授業が終わって帰ろうとしたら、彩花ちゃんに袖を掴まれた。
「ゆずっちぃ……」
上目遣いのうるうる目だ! 普段は彩花ちゃんの方が身長高いからできないけど、椅子に座った状態だからできるんだね。あざとい!
「愚痴聞いて」
「そのくらいいいよ。蓮、先帰ってて」
「わかった」
聖弥くんは抜けたけど蓮は相変わらずボイトレとダンスレッスンのためにうちに通ってるから、学校帰りはふたり一緒なんだよね。
「さて……教室で話す? それともファミレスとかいく?」
「海に行きたい。ダメ?」
「いいけど……」
なんで海。というか、それだと途中で私の家を通り過ぎるよね。
今の蓮と彩花ちゃんを一緒に行動させるのは(蓮が)危険だから、じゃあ一緒に帰ろうとは言えないけど。
ふたりで自転車に乗って、海岸へ向かう。
サザンビーチダンジョンからはちょっと離れた、海と道路が近いところだね。
それまで無言だった彩花ちゃんは、冬の海をじっと見ていた。
色がちょっと暗くて、重たい感じがする海。見慣れてるけど、実はそんなに好きでもない。
「ゆずっちはさ、海が怖いとかある?」
「ないよ。彩花ちゃんは怖いの?」
「うーん? えーとね、自分が泳ぐ分には怖くないけど、時々怖いこともある」
……なるほどよくわからん。
私が変な顔をしてるのに気づいたのか、彩花ちゃんは考えながら私にわかる様に説明をしようとした。
「例えばさ、自分は泳げるけど、大切な誰かが泳げないとするじゃん? そういう人が過去に溺れたことがあるとしたら、また溺れるんじゃないかって心配になる。そんな感じ」
「ああ、なるほどね。それは確かに心配になるかも」
「ボク、怖いんだ。せっかく出会えたのに、ゆずっちがボクの前から消えちゃうことが」
消え入りそうにか弱い声は、彩花ちゃんの口から出たとは思えないもので。
「彩花ちゃんには前世の記憶があって、私がそこに関係してる。もしかすると、前世では恋人か何かで私が先に死んだってこと?」
総合して考えるとそうなるよね。
彩花ちゃんの異常な執着、私のことを心配してること。
海が怖くないかって聞かれたのは、海で死んだんだろうか。
「……うんと、うんと昔の話しだよ。ボクは長い旅をしていて、その途中で妻を失った。それが前世のゆずっち」
「……つまり彩花ちゃんは転生TS?」
「だー!! 意味としては何ひとつ間違ってないんだけど、その言われ方なんかやだぁ!」
あ、一瞬だけどいつもの彩花ちゃんに戻った。
というか、自分に前世の記憶がある、まではいいけど、私の前世がわかるもんなの?
「そのさ、彩花ちゃんは信じてるんだろうけど、彩花ちゃんの前世が自分でわかるのはともかくとして、その相手が私ってどうして確信できるの?」
私の戸惑いがちな声に、海に目を向けていた彩花ちゃんは私を見つめた。
一瞬前に騒いだくせに、驚くほど静かで深い色の目が私を捉える。
「会った瞬間にわかった。生まれ変わりってね、今回が初めてじゃないんだよ。何度も生まれ変わって、ずっと探してきたけど会えなかった。中学でゆずっちを初めて見たとき、嬉しくて涙出たよ。でもゆずっちはボクのこと覚えてなくて、さすがにボクも勘違いだったらって何度も不安になった。でもね――」
言葉を切って、彩花ちゃんは笑った。嬉しそうな、寂しそうな、胸が切なくなる様な笑顔で。
「どうしようもなく、彼女と一緒なんだよ。ゆずっちの言うこととかやることの端々が大昔の彼女を思い出させるの。――だから、なんでよりによって今世は女に生まれちゃったんだろうって何度も呪ったし……今までは男に生まれても女に生まれてもそれなりにうまくやってきたつもりなんだけど、今回ばかりは本当に呪わしい……」
……何か言葉を掛けてあげたいけど、適切な言葉が思い浮かばない。
私が黙り込んでると、彩花ちゃんは制服のままで砂浜に座り込んだ。
「今は確信持って、ゆずっちの前世をわかってる。ゆずっちは覚えてないけど、ダンジョンハウスで倒れたときにボクが言ってないことを言い当ててたからね。前世の彼女には馴染み深い物だったから、きっとゆずっちにも何か響くんじゃないかと思ったんだ。……でもさ、それで倒れちゃったでしょ? 急ぎすぎたんだよね。それでゆずっちが思い出さないのには何か理由があるんだと思った。で、海に連れてきたんだけどゆずっちはなんともなくて、今ちょっとほっとしてるところ」
「なんで海?」
「彼女は海で死んだから。ボクのせいで、自分の命を投げ出した」
なんだろう、胸がざわざわする。
目の前の海は穏やかなのに、荒れ狂う波音が頭の中で響く。
――息が、苦しい。
「彩花ちゃん……帰ろう」
「ゆずっち……ゆずっち、大丈夫!?」
「波音が、頭の中で響いて」
ふらり、と頭が揺れた。慌てて立ち上がった彩花ちゃんが私を抱き留める。そしてそのままお姫様抱っこで、自転車を止めてあるところまで運ばれた。
「ごめん、またやっちゃった……もっと海から離れる?」
私を覗き込む心配そうな目は、かれんちゃんやあいちゃんとはちょっと違う。
「大丈夫。……でも、ひとつだけ訊いていい?」
「うん、答えても平気なことなら」
「私のことを好きなのは、『長谷部彩花』なの? それとも、前世の人格?」
「えっ……」
彩花ちゃんは目を見開いた。そんなこと考えたこともなかったって顔で。
「前世はあるかもしれないけど、彩花ちゃんはそれに縛られすぎてる気がするんだよ。今の私は彩花ちゃんを友達だと思ってるし、好きなのは蓮だもん。前世と同じ生き方をするつもりはないよ。結果的に同じ道を歩むことがあったとしても、それは柳川柚香として選んだ道だよ。だから彩花ちゃんも――」
「でも、実際にそれでゆずっちは狙われてるんだよ! 前世から繋がった縁っていうのは、ゆずっちが思ってるよりずっと強固にゆずっちを取り巻いてる。ボクもヤマトもあの女の子も、今ゆずっちの側にいるのは偶然なんかじゃない!」
彩花ちゃんの口から出た意外な名前に、私は身を強ばらせていた。驚きすぎて、私を苦しめていた波の音が消えた。
ヤマトも、私の前世に関係してるの!?