目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第202話 観光して帰ろう

 上級ダンジョンだし、4時間くらいの予定を立ててたんだよね。それが一気に狂ってしまった。

 でも、ダンジョン出てから遅いお昼とか思ってたから、お参りがてらお蕎麦とか食べられるのは素直に嬉しい。


 聖弥くんにまたタクシーを呼んで貰って、撮影してもOKかの交渉をする。なんと運転手さんは私の動画を見たことある人で、ヤマトを撫でさせてあげたら快くOKしてくれたよ。


「はい、というわけでー。今私たちは諏訪大社の下社春宮に向かってます」


 私たちばかりかあいちゃんまでラフな格好だけど仕方ない。今日観光を配信することになるとは思ってなかったもんね。


 諏訪大社は上社と下社があって、上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮があるから4ヶ所を巡ることになる。


「私、諏訪大社初めてー」

「俺も」

「僕も」

「私もだよ」

「…………下調べ無しで大丈夫?」


 神奈川の高校生が諏訪大社まで滅多に来るもんじゃないよね! 私たちもダンジョンのことがなければ今日ガッツリ時間を取って参拝しようとは思わなかったよ。


「お諏訪さんはねえ、古い神社の形が残ってるんだよ。だから春宮のご神体は杉の木で秋宮のご神体はイチイの木。本宮のご神体は後ろにある守屋山と言われているね。お参りする順番は決まってないけど、春宮が近いからそこに向かってるよ」

「ありがとうございます、助かります!」


 運転手さんが親切に教えてくれたよー。地元の人情報ありがたい。


「四社参りで御朱印を4枚集めると記念品がもらえるから、もし集めてたらやってみたらいいと思うよ」

「へえー、そういうのもあるんですね」

「スタンプラリーっぽくなるのが嫌でやってなかったけど、せっかくだから御朱印帳買っちゃおうかな」


 聖弥くんはそういう理由で御朱印集めてなかったんだ。真面目だなあ。私はなんとなく興味がないから今までいただいてなかっただけなんだけどね。


「いいんじゃない? 来年は修学旅行もあるし、修学旅行でも神社とか行きそう」

「あっ、そうだね! じゃあみんなでお揃いの御朱印帳買おうよ」


 由井聖弥ァ……あいちゃんとお揃いにしたいだけだよね? みんな同じのにしたら見分けが付かなくなりそうなんだけど。


 春宮に着いたら、運転手さんが降りて一緒に案内してくれた。春宮から秋宮回って、前宮本宮と参拝して、ご飯食べて最後ヘリポートに帰るところまでお願いしてるから、実質半日ガイドみたいになってる。ご厚意だけどね。


 御柱おんばしらの説明を受けたり、御朱印をいただいたり、お社ごとに色が違うお守りを見たり。


「あっ、学業成就のお守りがある。滝山先輩に買っていってあげよう」

「寒川神社にもありそう……」

「あってもいいじゃん。今これを見て滝山先輩を思い出したんだから、今がその時だと思う」


 社務所で御朱印帳を買わせていただいて、最初の御朱印をお願いしてお守りも授けてもらう。そういえば、「買う」って言わないんだね、神社って。


「春宮のお守り可愛いー」


 ピンク色のお守りがあいちゃんは気に入ったみたい。これも御朱印帳とかと一緒にお願いしていた。

 結局、御朱印帳は一種類しか置いてなかったから、強制的に全員お揃いになったよ。後で最後のページにでも名前を書いとかないと混ざるね。


「神社っていったら私たちは寒川神社だけど、趣違うねー」


 まるで森の中にあるみたいな神社を見ながら、あいちゃんがそんな感想をこぼした。私も同意だよ。寒川神社はすっごいでっかいし木も多いけど、ここまで「森!」って感じはしない。


「なんか空気が違う」

「鶴岡八幡宮と比べてね」


 蓮と聖弥くんは初詣は鶴岡八幡宮派なのかな。蓮が「空気違う」って言うからには違うんだろうなあ。


 運転手さんに教わったとおりに手水を使って、お参り。

 ――これからもヤマトと一緒にいられます様に。

 そんなお願いをしてしまったのは、さっきの女の子の言葉が不安なせいだ。


 ヤマトはただの柴犬じゃない。「柴犬?」だ。それに従魔なんだし、本質的にはモンスター。

 半年近く一緒にいるけど、大きくなってないしね。これはこれで豆柴と思えば可愛いんだけど、ふとしたときに「ああ、ただの犬じゃないんだなあ」って思うんだ。


 今は隣でのんきにあくびしてるけどね。これこれ、普段があまりにも普通の体力が有り余ってる犬だから、ついつい勘違いしちゃうんだよね。


 おまえさえいなければ。

 あの言葉が耳に残っていて離れない。あんな恨みと憎しみの籠もった言葉を投げつけられたのは初めてで。

 このままダンジョンに潜り続けてたら、いつか、良くないことが起きるんじゃないかって思ってしまう……。


『ゆずっち、これからはひとりでダンジョンに入っちゃダメだよ。できればボク……せめて由井聖弥とか安永蓮と一緒に入って』


 不意に、江ノ島ダンジョンであの女の子を初めて見た日に彩花ちゃんが言った言葉が耳の奥に蘇ってきた。

 そうだ、あの時なんて言われた? 私だけ危ないって彩花ちゃん言ってなかった?


 彩花ちゃん、何かを知ってるの?


「ゆーちゃん? まだお願い事してるの?」


 手を合わせたまま思考に没頭してしまっていた。動かない私を怪訝に思ったのかあいちゃんが声を掛けてきて、私は我に返った。


「あー、ちょっと欲張ってお願いしちゃったー。ごめんごめん」


 そんな風に言って笑うのは、不安を気取られたくないから。

 他の人を心配させたくないから。


 そうだ、諏訪の神様、今更だけどダンジョンで木を斬り倒しまくったのは許してください……。



 その後は秋宮、前宮、本宮と参拝した。秋宮はテレビで見る出雲大社みたいな大きい注連縄が印象的だったなあ。

 諏訪大社は本当に木に囲まれていて、木や山がご神体と言われるのも納得だよ。寒川神社も整備されてて綺麗だけど、違う感じの落ち着きがあるね。


 四社の御朱印が集まったので記念品にがまぐちをもらったので、おみくじに付いてきた縁起物を早速入れてみたりして。

 その後は運転手さんお勧めのお蕎麦屋さんで天ぷら蕎麦を食べて、ヘリポートに戻った。

 予想より早く帰ってきたからパパは驚いてた。配信見てなかったなー?


 またヘリに乗せるためにヤマトをケージに入れなきゃいけないんだけど、思わず抱き上げてキュッと抱きしめる。

 ヤマトは何かを察したのか、私の頬を舐めてくれた。


「柚香、気にすんなよ。ひとりでダンジョン潜るわけじゃないし。俺も聖弥もいるし」

「うん……ありがとう、蓮」


 ……って、撫でるのはヤマトの方なんかーい! そこは彼女を撫でなさいよ!


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?