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第212話 MV始動

 さて、ダンジョンは行きたいけど、今度の日曜は無理だ。今は蓮のレッスンが詰まってる。

 その代わり、滝山先輩と安西先輩が家に来て、ママと打ち合わせしていた。

 安西先輩は滝山先輩より大分背が高くて、ベリーショートの髪の毛がスッキリしてる。セーラー服とコートの間にパーカーを着てるのは、部室長屋は寒いから厚着しないとやってられないんだって。


 そして、滝山先輩は絵コンテ描いてきてるー! 凄いー!

 これは、そうとう元歌を聞き込んで、その上で「蓮で」って事を考えたんだろうなあ。


「べ、勉強の邪魔になりませんでしたか」


 思わず聞いちゃうよね。ただでさえ冒険者から一般受験って大変そうなのに。


「いや、大丈夫。気分転換にしてたから。問題集をここまで解いたら絵コンテ30分やっていいとか、そういうご褒美的に」


 ママが淹れてくれた紅茶を飲みながら、滝山先輩がちょっと笑って答えてくれた。うん、そうやって息抜きになってるならよかった。諏訪大社で買ってきたお守りも渡してあるしね。


「体育祭のマスゲームも凄いと思ったけど、滝山さんの意外な才能だよねー。そういえば、柚香ちゃんの写真もあの時たくさん撮ったから持ってきたんだ」

「わあ、ありがとうございます!」


 安西先輩は3年生だから普通は部活引退してるんだろうけど、一部の部活は3年生どころかOBも平気で出入りしてるらしいね。

 志望が写真学科って事もあって、安西先輩は今でも時間があるときは部室に入り浸ってるそうだ。


「わあ、凄い」


 思わず見入っちゃう。動画と違って一瞬を切り取る写真って、見え方が全然違うなあ。私とあいちゃんはダンスも派手にやってたから、回転途中の綺麗にスカートが広がって髪がなびいてる一瞬とか、背景に人がいるのもうまくぼかされててメインの被写体である私に目が集まる様になってる。

 そういえば彩花ちゃんの写真もかっこよかったもんなー。


 出してもらった写真の中には、最後のシーンでファントムの号泣を聞いて振り向いちゃった時のもあった。

 うわあ……私この時こんな顔してたんだ。そりゃあ倉橋くんも焦るわ。

 目を見開いててハッとした表情で、「戻らなきゃ」って顔してる。倉橋くんがお姫様抱っこで強行突破したのもわかるね。


「凄い、安西先輩の写真素敵です」

「安西さん、県のコンテストの受賞常連だからね」

「でもねー、こういうスナップって高校時代だからこそ撮れる写真だから、この先もずっと撮ることってできないんだよね」


 なるほどー、写真もいろいろだなあ。

 ママも安西先輩の写真を食い入る様に見て、何度も頷いてた。


「カメラは買ってもいいと思ってたんだけど、撮る方の腕がないから二の足を踏んでたのよね。今回のMV撮ってみて、良かったら次のMVもお願いして大丈夫?」

「MV撮ったことないから私も勉強になります。動画はちょくちょく撮るんですけどね。滝山さんのイメージ通りに撮るっていうのもいい経験だし。将来仕事として写真をやっていこうとしたら、そういう風に注文が来るわけじゃないですか」


 わー、安西先輩頼もしい。滝山先輩もうんうんと頷いてる。


「勉強の方はある程度余裕があるから大丈夫ですよ。今の私の偏差値と、志望校の偏差値が10以上違うし」

「ひえー……」


 そっか、芸大だもんなあ。あんまり偏差値高くしすぎて狭き門にしちゃうと、熱意と才能があっても勉強で引っかかって入れないってことになるんだろうな。


「でも、3浪とか平気でいる界隈だから、学科以外は気を抜けない……面接もあるし。だから、ある意味いろんな経験できる今回のお話は私にとってもいいんです」


 そこからは、元歌を流しながら滝山先輩が絵コンテの解説をしてくれた。

 うん、シンプルだけどかっこいい。もの悲しい感じがする曲の雰囲気が出てると思う。スチル静止画入れるって言うのもアクセントになるし、蓮の表情がうまく引き出せたら本当にかっこいいMVになるんじゃないかな。


「私はこれでいいと思うわ。――ついでだから、蓮くんの歌聴いていく?」

「あ、聞きたいですー!」

「私も聞いてみたいです。体育祭の時から更にうまくなってるんでしょ?」

「実は私もまだ聞いてないんですけどね」


 滝山先輩はママの提案に飛びつき、安西先輩も目を輝かせ、私はちょっとやさぐれた。連日うちの地下で練習してる割に一度も聞いてないんだよね。


「じゃあちょっと行きましょう」


 ママの案内で地下の防音室に向かうと、防音室があることに先輩ふたりは凄く驚いてた。ですよねー。

 一応ゴンゴンとノックしてから防音室を開けると、ジャージ姿の蓮が歌詞を見ながら歌ってるところだった。

 私たちに気づいて蓮は歌をやめて頭を下げる。


「こんにちは。わざわざすみません」

「いいのいいのー。私たちこそこんな機会がもらえていい勉強になるって安西さんとも言ってたところ」

「撮影を担当することになった安西です。よろしくね」

「安永蓮です、よろしくお願いします」

「……うちの学校でゆ~かちゃんとSE-RENを知らない人はいないんじゃないかな?」


 ぼそっと安西先輩が言った一言に驚いてしまった。そうなんだ! 動画がバズった云々が大元だろうけど、体育祭でも目立ったしなあ。局地的有名人って奴か。


「じゃあ蓮くん、一度歌ってみて」

「はい」


 ママが伴奏を流し始めると、蓮がすうっと息を吸って囁く様に歌い出した。

 おお……前よりすっごいうまくなってるし、高音の出し方が滑らかになってる。

 声の掠れるところとかうまく表現できるか自信ないって言ってたけど、これは聞き入っちゃうね。


 滝山先輩と安西先輩も真剣な顔で聞いている中、蓮が最後まで歌いきった。

 思わず3人で拍手をしたら、ママの厳しい一言が降り注いで、私たちはハッと手を止めてしまった。


「ダメ! 蓮くん、またものまねになってる! 本物に寄せようとしない! 自分の感情込めて歌って!」

「ううっ……」


 ママの厳しい言葉に蓮が呻いて膝を突いた。

 ひえええええ……この反応見る限り、繰り返し同じ指摘をされてるとみたね!?


「その歌い方はカラオケでいい点が取れるだろうけど、そうじゃないの。人の心を揺らすのは感情なのよ。リズムが多少崩れても音が多少外れても、心が心を揺さぶるの!」

「うわァ……こんなにうまくてもダメ出しされるんだ!?」

「厳しい。え? いつもこんな感じなの?」


 ほらー、滝山先輩と安西先輩が青ざめちゃってるじゃん!



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