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第197話 いつもの日々が戻ってきました 

 文化祭の日の交際宣言があってから、彩花ちゃんは余計教室にいなくなった。5分休みでもすぐ出て行ってしまって、全然話せない。――話せるとしても、何を話したらいいか困るんだけども。


「ゆーちゃん、彩ちゃんが心配なのはわかるけどさ、こういうのは時間が解決してくれるしかないんだよ。今は放っときなよ」

「うん……」


 かれんちゃんとあいちゃんと寧々ちゃんが私を囲んでて、4人で一緒に休み時間にお菓子を摘まんでた。彩花ちゃんの好きなマドレーヌ焼いてきたんだけどな。


「俺にもくれ」

「はい、どうぞ」


 後ろから蓮が手を伸ばしてきたので、その手にマドレーヌを載せる。20分休みはいつも通りみんな軽食を食べてるね。蓮も菓子パン食べてるところ見たんだけど、足りなかったのか。


「……足りなかったの? みたいな目で見るのやめろよ。明らかに手作りっぽいマドレーヌを女子だけで食べてて、分けてもらえない彼氏の気持ちになってみろ」

「あっ、ごめーん。いや、食べたいならまた作ってあげるよ。マドレーヌ簡単だし」


 私が軽く言うと、周りの男子がじっとりとした視線をこっちに向けてくる。


「お菓子を手作りしてくれる彼女……羨ましいな」

「俺、プリンを手作りしてくれる子と付き合うのが夢なんだ」

「安永が羨ましいけど、そもそも柳川だからな……自分より遥かに強い女子と付き合う自信ないぜ」


 室伏くんめ、「そもそも柳川」ってどういう言い様だよ……午後の実技の時にボコってやる。

 でも、そうか、男子から見ると「自分より強い女子と付き合う自信ない」って人もいるんだ。まあ、男子の半分以上は戦闘専攻だけど、私より強いって方向性が違う蓮くらいだからなあ。

 前田くんとか倉橋くんとか強いしリーチも長いけど、ステータスは私の方が高いから多分ガチ勝負したらAGIのゴリ押しで勝てると思う。やられる前にやれって戦法ね。


「相変わらず柚香は安永くんに対して扱いが雑だね」

「付き合ったからってそう簡単に変わらないよ」


 かれんちゃんが喋りながら手を出したので、その手のひらにマドレーヌの袋をもうひとつ載せつつ、私はため息をついた。

 ――って、かれんちゃん、付箋に「彩花ちゃんへ by柚香」って勝手に書いてマドレーヌに貼って、彩花ちゃんの机の上に置いてるー!


「か、かれんちゃん」

「このくらいいいでしょ? 柚香が心配してるのも、彩花がマドレーヌ好きなのを知ってて作ってきたのも確かなんだし」

「ま、まあそうなんだけどさ……」


 ちょうどチャイムが鳴って、彩花ちゃんが教室に駆け込んできた。そしてマドレーヌに気づいて目を見開いてる。あ、泣いた。


「ゆずっちー!! うわぁぁぁぁん!! やっぱり好きー! 諦めたくないー! 安永蓮、おまえ早く別れろよ! 後が詰まってんだよ!!」

「順番待ちじゃねーだろ! 何言ってんだよ長谷部はよ!」

「かれんちゃん!! この状況責任取って!」


 彩花ちゃんは私に抱きつきつつ、器用に蓮の机を蹴り飛ばしてる。ああ、なんか急にいつも通りになったなあ。

 かれんちゃんは知らん振りを通し、教室に来た先生に怒られて彩花ちゃんは渋々自分の席に戻った。


 この日の午後の実技で、私は室伏くんを、彩花ちゃんは蓮を、それぞれフルボッコにしたのは言うまでもない。



「ライトヒール……くっそー、長谷部の奴、容赦なさ過ぎ」


 実技の後で足と腕にたくさん青痣作った蓮が、自分にヒールを掛けている。確かに彩花ちゃん普段は本気出さないくせに、今日は殺気までバリバリに出してて、蓮が腰引けてたもんね。


「顔を狙わなかったのがせめてもの慈悲だよ。蓮は近距離で戦うのに慣れてないからきついよねー」

「まあ、俺も武器の扱いは覚えたいから頑張ってるんだけどさ。やっぱり刀を格好良く振れる様になりたいし」

「安永、『武士の集い』に入れば? いろんな流派の先輩がいるから参考になるかもよ」


 刀と聞いて話に割り込んできたのは倉橋くんだ。あの一件以来、このふたり仲良くなってるんだよね。倉橋くんが心広すぎだと思うけど。


「うーん、あんまり特定の流派の癖は付けたくないんだよなー。ダンジョンでは魔法で戦うし」

「あ、じゃあうちの道場は絶対ダメだね。癖が強いから」

「師範にもめっちゃいじられるしな」


 見える……見えるよ、私の彼氏と知られたら立石師範が大喜びでいじりまくるところが!


「結局のところ、基本の型を覚えるのと、運動神経を鍛えるしかないんだよな、今のところ」


 授業で使った武器を片付けながら、倉橋くんとふたりで蓮の愚痴に付き合う。

 寧々ちゃんとあいちゃんも武器を片付けに来て、「なになに」と話に混ざってきた。


「そういえば法月って刀の構えが綺麗だよな。どこの道場行ってるの?」


 さすが倉橋くん、目の付け所が違う。寧々ちゃんは私が気づいたときには刀扱い慣れてたんだよね。


「ううん、私はお父さんから習ったの。お父さんが刀で戦ってるし、元々うちにも何振かあるから。学校ではまずショートソード持たされるけど、中学の時から真剣振ってたよ」

「えええー、意外ー」


 あいちゃんが驚いてるけど私も驚いた。そうか、寧々ちゃんってステータスがあんまり高くないから目立たなかったけど、確かに刀の扱いはうまいんだよね。

 クラフトだから、基礎体力が足りない方が前期の頃には印象強かったけど、体力が付いた今となっては戦力としても安定してそう。


「そうだ、寧々ちゃん、今度Y quartetで上級ダンジョン行くんだけどエンジニアで参加しない?」

「上級行くんだ! 江ノ島?」

「ううん、別のところの予定。ヘリがとうとう納品されてきたから、パパがちょっと遠出しようって言ってて」

「ヘリ買ったんだ……」

「ゆーちゃんのパパ、結構やりたい放題だよね」


 倉橋くんとあいちゃんも呆れてますよ。

 まあ、ビビりましたよね。パパってば、まさか土地を買ってヘリポートとしての申請まで通してたなんて。

 会社辞めてからスクールに入り浸って爆速で免許も取ったし、これからは移動手段としてヘリも使えるけど……正直面倒だなあ。パパはあちこちに連れて行ってくれる気満々なんだけどね。


「ダンジョン行ってからちょっと観光して帰ってくると思えばいいかなー」

「ゆ、柚香ちゃんは簡単に言うけど、私は上級ダンジョンはまだ自信がないかな……」

「アイリちゃんはどう? Y quartetのダンジョンエンジニアだったら、ほとんど戦闘しなくていいからメイクしててもいけると思うけど」


 うわあ! いきなり聖弥くんが生えてきた! しかもあいちゃんを勧誘してる!

 本当に油断も隙もないな!


「えっ、私がダンジョンエンジニア? ……うーん、今後も冒険者やるためにはそっちの技能も必要だよねー。でも罠全部覚えてるわけじゃないし、知識に不安が……装備もまだちゃんとしたのないし」

「教科書持って行ってもいいんじゃないかな? 装備は柚香ちゃんの替えが着られるよね」


 聖弥くんぐいぐい行くなあと思っていたら、あいちゃんが「そっか!」と目を見開いた。


「ゆーちゃんの防具なら確かに私も着られるわ! あの緑ゼッケンだったら断固お断りだったけど! うん、それでDEX底上げして、罠に関しては教科書持ち込んで……それは美味しいな。Y quartetの配信だったらうちのチャンネルにも引っ張ってこられるし、経験値もウハウハじゃん」


 つ、釣られてる……物凄く現実的な理由で!!

 聖弥くんはいつもの王子様スマイルだ。裏があるときの笑顔!!


 こうして、あいちゃんは経験値と儲けに釣られて次のダン配に参加することになった。エンジニアについては突貫で勉強して教科書も持って行くって。

 大丈夫かなあ……。


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