『ゆ~か、無事か!?』
『マナ溜まり、ヤバいぞ』
『蓮くん、名前名前!!』
『ゆ~かを引っ張り上げたヤマトと蓮はGJだったけど、なんでゆ~かは落ちたんだ』
『ヤマトの姿が変わってたし、しゃべったよね!?』
『とにかく無事か!? 蓮も影響ないか?』
わあ。
コメント凄ーい。……とりあえず、それを見ることだけはできるな。
でも今答える気にはなれない。とりあえずダンジョンの外まで出たい。
「ゆ~かちゃん!」
颯姫さんが走ってきて、私を抱きしめてる蓮ごと私のことをぎゅっと抱きしめた。
頭を撫でて、顔を覗き込んで、私の無事を確かめている。
「ごめん、ごめんね! ここなら守れるなんて大きな口叩いといて、結局守れなかった」
私を見つめる颯姫さんは今にも泣き出しそうだ。あれ、なんかもっと強くてしっかりしてる人だと思ってたんだけど……動揺してるのかな。
「痛いところとかない?」
「あの……とりあえず、無事です。意識もかなりまともです。頭ガンガンしてるけど」
「グレートヒール、グレートキュア」
問答無用で最上級の回復魔法を掛けられた。うん、ちょっとだけ頭痛いのは和らいだかも。
「とにかく配信は止めて外に出よう。敵は私たちが排除するから、安全なところを歩いてきて」
「そうだな……敵はお願いします。柚香、これしまってくれ」
颯姫さんに頭を下げて、蓮がロータスロッドを差し出した。意味がわからなくてきょとんとしていたら、自分でアイテムバッグ開けて放り込んでいる。そういえば使用権付与したままだっけ。
「俺が負ぶってくから。おまえは無理するな」
「う、うん」
邪魔になるかなと思って村雨丸もしまって、私に背を向けてしゃがんでる蓮の背中におずおずと負ぶさる。
以前を知ってるわけじゃないんだけどさ、結構筋肉付いてるなあ。初めて会った頃の蓮とは変わったんだね。
聖弥くんが配信中止を簡単にアナウンスしてくれたから、なんだか急に気が抜けた。
体の不調というか、怪我をしたりしたわけじゃないけど、凄く怠い。
蓮に寄り添って歩きながら「大丈夫?」と私を見上げて鼻を鳴らしているヤマトに「大丈夫だからね」と小さな声で言うと、私は蓮の背中で目を閉じた。
私を気遣ってるのか、蓮はあまり揺れない様にゆっくり歩いてくれてる。でもその揺れが心地よくて、急激に眠気が襲ってくる。
「あー、この崖面倒! 削っちゃおうかな!」
ちょっと苛ついた様子の颯姫さんの物騒な言葉が聞こえてきたけど、そこで私の意識は途切れたのだった。
私が気づいたのはライトさんの車の中だった。シートはリクライニングされていて、隣では酷く憔悴した蓮が私のことを見守っていた。
ざっくり話を聞いたところ、4層の階段降りた崖のところにいた五十嵐先輩を回収して、リスポーンした敵はちゃちゃっと片付けつつ楽なルートを通って戻ってきたらしい。
「このまま家まで送っていくよ。布防具だから着てても大丈夫だろう?」
ライトさんの問いかけにこくりと頷く。颯姫さんが相変わらず物凄い心配そうに、ダンジョンハウスで買ってきたらしい温かいお茶を手渡してくれた。
「ごめんね、ゆずっち。ボク、役に立たなくて……」
私の前の席に座っていた彩花ちゃんが悔しそうに歯がみする。
……なんか、顔は違うんだけどやっぱり表情とかで前世の面影があるんだよね。彩花ちゃんが私のことを一目見てわかったってのも納得できるというかさ。
まあ、彩花ちゃんはオーラも見えてるみたいだけど。
そう、前世の面影といえば――。
「彩花ちゃん! ここがどういう場所かわかってたんだよね!? 横須賀ダンジョン行くって話が出たときにどうして止めなかったの? 私の死亡フラグ立ててた様なもんじゃん!」
普段はこんな勢いで彩花ちゃんに向かって怒ることはないんだけど、過去を見た影響が残ってて、つい勢いよく怒ってしまった。
全くもう! この人は私をピンチにする天才か!
「ううう……ボクだけじゃなくてライトニング・グロウの人たちもいるって聞いたし、まさか
そう叫ぶと彩花ちゃんは座席の上でジャンピング土下座を決めた。
顔を上げたときに手を振り上げて見せたらびくりと身を引いてたけど。これ殴られるって思ってるときの仕草だわ。
やだなあ、前世含めてそんなに叩いたりした覚えないのに。往復ビンタだって、最期のあの1回だけのはずだよ。
「どういうこと? というか、話が全然わからないんだけど」
彩花ちゃんの隣に座っていた五十嵐先輩が、置いてけぼりを食らったような顔をしていた。
そして、主に私、時々彩花ちゃんや蓮が補足を入れながら、その場の人たちに今まで起きたことを説明した。
最初に江ノ島ダンジョンで影がない女の子に出会ったこと。
諏訪ダンジョンでその子がヤマトに向かって「我が主」と語りかけ、私に敵意を向けてきたこと。動画には彼女の存在は全く残ってなかったこと。
そして、私が狙われている理由は前世からの繋がりにあったらしいということ――。
「私、前世のことを思い出しました。以前の名前は
颯姫さんが悲鳴を上げかけ、自分の口を手で覆っていた。蓮と聖弥くんは心配そうに私を見つめていて、彩花ちゃんは半泣きだ。
「そんな……よりによって一番危ないダンジョンに連れてきてたなんて……あああ、もう私、ほんと役立たず!」
「え、ゆ~かちゃんにとって危なかったの? ここ」
自分を責める颯姫さんに、あっけらかんとバス屋さんが尋ねている。……これが、普通の反応だよね。
「来るときにも話したでしょ? ここは走水神社の裏手にあるの。走水神社の御祭神は
「アネーゴ詳しっ! ウィキかよ」
「横須賀市民舐めんじゃねーぞコラ」
颯姫さんの肘鉄がバス屋さんにヒットする。おごっ、と悲鳴を上げてうずくまるバス屋さんを無視しながら颯姫さんが私を覗き込んだ。
「それで、これからどうするの? 結局私たちの力ではあの撫子って子は止めることができなかった。きっと、これからもゆ~かちゃんは危ない目に遭うよ。それに今回はマナ溜まりの影響がなかったみたいだけど、例外中の例外だからね?」
そうだ、マナ溜まりに落ちた人は発狂するって言われてるんだっけ。それについては私はひとつわかったことがある。
「マナ溜まりは……なんていうのかな、アカシックレコードって言ったらわかりやすいかな。あれはこの地球を流れている全ての記憶と意思みたいなものが、たまたまダンジョンの中で表に出ちゃってる場所です。普通の人だと多分耐えられなかったと思うんだけど……なんで私大丈夫だったのかな。あ、なんかいろんな知識が頭の中にごちゃごちゃに詰められてはいるんですけどね」
「引き上げるまでの時間が短かったことは確かだけど……」
タイムさんが考え込んでいて、その後を颯姫さんが引き継いだ。
「多分だけど、ゆ~かちゃんは許容量が大きかったか耐性があったかしたんだと思う。弟橘媛命はね、『橘』という名前と死後に櫛を残したところから巫女的性質の強い女性だったと言われてるの。つまり、神霊を含む霊的なものとの親和性が高い可能性があって、ゆ~かちゃんも生まれつきそういう素質があることが十分考えられる」
「ねえねえ、アネーゴなんでそんな詳しいの!? マニア!?」
「うるせえ! 貴様はちょっと黙ってろ! 地元にそんな伝承が残ってたら興味を持って調べても何もおかしくないだろうが! はいはいマニアですよオタクですよ悪かったなあ!」
ブチ切れた颯姫さんのアッパーが綺麗にバス屋さんの顎に入った。Oh……。