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第207話 慌ただしいけど日常です

 家族揃ってご飯を食べてるときに……あれ、違う。家族+蓮か。最近毎日いるから当たり前すぎて家族カウントしてたわ。

 ボイトレが始まって半年近く。なんだかんだ毎日の様にうちで夕飯食べてるし、当たり前の光景過ぎるんだよね。週の半分くらい蓮ママこと涼子さんもいるし、大分わけがわからない。

 だからかなあ。付き合ってるけど何か変わったと言われると悩んでしまう。ママと涼子さんの目がときどき生温かくなってるかな、くらいで。


「そうそう、蓮くん今度MV撮ることにしたわ。一曲仕上げられるレベルになってきたから、Magical Huesとはイメージ違うバラードでね。ourtubeは歌ってみた動画上げても問題ないのがいいわよねー」

「えっ、それは私関係ないんだよね? 後ろで踊ったりしなくていいんだよね」

「後ろで踊ってるバラード、嫌だなあ」


 お茶碗を持ったままで蓮がぼそっと呟く。あったじゃん、後ろでバレリーナが踊ってる曲。あれってバラードだっけ? でもまあ、私が関係ないならいいんだけどさ。


「歌はこの前のスタジオで録って、合わせる映像の方はそこら辺の砂浜でもウロウロすればいいかなって思ってるんだけど」

「砂浜でウロウロって……果穂さんそんな風に雑に思ってたんですか!」

「鉄板よ!? 展望台とか人のいない草原とか海岸とか! 歩夢あゆむくんだって江ノ島でMV撮ってたわよ!」


 ママの気持ちもわかるけど、蓮が「雑」って思う気持ちもわかる……。

 雑っていうか、「いい場所がある」んだけどあまりに近場過ぎて雑に感じるんだよね。


「人のいない江ノ島ってレアじゃないですか?」

「冬だから早朝だったらいけると思うわよ。サーファーくらいしかいないし。そうだ、愛莉ちゃん連れてユズと蓮くんで服を買ってきなさいよ。私が選んでもいいんだけど、愛莉ちゃんの方が適切に選んでくれそうなのよね」


 ママの言葉に私と蓮は思わず顔を見合わせた。――うん、そのメンバーで行くと後で恨まれるよねえ、あの人に。


「聖弥にも声かけて4人で行ってきます」

「いいんじゃない? いってらっしゃい」

「はあー、前だったら『また服買わなきゃいけないのか』ってストレスになったけど、上級で儲かってるおかげで心に余裕があるよな」


 さすが、大涌谷ダンジョンでプチサラマンダーに防具を燃やされた男は言うことが違うね……普通防具ってそう簡単にダメにならないし。あ、私の基準は初心者の服だから余計かな。


「数万の防具2回買ってるんでしょ?」

「そうそう、防具高いよなー。10万以下だと補正も一応付いてますレベルだし。確かブルーローブはMAG+2だったかな」

「だから初心者の服が偉大だって何度も言ってんじゃん。MAGに補正付いても防具としての強さは3000円の初心者の服以下だったら意味ないよー」

「今だったらそう思うけどな! おまえの最初のバズり動画見てると、あれだけ転んでよく破けなかったなって思うもん」


 やっと蓮も初心者の服の偉大さが身に染みたか。……あれ?


「私のバズり動画って、最近見たの?」

「ゴホッ」


 私が尋ねたら蓮がむせた。慌てて背中さすりつつお茶を渡す。

 お茶を飲んで落ち着いた蓮は、むせたせいで涙目になりつつ、消え入りそうな声で「悪いかよ」ってこっち向いて言った。


 パパとママがすっごいニコニコしながらこっち見てるんですけどね!!


「別に……悪くないけど、前にも見たんだよね?」

「……悪いかよ」

「ユズ、その辺にしといてあげなさい」


 まさかのパパストップが入りました。その後蓮は耳を赤くしたまま、無言でパクパクと食事を続けた。



 聖弥くんがレッスン抜けたので、夕食の後のダンジョンはもう行ってない。

 蓮はちょっとだけママとMVについての打ち合わせをしてから帰宅することになった。


「お邪魔しました、おやすみなさい。……柚香、ちょっと」

「何?」


 玄関にいる蓮に呼ばれたので、サンダルを引っかけてそこへ行く。

 ドアの外に出た蓮に腕を引かれたのでおとなしく付いていったら、玄関のドアを閉めた後で、――うわあああ! ぎゅってされてる!


「ひえっ」


 思わず声が裏返ったよ。というか、一言くらい事前に何するか言って欲しい!


「ごめん、嫌だったか?」

「い、嫌じゃないけど」

「長谷部がしたんだから俺だって許されるだろ」


 あ、そうか、これやきもちなのか。

 そう思ったら、急に耳の横に心臓があるんじゃないかってくらい、自分の鼓動がうるさくなった。


「おまえ、あんなに強いのにちっちゃいよな」

「平均身長はあります。誰と比べてるの?」

「俺」


 158の私を、170超えの蓮と比べられてもしかたないんだけどなあ……。

 それでもこうやって抱きしめられてると、普段見てるときには気にならない体格の違いとかがはっきりわかる。


「……じゃ、帰る。おやすみ」

「う、うん。気を付けてね」


 思わず俯いてしまったのは、顔が真っ赤になってるのが自分でもわかったからだ。

 夜だしそんなに人が出歩いてるわけでもないし、誰に見られたわけでもないんだけど、家の中にパパとママがいると思うと余計にドキドキしちゃう。


「ほんとはさ」


 一歩下がったところで、蓮が今まで聞いたことのないような優しい声で私に語りかけてきた。思わず顔を上げると、ファントムの時の激しい愛の表現とは違う、微かに笑って私を見つめてる蓮と眼が合った。


「いつでもこうしたいと思ってる。――だけど、毎日一緒にいる割に、ふたりきりにならないんだよな」

「確かに。なまじ親が知ってる分、部屋とかでふたりきりになりたくない」

「服買いに行ったらさ、聖弥とアイリ先に返してデートするか」


 私の頭の中で満面の笑みの聖弥くんが踊ってるけど、デートって言われたのはなんかちょっと嬉しくて、私はこくりと頷いた。


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