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第203話 言えない秘密

 月曜日に登校すると、昨日の配信を見たクラスメイトが何人かその話をしていた。


「倉橋……おまえと柳川が通ってる道場、木を斬り倒すの?」

「うん。木刀で斬れるし。参加してみる? あ、槍だときついかな」


 やや引き気味の前田くんに、「当たり前だよ?」って顔で倉橋くんが答えてる。

 うーん、倉橋くんって常識的だと思ってたけど、かなり笠間自顕流に染まってるよね。長いこと通ってたらそうもなるか。

 私だって最初に木を斬り倒す稽古って聞いたときには驚いたもんね。


 さて、私が話したいのは彩花ちゃんなんだけど、まだ登校してないなあ。とりあえずジャージに着替えてくるか。


 更衣室でジャージに着替えて戻ってきたら、ちょうど彩花ちゃんが教室に駆け込んでくるところだった。私とぶつかると思ったら、思いっきり廊下で抱きしめられてる!


「ゆずっち! 昨日の配信見たよ。江ノ島ダンジョンで見たお化け、また出たんでしょ?」


 彩花ちゃんは凄く心配そうな顔で、これは演技でも何でもないのはわかる。そもそも彩花ちゃんって、私に対して嘘吐いたりしないし。


「う、うん。そのことで彩花ちゃんに訊きたいことがあって」

「わかった。ボクもゆずっちに話したいことがあるから。――ってとりあえず着替えてくる! うちからジャージ着てくれば良かったぁー!」


 彩花ちゃんは私を解放して凄い勢いで更衣室に走って行った。あー、時々やってるんだよなあ、遅刻すれすれで学校に来るの。マイペースというかフリーダムだから見てるこっちは慣れっこなんだけどさ。


 結局彩花ちゃんはチャイムと同時に教室に戻ってきたために話す時間はなくて、朝活で学校の周りを走ってるときもしゃべれなくて、20分休みまで待つことになった。

 意外にも、私とふたりきりで話したがるかなと思ったら、あいちゃんと聖弥くんと蓮も呼んでた。これはつまり、あの女の子を目撃した人ってことだよね。


「江ノ島ダンジョンで見たあのお化け、また出たんでしょ?」


 彩花ちゃんが確認を取ってる相手は蓮だ。私からは話を聞いたから、もうひとりの証人である蓮に訊いたって事かな。


「出た。それで……」

「ゆずっちに対して敵意を持ってた。違う?」


 彩花ちゃんがぐるりと周囲の4人を見回す。私とあいちゃんは、わかりやすく息を飲んだ。


「彩ちゃんも見てるの? あの、影がなくてカメラに映らなかった子」


 昨日家に帰ってからアーカイブを確認したんだけど、本当に見事に映ってなかったんだよね。声も入ってなかったし。

 どういう原理なんだろう。幽霊が映らないっていうのはなんとなくわかる気がするけど、声なんて空気の振動でしょ? それも記録できてないっていうのが理不尽。


「長谷部は江ノ島ダンジョンでお化けって言ったけど、あれはお化けじゃないだろ。だったらなんだって言われても答えられないけど」

「あの子、ヤマトに向かって主って呼びかけてた。それで、私に向かって『おまえさえいなければ』って凄く恨みが籠もったみたいな声で言ってて」

「……やっぱり」


 彩花ちゃんは物憂げに目を伏せてため息をついた。

 やっぱりってどういうことだろう。何に対しての「やっぱり」なんだろうか。


「……ボクが迂闊に言うことで、ゆずっちに負担が掛かるかもしれないことがある。江ノ島ダンジョンの時は、ボクが焦りすぎてゆずっちが倒れる様なことになったんだ。……だから、ゆずっちが自力で記憶に辿り着いて、負荷のない形でそれを取り戻すまで見守ることにした」


 彩花ちゃんの声には後悔が滲んでいた。江ノ島ダンジョンの更衣室で倒れたとき、やっぱり彩花ちゃんが関係してたのか。

 それでまたそんなことになったら嫌だから、私に無理させるのをやめたって事?


「……なんて思ってたら、その間に安永蓮にまんまと奪われた訳なんだけどさァァァア!」

「ぐあっ! やめろ!」


 急にブチ切れて蓮の首を絞め始めた彩花ちゃんを、私と聖弥くんが引っぺがす。ふう、油断ならないな、このふたりの関係は。


「うーん、わかる様でさっぱりわからない」


 腕を組んで仁王立ちしたあいちゃんが唸る。私も全く同意見だよ。


「結局長谷部は、このメンバーを集めて何を言いたかったんだよ」

「あいっちと由井聖弥には、昨日出た女の子の情報の裏取りがしたかった。安永蓮には、江ノ島ダンジョンで見た女の子と同じだったのを確認したかった。そういうこと。……でも、ゆずっちがそういう言葉を向けられたって事は、やっぱりゆずっちは危ないよ。できればダンジョンに行かないで欲しいけど、そういうわけにもいかないだろうから」


 彩花ちゃんの目が険しい色を帯びて蓮を見つめる。鋭い刃物を突きつける様な、そんな視線。


「安永蓮、おまえ死ぬ気でゆずっちを守れよ。ボクからゆずっちを奪ったんだから、本気で守れよ。ヤマトは昨日見てた限りゆずっちを守ろうとしてたけど、それじゃ足りないんだ」

「言われなくても守るに決まってるだろ。……いや、柚香の方が俺より強いからどうなるかわかんねーけど」

「じゃあさ、彩花ちゃんも一緒にダンジョン来ればいいじゃん!」


 睨み合う蓮と彩花ちゃんの間に割り込んで私が宣言すると、その場の全員が一瞬ポカンとした顔をした。



 次の授業を受けてる最中に、小さく畳んだ紙が回ってきた。わあ、手紙回されるのなんて中学校以来だよ。

 回ってきた右の方を見ると、彩花ちゃんが私に向かってひらひらと手を振ってる。


 うん、これは授業が終わってから読もう。授業はちゃんと聞かないとね。――そう思って手紙をポケットに入れたら、彩花ちゃんが「ガーン!」って顔をしてた。

 いや、もう中学生じゃないんだからさ……。授業が終わってからでもいいじゃん。

 うっかり先生に見つかったら怒られるしさ。


 そして授業が終わった5分休み。私が手紙を開くと、そこには一言だけが書かれていた。


「前世の記憶って信じる?」


 ――彩花ちゃんは、前世の記憶があるの?

 それが、私に何か関係してるの?


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