今回のMVはメイキングを聖弥くんが撮る。というか、そうでもしないと聖弥くんが表に出られるSE-RENの活動がダン配以外なさ過ぎてね……。
チャンネルの過去動画には料理動画とか上がってたけど、二番煎じだからなんとか他の企画を、と私やママは頭を悩ませてるところだよ。
平日の放課後を使ってリハーサルをしたりして、蓮も準備は万端だ。今回はダンスがあるわけでもないし、歌いながら歩くところと、浜辺で座ったまま歌ってるところと、海の方を見ながら浜辺を歩いたりするくらい。
その合間合間に、表情のアップとかスチルとか挟み込んで構成する。
「うわー、制服着てメイクするのとかなんか違和感あるよなー」
ダンジョンハウスの小部屋を借りてメイクをしてる蓮が聖弥くんに向かってぼやく。
ダンジョンハウスって、こんなことにも部屋を貸してくれるんだね、驚きだよ。
今日は午前中にレコーディングしちゃったから、午後はこの撮影だけ。私服からMV用の制服への着替えもここの更衣室でしてた。
「あんまりメイクがっつりしないでね」
滝山先輩がメイクしてる蓮を見ながら注意をするけど、蓮は「大丈夫でーす」と軽く返した。
確かに文化祭の時の蓮子さんみたいながっつりメイクじゃないね。蓮は私よりよっぽどスキンケアに気を付けてるから肌も綺麗だし、ファンデーションで軽く整えて、目元だけはぱっと見わからない程度にアイライン引いて眉の形を整える程度。
……手慣れてるなあ。私なんか自分でメイクすることないから全然できないよ。
「聖弥も少し練習しろよー」
「まあ、そのうちねー」
ふたりで軽口を叩き合いながら準備をしてるところは、いかにも「仲良しユニット」って感じだ。
蓮の準備ができたら、最後のリハーサル。
その途中で、連れてきてたヤマトがはしゃいで蓮にじゃれついた。蓮は普通の人がまず見ることはない純粋な笑顔で、ヤマトを抱きしめてわしゃわしゃしてて楽しそう。
「それ、入れましょ! 蓮くんの苦しそうな表情が多いから、そういう笑顔が入ったらいいんじゃない?」
聖弥くんのカメラに入らない距離からママが叫ぶ。いくらなんでもメイキングにサンバ仮面映ってると異様すぎるってんで、声だけの出演だ。
「ゆ~か、ヤマト連れてちょっと離れたところから放して。安西さん、ヤマトが駆け寄ってくるところから撮影して、じゃれてるところアップでお願い」
「了解です」
「ヤマト、今のもう一回やってね」
ヤマトのお腹の下に手を入れて、ひょいっと抱き上げる。ヤマトは「えー、遊んでたのに-」とちょっと抵抗したけど、ちょっとだけ距離を取って放して、蓮が「おいで!」って言うとヒャッホー! って感じに駆け寄っていった。
……うん、ちょっと退屈してたんだね。遊んでくれるなら今誰でもいいやモードだわ。
SE-RENのファンを長くやってる人――固有名詞で言うとモブさんだけど――でも見たことのないような笑顔を、蓮は自然に出してる。ていうか、あれは素だね。犬好きが「たまらん」ってなってる笑顔。
ヤマトがまた、見た目だけなら育った仔犬くらいに見えるから可愛いんだよね。
「いいですね。どこに入れるか悩みどころですけど」
「あんまりラストの方には持って行きたくないわねえ。素材揃えてから考えましょ」
それから安西先輩がスチルを何カットか撮って、日が傾きだした頃に本番の撮影が始まった。
砂浜には冬といえど多少は人がいるんだけど、こっちで「何かやってる」のを気にしてくれるのか遠巻きにされてるね。
最初は砂浜に片膝立てて座り込んだところから。
目を閉じて囁く様に歌い出す声は切なくて、何度聞いても胸がぎゅっとなる。
それから一旦カットして、コートに付いた砂を払って砂浜を歩く。歌と口を合わせないといけないから、蓮は実際に歌いながら歩いている。歌の方も手抜きとかしてなくて、ガチで歌ってるからさっき遠巻きにしてた人がずっとこっちを見ていた。
海の方を遠い目で見たり、目を伏せて足下の砂を見たり、聖弥くんカメラの更に後ろにいる私の方をまっすぐ見たり――いろいろなカットを撮って、MV撮影は思ったよりもすんなりと終わった。
「蓮、お疲れ様」
「あー、もうこのダッフルコート着たくない。聖弥、着る?」
「チャリティオークションにでも出したら?」
「誰が買うんだよ」
はははっと友達に見せる笑顔を見せて、メイキングの方も撮影終了。
「じゃ、私急いでデータ仕上げて送りますんで!」
「安西先輩、お願いします!」
安西先輩が急いで帰っていくのを、滝山先輩とママがちょっと不思議そうに見ていた。――いや、安西先輩に「できるだけ早く素材ください」って言ったのは私なんだ。編集するのが私だからね。
今日は現地解散で、蓮と聖弥くんは明日のダンジョンに備えて帰って行った。滝山先輩はママとカットについての相談があるから一緒にうちに。
大体撮影は絵コンテ通りに行ったんだけど、ヤマトとのじゃれ合いをどこに入れるかをふたりで相談してた。その間私は夕飯作り。
滝山先輩から作業用に修正した完成版の絵コンテをもらい、私は夕食後は部屋に籠もった。午前中にレコーディングした音源を聞きながら絵コンテを確認してたら安西先輩からデータが届いたので、軽く頬を叩いて気合いを入れて編集に入る。
絵コンテの通りに動画を作る。うん、凄い作りやすい。これなら……。
集中して一気に動画を作り、終わったのは午前2時だった。
明日ダンジョンに行くんだから、本来は夜更かしなんてしちゃいけなかった。
でも、私はどうしても今日のうちにこの動画を仕上げないといけなかった。
だって、明日何が起きるかわからないから……もしかしたら、これが私が蓮に何かできる最後のことになるかもしれないし。
動画を蓮に送信した後、何度も動画を再生して蓮の歌を聴いていた。
自然と涙が出てくる。凄く、いい歌になったよ。
……やだなあ、私最近泣き虫だ。