「ベニテングダケのつもりだけど、何か関係ある?」
「配信冒頭で、蓮の希望通り交際宣言してもいいと思う。その後は、いつもの調子でベニテングダケを食べよう。きっと柚香ちゃんはベニテングダケの方に注意が向いて蓮のことはいつもと同じように扱うだろうから、リスナーも面白がってツッコんでくれると思う。……つまり、リスナーを蓮の味方に付ける」
「俺の味方に?」
私たちの味方、じゃなくて蓮の味方ってどういうことだろう。私と蓮が怪訝そうな顔をしていると、聖弥くんはまたカフェラテを一口飲んでからため息をついた。
「ところで蓮、僕ら3人が外部からどういう風に思われてるかは知ってる?」
「えっ……えーと、ゆ~かは『豪運ガール』で聖弥は『腹黒王子』だろ? 俺は『フレンドリーファイアー』?」
「違う。蓮は『不憫キャラ』だよ」
「がはっ!」
聖弥くんの隣でジンジャーエールを飲んでたあいちゃんが、吹きだし掛けて変なところに入ってしまったらしく、めちゃめちゃ咳き込みながら苦しんでる。
慌てて聖弥くんが背中をさすってるけど、役得! みたいな顔をするのはやめなさいよ。おまえのせいだよ。
「不憫キャラ……」
そして、私の横にもダメージ受けてる人がひとり。……確かに、蓮は不憫キャラだと思う。逆に言うと、聖弥くんみたいに腹黒認定が浸透するほどの強烈な個性は配信では発揮されてない。
「うん、認めたくないだろうけど不憫キャラなんだよ。
それでさ、配信冒頭で蓮がゆ~かちゃんと交際宣言をして、そこから配信が始まっていきなりベニテングダケを嬉々として食べさせられてたらどう思う?」
聖弥くんの突きつけた構図に、蓮と私は呻きながら頭を抱えた。あまりにも、あまりにもその展開は想像が付く!
「他人事として見たら、不憫な奴って思って笑いながらもちょっと同情しそう」
「ううっ、念願のベニテングダケを前に暴走する自分しか想像できない……」
「それでいいんだよ。蓮は『付き合いたての彼女にベニテングダケを熱烈に勧められて、嫌々食べる不憫キャラ』のままでいい。それが一番心証がいいんじゃないかと思う」
「あー、それいいかも。アンチが湧きにくい構図っぽい。アンチが付くなら彼氏に毒きのこ食べさせるゆーちゃんの方だし、ゆーちゃんは何してもおかしくないってリスナーに思われてるから大丈夫」
あいちゃんの解説も酷いな! 私ってそういう風に思われてるんだ……。
私がぐうと呻いてると、あいちゃんは腕を組んで真顔で更に説明を続けた。
「ぶっちゃけゆーちゃんは大金持ちな訳じゃん。売れないアイドルの蓮くんが彼氏になるのはお金狙いにも見えるのよ。でも、ダンジョン連れ回されたり毒きのこ食べさせられたりしてるのを見せつけられたら、『こうはなりたくない』って思うじゃん?」
「こうはなりたくないって……」
呆然と蓮が呟く。多分、今幸せいっぱいなのに端から見たら「可哀想な奴」認定されるという事実に納得いかないんだよね。
聖弥くんとあいちゃんの説明は……うう、違うと言えない自分が悲しいな! でも鎌倉ダンジョン行くときとか蓮を目隠しして拉致したりしたから、前科はバリバリなんだよね。
「ああっ! まさか、鎌倉ダンジョンで毒無効の指輪が出たとき、聖弥くんが蓮にはめて私とお揃いにさせたのって!」
「今気づいたの?」
そこで驚いてみせる由井聖弥! まさか知らずにペアリングにされてたとは思わなかったよ! 毒無効の指輪だけど!
「逆に聖弥はいつ気づいたんだよ、俺たちのこと」
仏頂面で蓮がグラスの中のストローで氷をカラカラと混ぜる。あっ、そこは言ってなかったんだ。なのに気づかれてたんだ!?
もしかして私ひとり、殊更に鈍いの!?
「うーん、蓮が柚香ちゃんに対して特別な態度を取ってるなって思ったのは、夏合宿の辺りかな」
「マジか!?」
「えっ!? そんなに早い段階で?」
あれ? 私が驚くのはともかくとして、蓮が凄い動揺してるんだけど。
というか、夏合宿の色恋問題って、聖弥くんが中心じゃなかった!?
「お、俺、自分で気づいたのって体育祭の時なのに……」
「蓮ってかっこつけなんだよね。だけど柚香ちゃんには弱いところもかっこ悪いところも見せるから、それだけ特別なんだなあって思ってたよ」
「いやそれは、最初から柚香には助けられっぱなしだったからで……ああもう、最初から特別だったんだよな」
「それを言うならゆーちゃんも蓮くんに一目惚れだったんじゃないの? 初対面の時から『イケメン』って言ってたよね? ゆーちゃんが誰かに向かってそんなこと言うの、ウルトラレアなんだよ? 聖弥くん、言われた記憶ある?」
「……ないかも!?」
「あいちゃんあいちゃん! 私はただ顔がいいと思ったからそう言ってただけだよ!? 確かにいつから好きになってたかわかんないけど、一目惚れはない……はず」
声が思わず尻すぼみになったのは、100%ないとは言い切れなかったからだ。
意識してなかったけど、「配信者として」という立場から蓮を助けたいと思ったのは確かだし、最初から肩入れしてたもんね……。
うーん、自分の事ながらよくわからない。
ちょっとヒートアップしてしまったので、4人揃って一度黙る。全員のジュースが空になったタイミングで、聖弥くんがまとめだした。
「僕は蓮の交際宣言に賛成。隠すから暴露されたり、バレたときにダメージになるんだしね。それに僕たちは世間一般には知名度は残念ながら低いよ。アイドルらしいこともほとんどしてないし、アイドルと言うよりは配信冒険者として認知されてる。
――だから、今なんだよ。売れたときに彼女がいることを知った人が文句付けても、『最初から周知してた』って古参ファンの人がこの先庇ってくれる」
「確かに、モブさんとかは応援してるって言ってた。……柚香、聖弥もこう言ってくれてるけど、それでもダメか?」
横から蓮が私の顔を覗き込んでくる、目力強いのに、ちょっと目の奥に不安が揺らいでて。うー……だから、私この目に弱いんだってばー。
「いいよ、私は所詮一般人でいるつもりだから、蓮や聖弥くんの足を引っ張らない形にした方がいい。聖弥くんが『それが一番安全』って思ったらそれでいいよ」
「おい柚香、おまえ、俺が言ったときには反対したのに聖弥が言ったらOK出すの!? 俺に対して信頼なくねえ!?」
「違うよ、こういうはかりごとに関してはママか聖弥くんが一番頼りになるんだもん! でもママには絶対相談したくないしさ」
「はかりごとに関して……」
蓮と聖弥くんはそれぞれ「解せぬ」って顔してるけども。
だってねえ、適材適所でしょ。蓮は割とイノシシなところがあるから、ブレインはやっぱり聖弥くんなんだよね。
「じゃあ、そんな感じで。配信が無事終了したら、4人で遊園地でも行こうよ」
「あっ、いいねー、絶叫マシン乗りまくりたい」
絶叫マシン好きのあいちゃんが釣られてるけど、今度「何故に」って顔をしたのは私と蓮だった。
聖弥くん……一緒に相談に乗ったっていう括りだけで、Wデートの約束を取り付けやがった! 油断ならない奴め。