目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第208話 ノイズ

 ふと、夜中に目が覚めた。

 寒くなってきたからサツキは下半身だけ布団の中に入って、私のお腹辺りから生えてる。ヤマトはいつも通り、足下で丸くなってる。……そういえば、体は大きくならないのに毛の生え替わりはあったなあ。柴らしく「もう一匹ヤマトができます」ってくらい抜けたのを覚えてる。


 起き上がってヤマトを撫でる。ヤマトはちょっと口元をむにむにさせたけどスピスピと眠り続けていた。それを見てちょっと安心する。

 もしも危険があるなら、ヤマトがこんなに無防備に眠ってるわけはないから。

 だって、あの時も真っ先にヤマトが――。


 待って? 今ナチュラルに記憶にノイズが混じってきた。

 野を焼く火にヤマトのうなり声。それが一瞬蘇ってきた。

そんなの知らないはず。田んぼを焼いてるのくらいしか私は見たことないし、その時もヤマトと一緒じゃなかった。


 彩花ちゃんは私の前世とヤマトが多分関係してるって言ってたけど、そうかもしれない。

 今日、蓮に抱きしめられたとき、凄く驚いてドキドキしたけど、知らない感覚じゃないと思った。

 もしかして、それも前世の記憶なの? いろいろ前より思い出してきてる様な気がするのは気のせい?


 でもなんか、これ以上思い出しちゃいけない気がするんだ……。

 ヤマトを思う存分撫でてから、私はため息をついてもう一度枕に頭を落とした。

 明日も学校だから、ちゃんと寝なくちゃ。



「おはようママ、はい、ハグー」

「ユズおはよう。ハグ~」


 朝起きて身支度をし、トレーニングウェアを着て1階に降りていつもの様にママとハグをする。


「ママってさ、前世とか信じる?」


 思わず訊いてみたのは、ママがかなりのリアリストだからだ。ある意味ロマンチストのパパに訊いたら、全然違う答えが返ってくるんだろうけど。


「前世? あるんじゃないかとは思うけど、あなたの前世は誰それですって言われても信じられないわね。何の証拠もないわけだし」


 うわー、私と同じ事言ってる! もしかして、私ってすっごくママ似かな!? 理屈のつけ方とかが同じだ!


「もし次に生まれ変わってもパパと結婚したいと思ったりする?」

「うーん、どうせなら次生まれるときは男に生まれたいわね。女はいろいろ面倒すぎて。その上で、女のパパは想像つかないわ」


 ママらしい……。女のパパは想像つかないのには同意しかないし。


「男に生まれてもペンラ振れるしね! むしろ男性少ないからファンサもらいやすいって説もあるのよ!」


 拳を握りしめて力説するママ。それが本音かァー!

 なんか、ママに相談したら気が抜けたというか、悩むのバカらしくなるね。人間って欲深く生きた方が楽しいんだなって感じるよ。


「じゃあ、散歩行ってくるね」

「車を撥ねないようにねー」


 もはやお約束の注意をもらって、お散歩セットを持ってヤマトと家を出る。

 最近は寒くなってきたから、朝の散歩はヤマトの吐く息も白い。

 この辺はほとんど雪も降らないし滅多に積もらないんだけど、真冬になったら雪遊びとかさせてあげたいなあ。


 そんなことを考えつつ、いつもの公園でちょっとフライングディスクして遊び、いつも通りに家に帰る。

 うん、いつも通りだ。ヤマトの様子が違うなんて事もないし、私も……あれ?

 なんか昨日夜中に目を覚まして考えてたことがある気がするけど、何だっけ……。


 まあ、いいや。覚えてないって事はそれほど大事なことじゃなかったんだろうしね。



 登校すると、いつもより早く彩花ちゃんが学校に来ていた。連鎖的に昨日の彩花ちゃんにやきもちを焼いた蓮の行動も思い出してしまって、ちょっと恥ずかしくなる。


「おはよう、彩花ちゃん。今日は早いね」

「ゆずっちおはよー。んー、あんまり眠れなかった。授業中寝るかも」

「ダメじゃん」


 彩花ちゃんは寝るときに隠す気が0だから悪いんだよなー。思いっきり突っ伏して寝るし。


「いろいろ考えてたら眠れなくなっちゃって、気がついたら宇宙の果てはどうなってるんだろうって考えてて」


 深い溜息を吐いてるけど、それは眠れなくなる奴だわ……。


「結局、簡単に答えが出せる様なもんじゃないんだよね」

「……まあ、そうだよね。私は、今だけ見ることにしたよ。ヤマトがいる今が楽しいから、ずっと一緒にいたいしね」

「それもボク的には寂しいというか……うう……でもどうしようもないしなあ」


 そう、どうしようもないんだよね。彩花ちゃんが私のことを好きって言っても、私が彩花ちゃんのことを好きになる目は限りなく低いんだし。


 あいちゃんと聖弥くんには昨日のうちにLIMEしておいて、今日の放課後買い物に行くことになった。

 あいちゃんが「なんで聖弥くん?」って訊いてきたから、必死に「ほら、一応ふたりでユニット組んでるし」ってごまかすの大変だったよ。


 休み時間に、4人で顔をつきあわせて作戦会議をする。やっぱりあいちゃんもメンズの服を見立てる機会はそんなにないし、MVがどういうイメージで作られるかがはっきりしないと服の選びようがないからね。


「歌うのはこれなんだけどさ」

「どれどれ……うわっ、思いっきりママのセレクトじゃん」


 蓮がourtubeで見せてきたのは、尾崎豊の「I LOVE YOU」だ。私は聞いたことあるけど、あいちゃんと聖弥くんは知らないらしい。

 だよね、だって私が生まれるずっと前に亡くなってる歌手だって聞いたもん。


 蓮がイヤホン渡してきたからそれを付けたら、イヤホン分けっこになってた。さらっとこういうことするなあ。

 結果的にあいちゃんと聖弥くんがイヤホン分けて距離近めで聞いてるから、聖弥くんはニコニコしてるね。


 さて、肝心の曲の方は……わあ、こんなにキー高かったっけ。蓮ってこれ歌えるの?

 これをものまねじゃなく歌うって結構難しい気がするけど……。

 でもこれに感情を乗せて歌えたら、それはそれで凄いんじゃないかな。


 あいちゃんと聖弥くんも途中から真剣な顔で動画を見ていた。聞き終わったところであいちゃんは変な顔でイヤホンを外す。


「曲はいいけど、古くない? いや、曲自体に古さはあんまり感じないんだけど、私たち世代で知ってる人は少ないんじゃないの?」

「でも果穂さんが選んだんだよね? 蓮が選んだんじゃないよね」

「うん、俺だともう少しキーが低い歌選ぶと思う。あと、この声が掠れた感じとかの良さを出せるかどうか自信ない」


 聖弥くんは物凄く真面目な顔で楽曲の情報を調べ始めた。それでうんうんと頷いてる。


「なんとなく、果穂さんの意図が見えた気がする。これ、ターゲットが僕たち世代じゃないんだ」


 なんとなくって言う割には妙に確信に満ちた表情で聖弥くんが呟く。

 ターゲットが私たち世代じゃないってどういうこと?



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?