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第210話 似合うとか似合わないとか

 横浜に着くまでの間にママにLIMEして、滝山先輩が参加してくれることを報告した。

 ママとしては大歓迎だって。体育祭のオペラ座の怪人がやっぱり良かったみたい。

 それと、滝山先輩が友達の写真部員さんに声を掛けてくれて、ガチの撮影が入ることになった。これもママに話したらどんな写真を撮る人かって気にしてたけど、彩花ちゃんのファントム撮った人って説明したらOKが出た。


 写真と動画って全然違うのでは? と思ったけどスマホで撮るよりはレンズも大きいしぼかしとかやりやすいらしくて、構図のこととか考えられるのは強みみたい。


「元写真部部長の安西さんって言うんだけどさー、予備校一緒だし志望校も一緒なんだよね」

「へええ、じゃあ安西先輩も芸大志望なんですか」

「うん、写真学科。私は演劇学科ね。芸大受ける人ってそんなにいないから心強いんだけど、あっちは普通科だから偏差値も高いしさ……『芸大って偏差値はあんまり高くないからA判定以外出たことない』って」


 こちとら良くてB判定だぜ、と遠い目をする滝山先輩。受験組は大変だなあ……でも私も他人事じゃなくて、2年後にはこうなってるかもしれないんだよね。


「まずはダッフルコート探そ」

「なんか横浜ってあんまりいい思い出ないよな……」

「元事務所の思い出だからね」


 横浜駅に降りてからずんずん地下道を歩くあいちゃんの後ろを、微妙に嫌そうな顔をした蓮と聖弥くんが付いていく。

 そっか、アルバトロスオフィスが横浜だったっけ。所属タレント誰もいなくなったはずだけど、まだ現存してるのかな? まあ、潰れてても「ざまぁ」って思うだけなんだけどさ。


「ダッフルコートは決定として、中に何着る?」

「普段の蓮と逆って考えるなら、白いセーターとかですかね?」

「聖弥の俺に持ってるイメージ、何なんだよ」


 滝山先輩の相談に真顔で答える聖弥くんがめちゃくちゃ面白いし、実際蓮が学校以外で白い服を着てるのって見たことないな。転校してくる前にダンジョンで特訓してたときですら、ジャージの下に黒いTシャツ着てたし。


「曲のイメージ的にライトブルーのジーンズにフィッシャーマンズセーターも有りだと思う。セーターの中にブルーのストライプのシャツ着て、ダッフルコートの前開けてさ」

「わあ、蓮が絶対選ばない組み合わせだよ。凄く見てみたいかも」


 あいちゃんの提案にめちゃくちゃ楽しそうな笑顔を向ける聖弥くん。それと比例する様に蓮はどんどん目つきが悪くなっていく。


「それを買ったところで、後に使い道がない。俺的には曲のイメージに合わせるならダメージジーンズ穿くぞ」


 お金に余裕できたとか言いながら、やっぱりそこは考えちゃうよね……。蓮って聖弥くんと違ってそんなに爽やかなイメージがないから、白いセーターにライトブルーのジーンズ穿いて似合うかどうかも微妙。


「白いセーターとか聖弥くんが着るなら良いけどさ、高校生っぽさを『普段の蓮とは逆』に求めると全然似合わない服を探しちゃって苦労する羽目になるかもよ?」

「確かにそうなんだよねー。まず『これだ』っていうダッフルコート見つけて、それから中に着る物考えよ? 色味とか細部のディテールでもイメージ変わってくるし」

「あんまりスマートな感じよりも、こう、さ……ダサ……げほっ、オーソドックスなタイプがいいよね」


 私が横から助け船を出したら、滝山先輩が「ダサい」って言おうとしてごまかしてた。蓮が半目になってるー!


「あ、あれかっこいいな」


 お店を見て歩きながら蓮が目を止めたのは、黒と深い緑色のタータンチェックのダッフルコートだった。あいちゃんと滝山先輩は一目見て「却下」と先を急ぐ。

 容赦ないな!


「れ、蓮。後でまた見よ?」

「だな……はあ、こんなに楽しくない買い物生まれて初めてかも」


 私がフォロー役に回る始末だよ。聖弥くんはそれなりに楽しそうだけどね。



「これだ……」

「あったね」


 数件のお店を覗いてるうちにあいちゃんがひとつのお店に吸い込まれていって、一着のコートを手に取る。

 うん、「ザ・ダッフルコート」て感じのキャメルカラーの奴だね。

 学校だとこの色を着てる人より紺色の方が多いんだけど。


「蓮くん、ちょっと着てみて。ここで既に似合ってなかったら考え直すから」

「うわー、似合うのも似合わないのも複雑な気分になる奴じゃん……」


 滝山先輩に言われて、蓮は着ていたコートを脱いでダッフルコートに袖を通す。

 ……うん、普通。

 普通としか言いようがないね。没個性。


「……これだわ。中は制服。それが一番高校生っぽくない!?」


 前を開けてダッフルコートを着てる蓮を見て、滝山先輩が目から鱗が落ちましたというように興奮し始めた。

 ものは言い様ですね!?


「確かに、似合わないわけでもなく、普段の蓮くんとちょっと違ってある意味凄く高校生っぽい。学ランの一番上のボタン開けてるでしょ? バッチリじゃん?」


 あいちゃんも真剣な顔で検討し始めるし、聖弥くんに至ってはしゃがみ込んで体をくの字に折って笑いを堪えてる。肩がブルブルしてる。


「柚香……率直に言ってどうなんだ?」


 蓮が助けを求める様に私に意見を求めてくるので、とりあえず写真を撮っておく。そしてメッセージを付けてママに送信っと。


「えーとね……私の意見としては、蓮っぽくなくてある意味いいんじゃないかなって」

「なんだよそれ……似合う似合わないで言ったら?」

「そのダッフルコートが似合わない人って割と特殊じゃない? 逆に誰が似合わないかなあ……あ、中森くんとか似合わなさそう」

「あいつ顔がおっさんだからだろ」

「やー、でも結構歳が行ってる人でもダッフルコート着てることあるよね」

「外国の髭に白髪が交じってるイケオジが着てるダッフルコートかっこいいよ」


 あいちゃんの助け船が入ったところで、速攻でママから返信が来たよ。滝山先輩がこれが一番高校生らしいって言うんだけどどう? って聞いたから、「グー!」ってスタンプが返ってきた。


「ママのOK出ましたー。これでさ、中が制服で、ちょっと髪の毛が風に煽られましたって感じでくしゃっとしてたらもういいんじゃないかな」

「それは有りだね。動画だけじゃなくて何枚かスチルを入れて貰うのも演出的にいいと思うし」


 滝山先輩が演出家モードに入ってる。きっと日の傾いた砂浜を風に煽られながら歩く蓮とかが、先輩の頭の中で展開してるんだろうな。


「わかりました……これにします」


 何かを諦めた様に蓮がダッフルコートを脱いでレジに持って行った。あれ、諦めが早いな。


「考えてみれば、衣装なんて自分の好きな服着られるわけじゃないし」

「そうそう。好きな服はプライベートで着ればいいんだよ」


 笑い死にしそうになってた状態からやっと復活した聖弥くんが、目尻に溜まった涙を拭いながら同意する。


「じゃあここで解散で! 俺は柚香とふたりで好きな服探すから!」


 切れ気味の蓮が解散宣言をすると、滝山先輩がちょっと驚いた顔をした。あ、そうか、ベニテングタケ配信見てなかったら付き合ってることも知らないんだよね。


「その……文化祭の日から付き合ってます」

「そっかー。やっぱりねー。体育祭の時からなんとなくそうじゃないかなって思ってたけど。んふっ。じゃあ私はこのまま予備校行こうっと」


 目を細くしてにまにまと私たちを見つめる滝山先輩……体育祭の時からそう思ってたんだ。どこら辺を見てそう思ったのかなあ。


「僕たちも、蓮たちの邪魔しない様に帰ろうか」

「ん? うん。あ、ついでだからちょっと小物とか見ていい?」

「いいよー。荷物になったら僕が持つし」


 聖弥くんは抜け目なくあいちゃんを誘ってるなあ。

 荷物持つよってさりげなくかっこつけてるしね……あいちゃんよりSTR低いのに。


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