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第213話 劣等感とド根性

「ものまねになっちゃってる自覚はあるんです……うまく歌おうって欲が出ちゃって」

「うーん、蓮くんの『お手本があるとインプット得意』が裏目に出てるのよね」


 蓮は膝を抱え、ママは深いため息をつく。こ、これはかなり詰まってる感じ!?


 なるほど、お手本があると真似できるって言うのは、つまり相当気を付けて自分の物にしないとものまねにしかならないってことか。


 はー、私芸能の道目指してなくて良かったー……。


「……と、まあこんな感じよ、今」

「私だったらOK出しちゃってますよ、完全に」


 滝山先輩が頬を引きつらせてる。ママは難しい顔で頬に手を当てた。


「趣味でやってる分には十分よ。カラオケではウケるわよ。でも、これ聞いたプロの人が『おっ、もっと聞いてみたいな』と思うくらいにならないときつい」

「そういえば聖弥くんが、この曲仕上げたら次低音域でポップな歌を仕上げてダンスと一緒に見せて、2つ合わせて蓮のプロモーションにしようとしてるんじゃないかって言ってたよ」

「聖弥くんそんなこと言ってたの!? あの子はこういうとき頭が回るわねー。頭がいいのは悪いことじゃないんだけど、私と同じ事を考えてる高校生って怖いわ」


 やっぱり、聖弥くんの推測は当たってたんだ! ひええええ。


「でも、蓮くんのプロモとしては、この曲はいいでしょ? 音域から行っても多分本人に任せてたら選ばない曲だし、前の曲と比べても表現の幅が伸びてるのがわかりやすい」

「完成させる自信はなくなってきましたけど」


 ずーんと蓮が沈み込んでいる。うーん、ママに手心を加えてあげてって言うのは簡単なんだけど、ママが一番買ってるのは蓮の「執念と根性」なんだよね。聖弥くんはそこら辺が薄いってぼやいてたのを聞いたことがある。


 蓮は物凄くできることと、逆に人並み以下にしかできないことが両方あるんだよね。だから、劣等感っていうのを知ってる。できない自分を知ってるから、崖に爪を立てる様にして努力する。

 聖弥くんは要領が良くて、どんなことでも割とすぐコツを掴んじゃうタイプ。それなりに努力はするけど、蓮みたいな「これができるようにならないと自分を認められない」って切迫感はない。

 聖弥くんが悪いわけじゃないんだけどね。なんでもこなせるっていうのは確実にひとつの才能だから。――でも、ママは聖弥くんと蓮を同じようには指導できなかった。スタンスが違いすぎて。


 蓮は落ち込むけど、絶望したのは見たことない。絶望しないんじゃないかって思う。良くも悪しくも諦めが悪いから。

 だから、ママの指導が厳しくても、私はそれを止められないんだよね。ユズーズブートキャンプと同じで、結果的に蓮のためになるってわかってるから。


「それじゃあ、私たちはそろそろ帰りますね」

「日程が決まったら教えてください」


 滝山先輩と安西先輩がママに挨拶をしていて、帰ろうとしていた。私はハッとしてふたりを玄関まで見送る。


「前のMVから体育祭の間でも蓮くんの上達は凄いと思ったけど、こんなに厳しいレッスンしてたんだね……」

「うちのママ、本当に歌とダンスには厳しいんですよ。自分が好きで経験も長いから。……多分、蓮がギリギリでもそこに付いて来られるから余計だと思います」

「私たちも頑張らなきゃ! あんなに頑張ってる安永くんだから、それを台無しにするものは作りたくないよね」


 安西先輩が気合いを入れ直して、滝山先輩が頷く。そしてふたりは「これから予備校」と言って去って行った。


 さて……何か蓮には飲み物でも持って行ってあげようかな。

 そう思って、レモネードを作る。ホットだけど、飲んでる間休憩になるからこっちの方がいいかなと思って。


「差し入れ持って来たから、ちょっと休んだら? ママはさっきお茶飲んでたけど」


 ママのことだから休憩は適切に入れてると思うけど、蓮のメンタルが心配なんだよね。そう思って差し入れと称して気分転換をさせることにしたんだけど。


「ユズ! ちょうどいいところに来たわね!」

「ひい、何っ!?」


 ママが私の肩をガッと掴んで蓮の前に連れて行く。てか、目が据わってるよ、怖っ!


「蓮くん、ここにあなたの彼女がいるわよ。彼女に向かって歌ってみなさい、このラブソングを! 本物の感情が籠もるでしょ!?」

「待ってください! 俺、恥ずかし死しますよ!」

「いいから歌ってみなさい!」


 ママの手が容赦なくボタンを押して伴奏を再生させる。

 蓮は私を直視しない様にしながら歌い始めたけど――あああああ。


「無理! 無理です! この歌詞を柚香の目の前で歌えって!」


 滝山先輩たちがいるときは最後まで歌えたのに、サビまで辿り着く前にギブアップした……。いや、私もここまでで相当恥ずかしかったけども。

 ていうか、凄い既視感! そうだ、体育祭の練習の時最初こうだった!


「滝山先輩が体育祭の時から気づいてたって理由、なんかわかった気がするよぅ……」

「いや、俺も『凄え既視感』って今気づいたところだよ。ううう……」


 悶えてる私たちに対して、ママの視線は冷ややかだ。うー、完全に指導者モード。


「3人いたら歌えるのに柚香だけだと恥ずかしいの? 歌で恥ずかしがるんじゃない。実際にベッド軋ませてこいとかそういうこと言ってるんじゃないのよ。蓮くんは歌詞を汲んで恥ずかしがってるかもしれないけど、そんな男子高校生の妄想なんて大多数は気にするもんじゃないから」


 だ、男子高校生の妄想……確かにアレやコレやを匂わせる歌詞だけども!


「そういう歌詞の奥にどういう感情があるかっていうのを歌うんでしょう? そもそも、ああいう形で交際宣言したからには、これから先ラブソング歌ったらそれが劇中歌でない限り『あ、ゆ~かの事想って歌ってるんだな』って思われるのよ」

「んげっ!」

「そういうことなの。だからもう開き直っちゃいなさい。蓮くんは基本チキンよ。でも開き直ったときの肝の据わり方は一級品だわ。歌詞の奥の感情を考えなさい。表現するべきものはそれなの。あなたなら絶対にたくさんの人の心を震わせる歌が歌えるわ。ファントムの時は柚香に対する感情がうまく乗ったから、あれだけの演技と歌唱ができたんでしょ」

「……わかりました。ちょっと考えさせてください」


 蓮が……ママの言葉でヨレヨレになってる……。ていうか私も聞いてただけでヨレヨレになったけど。

 肺の奥の空気を全部出しました、みたいなため息をついて、蓮は私の持ってきたレモネードをちびちびと飲み始めた。


 実際にベッド軋ませてこいとかそういうこと言ってるんじゃないとかさ、逆に軋ませてこいとか母親に言われたら家出するところだわ……。ママのそういうところ強すぎて、とても女子高生の私では太刀打ちできない。


「じゃあ、休憩ね。ふたりでこの曲の奥にあるものについて考えなさい」


 ママが地下室から出て行った。

 え? 私も一緒に考えるの!?

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