で戦ってもらおうと思う」
「はい?」
タイムさんの言葉が前後全く繋がってなかったので、思わず全員声を揃えて聞き返したよね……。
「姫の愚痴を全部聞いてくれてありがとう。俺たちはさ、早く姫の目的が達成されて、解放されて欲しいんだよ。姫は多分ここの攻略が終わったら冒険者やめるだろうけど、俺たちは普通のダンジョンで稼いで、ある程度のところで引退して好きなことして暮らしたいしね。このダンジョンに関わったおかげで、それが簡単にできるくらいに強くなってるし」
ライトさんはそういう気持ちなのか。でも、それが当たり前かなあ。一生暮らせるだけのお金を貯めてもダンジョンに潜り続ける人は、単なる物好きだと思う。私とか。
「つまり、ライトニング・グロウとしては、ゆ~かちゃん、いやY quartetには一刻も早く強くなってもらいたい。それで、ヤマトを取り戻した後は僕たちの目的であるこのダンジョン攻略を手伝って欲しいんだ。50層では僕たちがある程度モンスにダメージを与えてから倒してもらうようにして、早期育成をはかる。明後日は60層、そして明明後日は全力で70層攻略というのを目標にしてね。敵を倒すのがそれでも難しいようなら、目標攻略階層は下方修正するけど」
「……もしかして、法月さんのLVを完全に超えるペースで僕たちを育成しようとしてます?」
タイムさんが説明してくれたことに、聖弥くんが問い返す。タイムさんは当たり前だよーと軽く頷いた。
「寧々ちゃんはマユちゃんがいただけだったから、経験値の分散は少なかったし、マユちゃんのミラージュが強くて意外にLV上げが楽だったんだ。だからオーバーランしたんだけどね。でも今は5人だから、短期育成を考えたら少々無茶な方法でもやったほうがいい。……1日特訓が長引く毎に、ゆ~かちゃんの精神は消耗する。だろう?」
「……はい、そうです」
タイムさんの言葉に、私は唇を噛みしめて頷くしかなかった。
クリスマスパーティー、楽しかった。楽しかったけど、心の隅には膝を抱えて「こんなことしてる場合じゃない」って半泣きになってる私がいたのも事実だ。
「だからこそ、目標は明確に立てよう。ゆ~かちゃんのメンタルを考えて、確実に目標に近付いてることを実感できるように。それが俺のリーダーとしての判断」
「それに、こうしてる間もスレ民の方は必死にヤマト捜索に役立つ手がかりを集めてると思うよ。だから、決して無駄な時間じゃない。7ちゃんねるは本気になったら専門家がいくらでも匿名で知恵を出してくる集合知の結晶。時間を掛ければ掛けるほど、精度が高い情報が出てくるはず」
「そーそー。俺、朝ゆ~かちゃんがX‘sに上げた動画見たけど、不覚にもうるっと来たし。ゆ~かちゃんとヤマトはやっぱりニコイチでなんぼだからさー、ファンは力貸してくれるよ」
すっごい軽く、「とーぜんっしょ」って感じにバス屋さんが出したニコイチって言葉に、思わず涙腺が緩んだ。
「すみ……すみません……泣かないって決めてたのに……ヤマトを取り返すまでは泣かないって」
「無理しなくていいのよ、決意するのは大事だけど、辛いときには泣いていいの」
ママが抱き寄せてくれて、私はその胸に顔を埋めてぐすぐすと泣いた。
そっか、決意は大事だけど、それと泣かないってことは別か……。
「ゆずっちママ――その役目はボクと安永蓮が血で血を洗う決闘の末に得るポジションだと思います」
「待てよ、俺が長谷部と決闘するわけないだろ!? 死ぬわ!」
低い声で脅しを掛けるような彩花ちゃんに、蓮が必死で割り込む。うん、人死にが出る奴だ。蓮の魔法が間に合えば彩花ちゃんはやられるし、間に合わなかったら蓮が死ぬ。やらないの前提で話してるのはわかってるけどね。
「あはは……はー、考えてみたら、親同伴のレベリングって変だね。そもそもママってレベリング必要?」
「ブランクがあるから、レベリングって言うより戦闘の勘を取り戻すためって意味合いの方が大きいわね。もちろんLVが上がるのも速やかにヤマトのいるダンジョンを攻略するために大事だと思ってる」
「果穂さん……あれほど強くてもまだ強さを求めてるんですか」
蓮がガクブルと震えながらママに尋ねた。ママは真顔で「当たり前でしょ?」と答える。凄くママらしい。やるからにはベストでって姿勢がね。
「じゃ、今日は慣れないことでいろいろ疲れただろうから、そろそろ各自風呂を済ませて寝ようか」
「風呂ふたつで足りる? アネーゴ起こすか」
「わかりました、キュア」
男性陣なんか5人でひとつのお風呂共用は時間掛かりすぎるのではってことで颯姫さんを起こして、お風呂もうひとつ増やそうかって話になった。そこで、彩花ちゃんが突然の挙手。
「はいはーい! お風呂って、普通のユニットバスじゃないと設定できないの? 旅館とかのお風呂みたいな5人くらい一度に入れるのがあったら楽じゃない?」
「それは……もしかしたら設定にあるかも」
酔いが抜けた颯姫さんがタブレットを操作して、ぐぬうと呻いた。それは、あったのかなかったのかどっちだ!?
「疑似壁紙設定、森の中と雪の日本庭園、あと星空露天風呂があるけどどれがいい?」
「……上野さんってどういう人だったんです?」
蓮が真顔で尋ねてたよ。私も思わず同じ事訊きそうになったわ。
結局、片方は森の中でもう片方が星空露天風呂。明日は男湯と女湯が交代ってことで決着が付いた。
ダンジョンはどうしても閉塞感があるからね、森の中の風景を投影したお風呂がちょっと楽しみだな。