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第214話 I LOVE YOU

 蓮と並んで座り込みながら、歌詞カードを見る。

 むむう……。この曲って、若いふたりの周囲から手放しで認めてもらえない恋愛の曲なんだね。若いってところだけは共通点あるけども、それだけで引っ張っていくのは無理だなあ。

 私が歌詞を睨んでいると、蓮がourtubeにアップされている公式MVを流した。それを聞きながら、思いついた事をふたりで話し合う。


「ラブソングだけど、もの悲しいよね」

「そこが難しいところでさ。相手が好きなんだとかそういう気持ちを前に出そうとするとなんか違うんだよなー」

「なんかこう、歌詞も微妙に先がない感じが滲み出てる」

「そうそう、お互いに愛し合ってるのは間違いないのに、なんでか壊れかけの感じがする」


 不安感か……。確かにペアリングを買おうとする様な浮かれた今の蓮だと、引き出しにないのかな。

 私の方は恋愛のことじゃなくて不安感バリバリにあるけどねえ……あ、そうだ。


「あのさ……彩花ちゃんから聞いた話、してもいい?」


 私が声をワントーン落として言うと、蓮は一瞬表情を強ばらせ、こくりと頷いた。


「彩花ちゃんが言うにはね、昔々の前世で、私と彩花ちゃんは夫婦だったんだって。それで私が夫のせいで先に海で死んだんだって。彩花ちゃんは生まれ変わる度に私を探したけどずっと会えなくて、今世でやっと再会できて涙出るくらい嬉しかったって言ってた」

「前世? おまえそんなこと信じてるの? あ、いや、長谷部のあの執着は普通じゃないとは思ってるけどさ」


 蓮が思いっきり眉を寄せる。幽霊は信じてるけど前世とかあまり信じないタイプなのかな。


「わかんない……そもそも記憶がないから。それで、私に記憶がないから彩花ちゃんも何度も『違うんじゃ』って思ったらしいんだけど、今の私が前世の私と凄いやることとか似てるらしくて、とどめに彩花ちゃんが言ってないことを私が知ってたりとかして確信持ったんだって。――それが、江ノ島ダンジョンで倒れたとき。

 あの時私は彩花ちゃんと話してたのは間違いなくて、でも何を話したのか覚えてないの。私が倒れたことに彩花ちゃんはショック受けてて、それまでちょっと強引に思い出させようとしてたんだけど、やめたんだって」

「ああ、それでその間に俺に取られたとか首絞められたっけ」

「この前、蓮に先に帰ってもらった時、彩花ちゃんと海に行ったんだ。そこで、前世で夫婦だったことと、私が海で死んだことを聞いた。でも私、別に海に対して恐怖感とか今まで感じたことないし、溺れたこともないんだよね。……何もかもが、彩花ちゃんの作った話を聞いてるみたいな他人事の感じでさ。なのに、その時だけ、頭の中に波の音が嫌に響いて、急に息が苦しくなって」


 まるで、水の中で息ができない時みたいだった。

 思わず首元を押さえると、蓮が心配そうに私を覗き込んでくる。


「大丈夫だったのか?」

「うん、その時は海から離れたらすぐ良くなったんだけど。

 彩花ちゃんは、ヤマトが私の側にいるのも前世絡みだって言うんだ。あのダンジョンで出てきた影のない女の子も、彩花ちゃんも、ヤマトも、今私の周りにいるのは偶然なんかじゃないって。

 私、ダンジョンにもっと潜りたいけど、これ以上進んだら危ないって思うときもあるの」


 私の今の一番の不安。蓮に向かって、それを正直に吐露する。


「もしも私が前世を思い出して、今のいろんな事が変わっちゃったらどうしよう。そう思うと……怖い」

「柚香……」


 蓮は不安そうな顔をしながらも、私の手をぎゅっと握った。


「もしも長谷部が言うとおり、前世の関係があったとしても……俺は、おまえを」

「というわけでー、この不安感を抱えたまま歌ってみようかー!!」

「……って、おまえーーーーーーーーー!! このやろーーーーー!!」


 すっごい真剣に私を力づけようとしていた蓮が、思いっきり前のめりに倒れる。


「いけるいける! ラブラブハッピーなだけじゃなくて、この先私がどうなるかわからない、そんな不安があるでしょ? はい、伴奏流すよ!」

「策士だな!? 俺の周りこんな奴ばっかりかよ!」


 蓮はぐちぐちと文句を言ったけど、イントロの間目を閉じて呼吸を整えていた。

 歌い出しのところからは目を開けて、私をまっすぐ見つめて歌う。

 目の奥に不安が揺らいでいて、歌詞とバッチリシンクロしてる。――うん、さっきとは違う。


 目を逸らしたい不安がたくさんあって、それから逃れる様に若いふたりは身を寄せ合う、そういう歌詞。

 歌いながら蓮は手を伸ばして、私の右手の小指の付け根をそっと撫でた。そこは今は何もないけど、お揃いで買ったピンキーリングを嵌めた場所。


 将来の約束も何もないけど、今ふたりの間にはお互いを好きって気持ちがある。――でも、それは何の保証もなくて、いつ何が理由で壊れるかわからない、そんなあやふやなもの。


 それこそ、ふたりの気持ちとか関係なく、前世からのしがらみなんていうよくわからないもので粉々になってしまうかもしれない。

 ママがいたときには恥ずかしがって歌えなかった蓮は、自分の感情を込めて歌いきった。聞いているこっちが切なくなって、不安にさせてごめんって言いたくなるくらい。

 謝らないけどね! それが一番蓮にとっては近道だと思ったから、不安にさせてみただけだしさ!!


「行ける……と思う」

「うん、すっごい良かったよ」


 聞いてたら涙出てきたもん。

 ダンジョンで何かがあったら、蓮は必ず私を守ろうとしてくれるだろう。それは信じられる。

 でもさ、私も蓮を危ない目に遭わせたくないんだよね。

 上級ダンジョンだって、むやみに先を急いだりしなければ、今の私たちにはそうそう危険なことなんてあるはずないのに。なんだかわからないけど、漠然とした不安がある。


「泣くなよ」


 蓮の歌った「I LOVE YOU」は心をざわめかせる寂しさと、不安と、「それでも今この瞬間だけは」という気持ちがこもってた。それは裏返せば私の抱えていたものだったから、鏡が映し出した様に不安感が煽られる。


 静かに涙を流す私の頭を、蓮が抱き寄せた。その温かさにほっとする。


「柚香の運命が俺じゃなくて長谷部だとしても、俺の運命は柚香だと思ってるから」

「彩花ちゃんは、やっと私に会えたのに今世女に生まれたのが呪わしいって。……前世がどうでも、私が今の彩花ちゃんを好きになることはないよ。やっぱり、女友達としか思えないから」

「だから、あいつは俺とかに当たりがきついのか……そりゃそうだよな。好きな女の子が側にいるのに自分も女で、周りに親しくしてる男がいたら排除したくなるわ。でも、そこまでしても結ばれる目がないのは……シンプルにしんどいな」


 蓮が深くため息をついた。さっきママに「ものまね」と言われたときとは違う方向に気持ちが沈んでるみたいだ。


「よし、彩花ちゃんの悲しさも思い知ったところで、ママを呼んでくるから歌ってみせようか」

「だからおまえ……はー、そういう奴だよな。やり方はともかく、俺の感情が変わったのは間違いないし!」


 溜息吐いたり悲しんだり怒ったり、蓮は忙しいなー。


 とりあえず歌の解釈が変わったと言うことをママに知らせに行ったら、ちょっと変な顔をされた。


「蓮くんと喧嘩でもした?」

「してないよ?」

「涙の跡、付いてるわよ」

「あー、しまった。まあ、いろいろ話してさ。私が今不安に思ってる事で蓮を不安にさせてみた結果歌が変わったんだよね。今はすっごいいい感じだと思うよ」

「……あんまりいろいろ背負いすぎるんじゃないわよ、まだ高校生なんだから」

「私の代わりに背負ってくれる人がいるならそうするけど……」


 前世がどうのって言われたら、私以外にはどうしようもないんだよね。

 彩花ちゃんだって、それで苦しんでるわけだしさ。


 ママの前で歌ったときも、蓮はふたりきりの時の様に自分の不安とかを込めて歌ってた。時々苦しげに目を閉じたりしながら歌う姿は、もうこのまま撮影してもMVになるんじゃないの? なんて思うくらいで。


「化けたわね……。蓮くんのお気楽な部分がごっそりなくなって、切なさに深みが出てる」

「ありがとうございます」


 ママに褒められたけど、蓮も手放しで喜んではない。

 根っこの部分に植え付けちゃった不安があるからね……。

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