「ヤマトも、私の前世に関係してるの?」
だからあんなに簡単にテイムされたの? ……その後言うこと聞かないけど。
「多分ね。……ボク、実はヤマトと一度も会ったことないし。配信で見ただけだし」
「ええっ、そうだっけ!?」
一瞬前までふらついてたのに、血圧が上がったのか急に復調した。
ヤマトは……ええと、私がヤマトをテイムした日、彩花ちゃんは――そうだ、あの日は私とかれんちゃんとあいちゃんだけでダンジョンに行ったんだ。そして、ヤマトを見つけて立ち止まった私は「あー、いつもの動物好きが出た」って置いていかれた。
「ヤマトがただの柴犬じゃないってのはわかるし、自発的にゆずっちの側にいる様にしか見えないから、多分、そうじゃないかなって」
「じゃあ彩花ちゃんは、ヤマトの正体を知ってるの?」
「これじゃないかなってのはあるけど、見た目が違うからなんとも……」
ぐぬう、はっきりしない。というか、割とはっきりしないことだらけだよ。
考え込んでしまった私を、彩花ちゃんがぎゅっと抱きしめる。
……って、今までだったらこれは普通のことだったけど、今となっては意味が違うな。
「彩花ちゃん……今まで女友達だからこういうのも普通に受け入れてきたけど、私のことを恋愛的に好きでやってるんだったら、どつくからね」
「くっ、気づかれた」
「蓮に魔法ぶつけられないだけいいと思いなよ」
さすがの彩花ちゃんも、魔法には勝てないからね。遠距離から範囲魔法とか当てられたら無事でいられるわけないわ。
しぶしぶ彩花ちゃんは私から離れた。そして自転車の側にしゃがみ込む。
「あーもう、本当になんで今世に限って女なんだよー。これも祟り? 男に生まれてたら絶対安永蓮になんか渡さなかったのにー」
自分が男だったら私を落とせると信じてる辺り、ちょっと凄いよね……。自分でも好みのタイプなんか把握できていないこの私をだよ。
「私に話せそうな事ってこれ以上ある?」
念のために聞くと、彩花ちゃんはゆるゆると首を振った。
「海でもかなり遠回りの様子見のつもりだったけど、ゆずっち具合悪くなったしね。外から働きかけるのが良くないのかもしれない」
「こどもの頃から海で泳いでたけど、なんともなかったけどな……」
「それじゃあ、ボクがいたからかも」
はぁぁぁ、と深いため息をついて彩花ちゃんは頭を振る。海と彩花ちゃんというふたつが揃ったから不調が起きた?
そうじゃないよと言ってあげたいけど、私は何も確証を持てない。
はっきりしてる事実は、「今まで海で具合悪くなったことなんてなかった」ってこと。
「……海のことは、ママにもちょっと訊いてみる。覚えてないだけで溺れたこととかあったかもしれないし」
「ああ、そっか。『今世の覚えてないこと』って可能性もあるもんね。……ボクは、ゆずっちに言われたことについて少し考えてみる。……じゃあ、明日学校でね」
「うん、また明日ね」
明日学校で。そう言ってもらえたことはちょっと嬉しかった。
彩花ちゃんが自転車に乗って去って行くのを見送って、私も家へと帰る。
途中で何度か、海から手が伸びてきて私を引きずり込もうとしてる様な気がしたけど、そんな幻は振り切った。
ママと蓮はレッスン中だ。ヤマトを散歩に連れて行って思いっきり走ってきたけど、ヤマトはいつも通りで何もヒントにはなりはしない。
キッチンにママのメモがあったので、夕飯の下ごしらえをしておく。そしてご飯が炊けた頃、下からママと蓮が上がってきた。
「どうだった?」
「うーん……」
蓮は私が彩花ちゃんの話を聞いたと言うことを知ってる。だから「どうだった」と言われたんだろうけど、なんとも答えにくいなあ。
「ママ、私って海で溺れたことあった?」
とりあえず、答えが簡単に出せそうな質問の方をママに訊いてみた。ママは私から料理を引き継ぎながら、きょとんとした顔で首を振る。
「ないわよ。ベビースイミングから通ってたし、海どころかプールでも溺れたことは一度もないわね」
「そっか、だよねー」
お皿とかを出して夕食の準備をしながら、蓮に今日の彩花ちゃんの話について説明した。
「あの長谷部が嘘を吐くのは考えにくいけど、本当だという証拠がひとつもない説明……」
私から話を聞いたら、蓮も頭を抱えてしまった。
うん、わかる。私も全く同じ気持ちだもん。
「もし俺が長谷部の立場だったら、柚香が危ないって確信が持ててたら……やっぱりダンジョンに行くことは勧めないな」
「でも……」
「でもおまえはダンジョン行きたいんだろ? いろんな理由があるだろうし、その中には俺と聖弥のことも入ってるんだろうけど。――だから、ダンジョンで危ない目に遭いそうなときは俺が守るから」
「う……わ」
俺が守るとか言われちゃったよー! しかも真顔で!
思わず顔が熱くなる。
私があたふたしてたら、蓮はへにゃっと笑って私の頭をぽんぽんと叩いた。
「だって、誰が止めたって聞かないだろ? 俺に至っては手助けしてもらってる立場だし。だったら、そうするしかないじゃん」
「うん、そうだね……ありがと」
そうだ、彩花ちゃんは前にも「ダンジョンにひとりで行くな」とは言ったけど、せめて蓮や聖弥くんと一緒に行けって条件を付けてたんだ。
「クゥーン」
ヤマトが私のところに来て、甘えてきた。わしわしとヤマトを撫でながら、いろいろ頭が整理されてくる。
私がダンジョンで危ない目に遭うかもしれないっていうのは、あの女の子のことだろう。あの子はヤマトと主従的な関係があって、ヤマトのマスターになってる私のことを恨んでる。……と思う。
でもヤマトは、あの子に敵対する態度を取って私を守ろうとした。そう、ヤマトは私を守ろうとしてる。
それに、蓮もいる。私は物理じゃないと戦えないけど、蓮だったら距離が離れてても「敵」に対して干渉できる。私が巻き込まれない様にしなきゃいけないけど。
……あれ、結構大丈夫じゃない?
アグさんクラスの敵が出てきたらどうにもならないけど、あの子は別にモンスを引き連れてたわけでもないし。
前世うんぬんの話は片付いてないけど、「今の私」がやるべき事って変わらない。
「よし、次のダン配、彩花ちゃんも出てもらおう」
「それがいいだろうな。あの女の子が何かしてくるかもしれないし、それが片付くまでは戦力はいくらあってもいい」
「蓮、彩花ちゃんのことは認めてるんだね」
「だって、俺にもわかるよ。あいつが柚香のこと特別に大事にしてるって事はさ」
ちょっと悔しそうに蓮が唇を尖らせる。うんうん。フルネーム呼びを頑としてやめなかったり、体育祭では私を略奪しようとしたけどね。彩花ちゃんも蓮の事はある意味認めてるんだよね。
「ちなみに、今日思いっきり彩花ちゃんに抱きつかれましたが」
「あいつー! 調子に乗りやがってー!」
そこで「いつか絶対泣かす」とか言わないところが蓮だよね。
……物理的に彩花ちゃんより弱いからね。